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なぜ人は「所有」するのか ~所有の本質とシェアリングエコノミーのヒント~

今回は、「所有」という概念についてのお話です。

フィンテック業界が盛り上がりを見せる中で、近年、貨幣論や「新しい経済」に関する議論が熱いです。
例えば、本来の人間の経済活動は「贈与」と「交換」が基本であって、
それからかくかくしかじかで「お金」が生まれて、
そもそも人間の生存戦略は分業を基本とした社会性にあってナントカ、みたいな話ですね。

まあ長くなるので、今回はその辺りの深堀りは避けるとして、
「贈与」とか「交換」というのには、そもそも財の「所有」が前提にあるというのがポイントです。

なぜ「所有」するのか

「所有とは何か?」というのは説明するまでもないですが、
「なぜ所有する必要があるのか?」という問いには、はっきりと答えられる人は少ないでしょう。

これもいろいろな説がありそうですが、先日読んだ『現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論』の中で、非常に面白い解説がありました。

オリバー・ウィリアムソン「取引費用経済学」について解説した部分です。

おそらく、彼のもっとも独創的なポイントは、(1)不完備契約と(2)関係特殊投資という重要な概念を経済学に持ち込んだことだろう。(中略)
不完備契約とは、事前に詳細な契約を書いておくことが現実には難しいために、契約が穴だらけのものとなってしまうこと、したがってその契約に完全な実効性を持たせることが難しいことをいう。(中略) その反対に、事前にすべての起こりうる事態をあらかじめ想定し、その時の行動を決めて記述した完備契約があり、さらに、そこに含まれている条項が適用されるべきか否かがすべて裁判所で判断できるようになっていると想定してみるのがいい。このときには、所有という概念は意味を持たなくなってしまう。
資産の所有権というのは、契約の不完備性を前提として、契約に書かれていないことが発生したときに、所有権者がその資産の使用方法を決めておくという社会の知恵なのである。

関係特殊投資については、ここでは割愛するとして、
どんな契約であっても、あらかじめ起こりうるすべての事態を想定することは不可能であり、
したがって、想定外の部分については所有者に委ねるということで、契約の不完備性をカバーしているというわけですね。

Aさんが所有している車を、時々Bさんが借りて使うような例を考えてみると分かりやすいと思います。
Bさんが払う利用料は、1時間あたり何円にするのか。
ガソリン代や保険料等の負担はどうするか。
こういったルール(契約)をあらかじめ決めておくことになると思いますが、もしもこのルールに完備性があるとすれば、
AさんとBさんで1台の車を共に「所有」しているのと実質的には同じことになります。


取引費用経済学

では、「共有」をする場合には、必ず完備契約が必要になるのかというと、そうではありません。
真に完備な契約を記述することなど、現実には不可能ですからね。

ここからがウィリアムソンの主張の面白いところです。
ぐっと単純化して説明してみます。

契約の不完備性ゆえに、もし想定外のことが起きた場合には事後的交渉が発生します。
この事後的交渉によって発生するコストが、オープンな市場で取引をする場合には常に付きまといます。
それ以前にも、事後的交渉の発生を最小限に抑えるため、
信用に足る取引相手を探すところから事前の交渉・契約にもコストを要し、これらのコストを「取引コスト」といいます。

一方、反復的・長期的に同じ相手と取引を行う場合、特に同じ資産を共同で利用する場合には、
取引相手と資本を統合し、単一の組織を形成することで、組織内部の取引としてしまった方が、「取引コスト」を抑えることができるかもしれません。
ただし、組織を形成し内部取引化する際にも様々なコストが発生します。
取引が複雑で、この「内部化コスト」を「取引コスト」が上回るような場合には、組織の統合が望ましいということになるわけです。
(実際には、組織統合以外にもパートナーシップのように、市場取引と組織取引の中間もいくつかの形態が考えられます。)

従来の新古典派経済学では、企業は市場のなかで利潤を最適化する経済主体として、「点」で捉えられており、
企業組織の内部構造はブラックボックス的な扱いをされていました。
「取引費用経済学」は、このブラックボックス内部における取引メカニズムの分析に取り組んだという点で画期的であり、
またこれは、利害関係を異にするプレーヤー同士の相互作用を研究するゲーム理論による功績も大きいと言えます。


シェアリングエコノミー

せっかく「所有」の話をしたので、最近流行りのシェアリングエコノミーにも触れておきましょう。

一般的に、企業が提供しているシェアリングサービスというのは、
企業がプラットフォーマーとなり、マッチングプラットフォームを提供したり、料金や報酬の支払いを代行したりすることで成り立っています。
シェアリングと言っても、完備契約をもってユーザー間で資産を「共有」しているわけではなく、
契約の不完備性によるコストリスクをプラットフォーマー側が負うことで、ユーザー同士の間に発生する「取引コスト」を最小限にしているというのが実態だと考えられます。

シェアリングサービスにおいては、プラットフォーマーが負うリスクをどれだけ小さくできるかということが鍵になります。
そのために重要なのが、ユーザーの信用を可視化する相互評価の仕組みです。
実際、国内外で広く利用されているシェアリングサービスには、ほぼもれなく相互評価システムが組み込まれています。

決済・認証・信用の3つの情報を握ることができれば、信用度の低い悪質なユーザーを排除することができ、
長期的に見ればプラットフォームの治安を維持することが可能になるでしょう。


なぜ「所有」をするのか、などということを普段考えることはないと思いますが、
一見小難しい哲学的な問いも、本質を探っていけば、実社会のビジネスの戦略においても参考になることが少なくありません。
今回の経済学に関する説明は、かなり要点をかいつまんで書いたので、
興味を持たれた方は、各々さらに詳しい書籍をあたるのがよいかと思います。

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