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El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第4章「坂の上の聖女」

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El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第3章「旅の支度」を読む

汽車と車を乗り継いでたどり着いた審問院で、エル・イーホたちは厄介者あつかいされてしまう

 昼食と片付けの後、眠る必要のないメルガールを除く三人は、それぞれ簡易寝台や長椅子で仮眠をとった。エル・イーホが起きたときにはまだ明るさが残っていて、列車はちょうど駅に停まるところだった。エル・イーホは軽く舌打ちしつつ、窓から見えない場所へ移動する。異端審問所の黄色い特別車を覗き込む馬鹿ものはいないだろうし、そもそも審問官や治安憲兵以外は近寄ろうともしないだろうが、もはや身を隠すのが習い性になっていた。
 やがて、再び列車は走り始め、エル・イーホたちは夜汽車の中で、思い思いの時間を過ごす。
 そうして、単調な汽車の旅が続いた。
 車窓から見える情景は、だんだんと草木の姿が見えなくなり、乾いた荒れ地が広がっていく。変わり映えのしない景色をみるために、わざわざ他人の目線に身をさらす危険を冒すこともあるまい。やがて、車内の誰もが窓から外を見ようともしなくなっていった。

 終着駅へたどり着いたのは、朝の早い時間だった。
 さっそくおんぼろセダンへ荷物を積み替え、簡単に朝食を済ませると、メルセデスの運転で鋸歯魚川に近い審問所を目指す。以前の遠征で道を知っているメルセデスが、ヘルトルーデスと交代でハンドルを握り、遠回りでも走らせやすい街道に沿って進んだためか、通報した審問院へたどりついたころにはすっかり暗くなっていた。
 狭苦しいセダンで半日ゆられ、運転したふたりはもちろん、エル・イーホもメルガールもすっかり疲れ切っていたが、それでも馬よりは楽だった。それに、馬なら最低でも道中で一泊か、馬扱いのへたくそなエル・イーホがいることを考えると、もしかしたら二泊したかもしれない。それも、宿場の様子によっては野宿すらあり得たのだから、やはり自動車とは便利なものだ。
 ただ、ぬるま湯で足を洗っている端から、枢機卿より『明日の早朝に出発せよ』との指令があったことを告げられると、メルガールでさえため息をつく。
「地球人(テリンゴ)がクルマ(アウト)を持ち込む前は、もう少しのんびりしていたものですよ」
 まったくなにごとにもせわしない、テリンゴ風の世になったとふたりでぼやいていたところへ、びっくりするほど険しい顔のメルセデスがメルガールになにか耳打ちした。どうやら、急を知らせた『大佐』からの使者とやらについて、この審問院には誰も知るものがおらず話が通じないらしい。
 さすがのメルガールも血相を変え、メルセデスをともなって院長のもとへ急いだが、それきりなかなか戻ってこない。ヘルトルーデスが呼びに行こうかと気をもむ中、かなり夜も更けてから、すっかり気落ちした様子のふたりが、エル・イーホたちの待つ食堂へ戻ってきた。
 まず、そもそもから話が全く通じておらず、メルガールが身分証などを示しつつ半ば脅すように院長への面談を要求して、ようやく院長自身から『治安憲兵が帝都へ急報を送ったようだ』との報告を受けたことまで明らかにできたのだと言う。その急報について詳細を訊いたところ、院長も奇跡術の通信当番もあいまいな答えを繰り返すばかりで要領を得ない。しびれを切らせたメルガールが枢機卿の名を出し、ようやく次のような話を引き出したという。
 先週、ひどく錯乱した男が治安憲兵の詰所へ駆け込んだらしく、審問院にも問い合わせがあった。それは鋸歯魚の庭を支配している『大佐』からの使者で、当人は同地に多くの信徒をともなった辺境の聖女が現れたので治安憲兵へ急を知らせたとのことだった。そのため詰所から審問院にも連絡があったようだが、憲兵の話ではわけのわからないうわごとをつぶやいていたその男から苦心の末に聞き出せたのは、ホセ・トレーロスという当人の名前と大佐に危険が迫っていること、そしてとりとめもない聖女の話ぐらいだったと言う。
 その時はいったん落ち着かせたほうがよいということとなり、とりあえずホセを寝かせつつ治安憲兵の預かりということで様子を見たという。また、治安憲兵から帝都へ一報を送ったのは、その段階ではないかと言うことだった。
 なぜなら、翌朝になるとホセはすっかり落ち着いた様子で、昨夜のことは忘れてくれと言い始めたというのである。驚いた憲兵があれこれ問いただしたものの、ホセは「悪酔いしてお騒がせしました」と、前夜の大騒ぎを一切合財なかったことにしようとしていたそうだ。もちろん非常にけしからん話であり、治安憲兵を侮辱してもいるので、逮捕して拷問にかけようとしたものの、目を離したすきに姿をくらましてしまったというのが事件のてんまつということだった。
 そのほか、ホセから事情を聞いた憲兵からは人相や体型の特徴が送られており、身長はやや低めで(どうやらメルセデスとほぼ同じくらい)、浅黒い肌に黒髪、奥まった鋭く細い眼、太いまゆ、鼻はがっしり高く、あごは細めといったメモを見せられたそうだ。とはいえ、名前と同様にどこにでもいそうなありふれた外見で、あれこれ言う割にはなにも示していないに等しかった。
 それどころか、治安憲兵が帝都へ一報を送ったのみで、審問院はなにも知らせておらず、もちろん行方をくらませたことも伏せたままだったと。
 しかし……。
 もしかしたら、いやおそらくは審問院の不手際を憲兵へなすったのではないか?
 それどころか枢機卿から『明日の早朝に出発せよ』との指示にしても、まったくのねつ造ではないにせよ、院長が影で急かしたのではないかとすら思われるが、そこまでして厄介払いしたいのであれば、むしろ長居は無用であろうということだった。
 結局、遅い夕食を取って眠りに就いたのは、ほとんど真夜中に近くなってから。翌朝は早くから馬の支度やロバの荷積みに取り掛かり、あいさつもそこそこに鋸歯魚川の渡しを目指して出発した。

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