〈偏読書評〉大人だって絵本を読んでいいじゃない:『いきもの特急カール』

卒業・入学・就職シーズンが近づき、新刊ラッシュで書店がにぎわう季節。新生活のスタートにあわせて自己啓発本を買う、意識の高い人も多いと思いますが、買うものリストにぜひ加えて欲しい絵本を今回はご紹介します。

ご紹介するのは1月に岩崎書店から刊行された絵本いきもの特急カール半沢直樹シリーズの装画英国のロイヤルメールのクリスマス切手(2006年)、スターバックスのホリデーキャンペーン(2007年)などをはじめ、世界的に活躍をされているイラストレーター、木内達朗さんの絵本です。

表紙を見て、noteユーザーの大半の方は「『いきもの特急』って何!?」と反応するかもしれません。でも、お子さんがいて、普段から絵本の読み聞かせをされている方であれば「えっ!? これって絵本として、アリなの……?」と、ちょっと戸惑ってしまうかもしれません。

そう、絵本のタイトルなのに漢字が使用されている上、ルビがふられていないという、ちょっと珍しいスタイルの絵本なのです。

まず先に物語についてご紹介しますと、主人公であるカールは、列車を引っ張ることのできる、大きくて不思議な生き物。「もともと地球の何倍もあるとても大きな星に住んでいました」が、「あることがきっかけで地球にやってきました」。

地球で人間たちと共生するようになったカールとその仲間たちですが、ある日、嵐による山崩れが発生。陸の孤島となってしまった村の人々の救助を依頼されるカールですが、実は雷が大の苦手で……と、カールの冒険(と成長)が描かれます。

木内さんの超絶技巧で描かれた、ページを開くたびに新たな発見のある絵に、カールのなんともチャーミングなキャラクターと、見どころ&読みどころ満載の絵本なのですが、元編集者(の端くれ)として気になってしまったのが、漢字がたくさん使われている文面

本文では漢字にルビがふられているとはいえ、「台風」ではなく「颱風」、「あぁ」ではなく「嗚呼」という表記になっている上、「活力」には「エネルギー」の、「大臣」には「リーダー」のルビがふられているなど、いわゆる〈普通〉の絵本とはかなり違ったものとなっているのです。

これは一体、どういう意図があって、このような文面になったのか……というのが、なんとも気になり、3月11日に青山ブックセンター本店で開催された、木内さんと100%ORANGE・及川賢治さんのトークイベントへと参加しました。

当日のトークイベントは『いきもの特急カール』の編集を手がけた、岩崎書店CEOである岩崎夏海さんが司会をされていたのでしたが、イベントの冒頭にて、気になっていた意図について話をしてくださいました。

その意図とは「日本だと、子どもは成長すると絵本を〈卒業〉して読まなくなるが、海外では大人も絵本を読む文化がある。日本の大人の読者にも、絵本を手に取って欲しい」といったもの(しっかりとメモを取っていなかったので、うろ覚えで申し訳ないのですが)。

そんな岩崎さんの言葉で思い出したのが、かつて自分が編集者として参加していた雑誌『spoon.』(プレビジョン刊)の創刊準備号と創刊号でした。

ここから俺語りとなってしまい申し訳ないのですが、自分は2000年〜2007年の7年間、前述の『spoon.』という雑誌の創刊準備号から42号まで、編集に関わっていました。で、創刊テーマを決めるにあたり、編集長に「今、何に興味がある?」と訊かれて答えたのが、まさに創刊号の特集テーマであった「子供と絵本」でした。

そもそも〈大人〉ともいえる年齢になって、再び絵本に興味をもつきっかけとなったのが、今や世界的絵本作家となった酒井駒子さんの絵本よるくま(偕成社刊)。

ネタバレになってしまうので詳細は省きますが、『よるくま』の中にある、たった1見開きで(しかも絵だけで)、物語の流れをガラッと変える表現を目の当たりにした当時の自分は「絵本って、こんな自由な表現ができる世界だったのか!」と、もはやショックに近いものを受けたのでした。と、同時に「こんな面白いもの、子どもだけじゃなくて大人も読まなきゃ、もったいないよ!」とも強く感じ、絵本が好きな〈大人〉のひとりとなったのでした。

ここ数年は諸事情あり(主に自分のバイオロジカル・クロックに関する事柄)、絵本からちょっと距離を置いてしまっていたのですが、岩崎さんの言葉と『いきもの特急カール』のおかげで久々に「そうだ、(子どものいない)大人だって絵本を読んでいいじゃないか!」と思えるようになり、また絵本熱が復活しそうな気配があります。

ちなみに『いきもの特急カール』ですが、現在、続編にあたる第2&第3作を木内さんと岩崎さんは制作をされているそう。今作では、謎のままにされたエピソードについても、解明されそうな予感もあり、なんとも楽しみです。

それと『いきもの特急カール』のブックデザインを手がけたのは、歌集の常識を打ち破る『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(ナナロク社刊)で驚愕の文字組みをされた大島依提亜さん。『いきもの特急カール』でも、その美麗文字組みをたっぷりと堪能できますので、文字組みクラスタの方にも、ぜひ手にとっていただきたいです。

あと木内さんの素晴らしい絵について、もっと知りたい方は、岩崎さんによる木内さんへのインタビュー記事「絵がめちゃくちゃ上手くなるってどうすればいいの!? 世界で活躍するイラストレーター木内達朗さんに聞いてみました」を、ぜひどうぞ。木内さんの、ちょっと変わった経歴や、制作の背景などについて深く知ることができますので、プロのイラストレーターを目指している方は、かなり参考になると思います。

心を此処ではないどこかへとスカーンと(場外ホームラン級に)飛ばしてくれる、楽しくて愉快な『いきもの特急カール』。新生活のスタートなど、環境の変化でくたびれた心に、かなり効く一冊だと思いますので、書店にてぜひチェックしてみてください。

【BOOK DATA】
『いきもの特急カール』(岩崎書店刊) 木内達朗/作・絵、岩崎夏海・須藤雅世/編、大島依提亜/ブックデザイン 2018年1月31日第1刷発行 ¥1,400(税別)

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Mk_Hayashi

偏読書評

「偏食」ならぬ「偏読」気味の本好きによる、文芸やマンガ作品紹介。
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