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ナイトバードに連理を Day 4 - A - 5

【前 Day 4 - A - 4】

(1240字)

 ボートの中は明るかった。胎金界で電気は活用されていないはずだが天井には蛍光灯に似た発光物があり、身を屈める必要もないほどに広かった。染み付いた汗の臭いはどうしようもなく、無限軌道の騒音が車内を揺らしてはいたが、それも耐えられないほどの苦痛ではなかった。

 それでも早矢を閉口させたのが、座席につく搭乗員たちの視線だった。砲手、装填手は無遠慮に振り返り、操縦手すらちらりと首を回し、無言のまま早矢の様子を窺った。

 頭角の有無を検分できる距離ではないが、彼らは狢ではないと早矢は直感した。好奇と猜疑、期待と冷笑、様々に入り混じった感情を浴びせられ、早矢は仏頂面で会釈を返した。

「……ども」

 搭乗員たちは何も言わずに顔を見合わせ、そして何事もなかったかのように正面に向き直った。早矢は軽く苛立ったが、頼に背中を小突かれ気を削がれた。振り返ると、奥までは見通せない車両の後部から甘医師が歩み寄ってきていた。

「やあ、夜目殿。どうだい、胎金界は?」

 早矢の知る限り、頼の次に真っ当な会話が成立する相手である甘は、あくまでも気さくに言った。早矢は素直に首を横に振った。

「まだ分からないことばかりで、どう居たらいいのかって感じです」
「それは良い。少なくともいまこの地では、我々も同じ気持ちだ」

 肯定すると決めていたような速さで甘は頷いた。早矢はその言葉の意味を完全に飲み込むことはできなかったが、それでも、甘は患者に好かれる医師だったのではないかと思った。

「甘先生、夜目殿にこのボートの門石をお見せしたいのですが」

 頼が言うと、甘はやはり頷いた。

「それも良い考えだ。構わないかね?」

 甘が二人の頭越しに呼び掛けると、搭乗員たちからは誰が答えるのかという沈黙が返ってきた。数秒後、結局は装填手が答えた。

「……停船している間であれば、どうぞ」
「ありがとう。では夜目殿、頼、奥へ」

 甘が振り返って歩き出し、二人も後に続いた。

 三人が進む先、車内最奥部は明かりがないらしく見通せなかったが、そこまで行く必要はなかった。腰ほどの高さで通路を占有する灰色の立方体と、そこから四方八方に伸びる太いケーブル、そしてその隣に座り込む一人の狢。三人がその前に辿り着くと同時に、ボートは大きく揺れながら停止した。

「夜目様」

 狢は跳ねるように立ち上がった。年上の男から熱心な敬意を向けられ、早矢は居心地悪く視線を落とした。甲板に出ていた最大の理由はこの、頼とは明らかに違う熱意を自分に向けてくる年かさの狢にあった。

「……ご苦労様です」

 どう振る舞うべきか分からず、早矢はそう言ってもう一度会釈した。

 男との対面は出発前に済んでいた。四十代、頼と早矢のいた商会でモッカ製コーデックの試行を担っていたという隻腕の男、名前は冶具(じぐ)。頼は彼を、自分と同じ夜目に従う者であり、西方商会最高のコーデック使いだと紹介した。早矢は茶賣が同行する人数を言い下した瞬間を覚えていたが、冶具が選ばれた経緯と、他の狢がどうなったかを頼に訊ねることはできないでいた。 【Day  4 - A - 6に続く】



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