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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 2

【前 Day 4 - A - 1】

(1447字)

「本当に何も覚えていない、ってことでいいんだね?」

 頼は愉快な悪戯を企むように言った。早矢も思わず緊張を和らげかけたが、笑いあう気分にまではなれなかった。その頭には清心とのやり取りが浮かんでいた。

「伝承における夜目は意識の混乱した錯乱者と言われています」
「さくらん。俺、そんなふりする自信ないぞ」
「大丈夫です。記憶のない犬吠くんは十分そう見えます」
「そっすか……」

 清心の読みは当たったらしかった。

「多少の知識は、ある。だが俺自身に関しては、お前のほうがよっぽど詳しそうだな」
「友達だからね。いや、だったと言うべきかな」
「……悪いな」
「良いさ。仕返しは済んだ。なんでも聞いていいよ」

 頼は笑った。露骨な作り笑いだった。友達だというのは本当らしいと早矢は疚しさを覚えたが、慰めの言葉は思い浮かばなかった。

「……俺の名前は、前から犬吠早矢だったのか?」
「それはこっちが聞きたいね。君は今でも名字付きの、犬吠早矢なのかい?」
「名字があるのがおかしいのか? そんな話は……」
「いいや、僕は捨てたっていうだけさ。昨日、ケジメとしてね」
「……狢族のルールか何かか。すまん、わからん」
「大丈夫でしょ、夜目はそういうものだって伝えられてるし。君自身の不便はこの際無視して、むしろボロが出ないかどうかが心配だね」

 質問に答えるというわりに、頼の返答は過度にぞんざいだった。

「つまり、信じてないんだな?」
「いいや、僕は信じるよ。信じることに決めた。ただ怒っているだけさ。確かにおかげで僕たちは助かったけど、君は何も言わずに始めたからね」

 その言葉の意味を早矢が尋ねるより早く、頼はポケットから一枚の手鏡を取り出して投げつけた。受け取った早矢が目にした顔は、昨日の二人と同じく自分自身によく似ていた――短い角と浅黒い肌、そして金色に輝く虹彩以外は。

「犬吠くんの瞳は色が変わっているはず。これは現実の意識と繋がった平衡存在に起こる現象です。私も、そうでした」
「確かに目がどうとか言われたな。目立ちそうだ……いや、その方がいいのか」
「はい。預言者、夜目の伝承ではその特徴が謳われています。トランス状態のような意識の混濁、常識を超えた知識、そして肉体の変質。もっとも瞳の色に限られるわけではないようですが」
「それでも随分都合がいいな。もしかして本物の夜目も俺みたいな奴だったんじゃないか」
「可能性はあります。狢族の伝承では10000年以上過去の出来事らしいですが」
「……何時代だ?」

「その眼、どうやってるのかは知らないけど、夜目の印のつもりなら毎日ちゃんと確かめなよ」
「おう」

 早矢は鏡を傾けながらしばらく眺めつづけた。頼はそのさまをしばらく見ていたが、すぐ興味を失ったように立ち上がった。

「さて、君が起きたら下に連れてくるよう茶賣に言われている。少し遅い朝食だ。食べたら出発だってさ」

 朝食。その単語に即応し、早矢の身体は音を立てて空腹を知らせた。早矢はいますぐ部屋から飛び出したいという衝動をどうにか抑え込んだ。

「出発って、どこに行くんだ?」
「御記憶を失われた夜目様のお望みとあれば、不束ながらかつての大親友にして第一の下僕、この頼がお教えいたしましょう」

 頼は仰々しい仕草で窓の外を指さした。

「茶賣が、いや、僕らが目指すのはこの白い枯れ山の彼方、一夜にして滅んだ一大門石都市、モッカ。今は無き僕ら狢の故郷で、宝探しさ」

 その真面目ぶった声に、早矢はようやく記憶を呼び起こされた。頼は一昨日、早矢の身を巡って茶賣と取引していた少年だった。 【Day 4 - A - 3に続く】



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