見出し画像

〈偏読書評〉続・大人だって絵本を読んでいいじゃない:『いきもの特急カール』

先週、木内達朗さんの絵本いきもの特急カールを紹介する投稿をアップしたものの、後半は気持ち悪い自分語りになってしまい、作品の魅力を全く伝えきれていなかったので、再投稿です。しつこくて、すまん(っていうか、承認欲求の強いババァで、すまん。猛省)。

『いきもの特急カール』のテクストが、大人仕様にもなっていることは先週の投稿で書いた通りですが、今回は大人でもつい見入ってしまう(へたしたら、ずっと見続けてしまう)木内さんの絵力についてです。

私の筆力では、とうていその素晴らしさについて説明できないのと、木内さんのTwitterにて『いきもの特急カール』冒頭の画像がいくつか掲載されていたので、そちらを拝借しながら話を進めます。

まずすごいのが、1枚の絵に込められた奥行き

これは(どこか『スター・ウォーズ』を思わせる、長めの)プロローグに続く、最初の見開き。海外の絵はがきを思わせるような絵です(「小さくて分からんわ!」という方は、前述の木内さんのTweet上で見よう! それか絵本を買おう!)。

手前を走る電車、その少し奥を走る車たち、どこまでも続くような街並み、そして靄がかったように遠くに見える入江と、さらにその奥にある山々。

1枚の絵なのに、まるでジオラマのごとく精巧な描写に「影が濃いから、夏の昼間なのかな?」「どんな街なんだろう?」「どんな人が暮らしているんだろう?」と、むくむくと想像力が湧き立てられます。そんな中、パッと目をひくのが、主人公である真っ赤なカール。

続く見開きは、カールが「街の中心に在る大きな駅」に「滑り込むようにホームに入って」くるシーン。この絵もよーく見ると、ホームに犬がいたりと、見れば見るほど発見が生まれます(ちなみに異国情緒あふれるこのホーム、実は東急東横線の旧渋谷駅ホームがモデルなのだそう。懐かしい!)。

そして続くのが、線路を走るカールと(この次の見開きで名前が明かされる)仲間のウルリッヒがすれ違う絵。

カールたちの写真を撮る人たちをよーく見ると、三脚を立てて撮影している人もいれば、カメラのファインダーを覗きこんでいる人や、デジカメのモニターを見ながら撮影している人もいて、さらにはスマホで撮影している子どももいる。

さりげなくデジカメやスマホを描くことによって、プロローグでの「これは今より少しだけ未来のお話です」という説明にリアリティーを感じさせる仕掛けになっているのには、思わず「うまいなぁ〜」と声を出してしまいましたね、はい。

そして続く見開きでは、カールたちの食事シーンが描かれるのですが、この絵を見て、第1と第2の見開きにカールたちの食べ物が描かれていたことや、カールたちの上にいる謎めいた(というか本文テクストでは、一切の説明がなかった)猿みたいな生き物が、これまたプロローグで言葉だけで説明されていた「歩く樹木」だということに気づかされるんですね。

で、もう一度見ようと、確かめようと、前のページに戻ってしまう。このページの往復運動によって、どんどん絵本の世界観に引き込まれていく(少なくとも自分は、そうでした)。と、こんな調子で、読み進めれば読み進めるほどに、何度も何度もページを前後して、絵に見入ってしまうのです、この『いきもの特急カール』という絵本は。

こう書くと「情報量の多い絵の絵本=何度も読み返したくなる良い絵本」となってしまいそうですが、必ずしもそうではないとも思うんですよね。一番大切なのは〈仕掛け〉に気付かなくても、ページの往復運動をしなくても、目の前に広がる絵と物語の本筋を追うだけでも、きちんと最後まで楽しく読み終えられるかどうか。〈仕掛け〉は、あくまでもオプションであり、メインではない

それに〈仕掛け〉が多すぎると、〈仕掛け〉だけでお腹が(というか頭が)いっぱいになってしまい、もう一度読み直そうという気に、なかなかなれないような気もするんですよね、情報過多で脳みそが疲れちゃって(私の脳みそが足りないだけでは?、という話はさておき)。

その点、『いきもの特急カール』は〈仕掛け〉を一切スルーして、本筋だけ追っても十分にワクワクさせられる。でも、やっぱり脳のどこかで(無意識のレベルで)〈仕掛け〉に反応してしまい、この反応の原因が何なのか気になって、もう一度読み直したくなる。そういう絶妙なバランスが取れている絵本なんじゃないかなと思います。

最後に、トークイベントで木内さんがしてくださった、大人向けの〈仕掛け〉をひとつ。

カールの名前の由来ですが、てっきり尻尾がカールしているので「カール」だと思っていたのですが、実は『資本論』でおなじみの哲学者のカール・マルクスからきているのだそう(よく見たら表紙にも「CURL」ではなく「KARL」と書いてある)。そしてカールの仲間のウルリッヒは社会学者のウルリッヒ・ベックが名前の由来(注*「同じく哲学者のハンス・ウルリッヒ・ルーデル」と書いていましたが、ただしくはウルリッヒ・ベックだそうです。木内さん、ご指摘ありがとうございます!)。

『いきもの特急カール』の最後のページには、ウルリッヒの他、もう3匹(頭? 台?)カールの仲間が登場します。彼らの名前が続編となる絵本で明かされるのかどうか、そして彼らの名前も哲学者に由来したものなのか……すっかりカールたちが生きる世界の虜になってしまった大人としては早く知りたい。そして、何よりカールたちが繰り広げる冒険を、もっと見たい

とうに不惑を迎えた私ですら、こんなにドキドキしているのだから、カールの虜になった小さな読者たちは、もっとドキドキしているはず。こんな子どもも大人もドキドキさせる絵本、そうそうないと本当に思うので、カールたちの絵を見て何かを感じた方は、ぜひご一読を。小説やマンガ、映画やアニメとはまた違う、絵本ならではの時間の流れ方を感じるのは、ちょっとした(もしかした人によっては、ものすごい)リフレッシュにもなりますよ。

【追記(03月23日)】
2018年3月22日(木)〜4月9日(月)の期間、東京・青山ブックセンター本店ギャラリースペースにて、『いきもの特急カール』パネル展が開催。

このパネル展では、木内達朗さんの繊細かつ大胆なイラストを、ピクトラン局紙という美しい紙に印刷しました」とのことなので、紙クラスタの皆さんも楽しめそうですよ。ちなみに最終日は19時までだそうなので、どうかご注意を。ぜひ青山方面へのお花見がてら、かわいいカールと、素敵絵本の世界を堪能ください。

『いきもの特急カール』パネル展
http://www.aoyamabc.jp/fair/carl/

【BOOK DATA】
『いきもの特急カール』(岩崎書店刊) 木内達朗/作・絵、岩崎夏海・須藤雅世/編、大島依提亜/ブックデザイン 2018年1月31日第1刷発行 ¥1,400(税別)

この記事が参加している募集

コンテンツ会議