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高純度カカオチョコを使ったビターなダークチキンモレのバレンタインディナー

 なんとなくフォローしていたコスカメコが新作をアップしていたから観に行くと、速報扱いでソシャゲのバレンタインイベントを再現したコス写も入っていた。フットワークの軽さに舌を巻きつつも、つい「まだ引っ張るのか、バレンタイン……」などと毒づいてしまう。これがクソダサ写真ならファボ乞食で片付けられた。ところが、受け取る男キャラを長身の女性レイヤーが男装していたり、定番のポッキーゲームもベタに横から撮らず見返り姿を主観構図でうまくまとめるなど、センスの良さや完成度の高さが見事なだけに、それがむしろ俺の癇に障る。
 まぁ、バレンタインデーに割り切れぬ思いを抱いているのは、あくまでも俺の僻みというかこじらせというか、そもそも中年のおっさんヲタがコレになにを言ったところで老害乙にしかならないのは百も承知だ。ただ、海辺の町に住む人妻彼女と付き合い始めた頃、無邪気な乙女のような「バレンタインのチョコは好き?」なんて問いかけに、メディアのリポータをあしらうような投げやりさをたっぷり含んだ「どうでもいいや、ろくなもんじゃないからね」と素早く返したこと、そこに「ごめんなさい、もう送っちゃったの」と消え入るような声が返ってきてからは、決して本心を悟られてはならないプレッシャーがのしかかる、そんなイベントになっている。
 言うなれば、バレンタイン関連の話題が流れている間は、横暴な独裁者に荒廃しきった経済状況を報告する官僚のような精神状態で過ごすのだ。
 ただ、なんのかんの言っても日付が決まってるイベントなので、ピークさえ過ぎてしまえばぐっと楽になる。それに今夜は腐れ縁の女が遊びに来るから、楽しい時間を過ごして気持ち良いセックスをすれば、嫌な気持ちも軽く吹き飛ばせるはずだった。
 忌々しい浮かれ騒ぎ(バレンタイン)の他にも、自分からは手出しできないのに、それだからこそ気がかりな心配事もあって、本音を言うといまからでも女に逢いたい気持ちはある。とは言え、その女はダンナもほったらかして高校生の彼氏にすっかりご執心で、今日も朝からたっぷり楽しんでいるはずだ。もちろん、部屋に来るのはその後である。
 しかも、高校生じゃなかなか行けないところへ連れてって、ちょっと遅めだけど大人のバレンタインディナーを教えてあげてから、ということだ。まぁ、俺としては他人ののろけ話をサカナに絡み合うセックスも嫌いじゃないし、買い置きの鶏肉でも解凍しながら、夜までのんびり待てばいいだろう。
 お茶でも淹れようと立ち上がった時、携帯の通知が目に入る。
 おや、女からメッセだ。
『いまからいい?』
 短すぎるメッセに当惑しながら、タイムスタンプを確認する。幸い、まだ数分しか経過してなかった。とりあえず『来るの?』とだけ返信し、通話がよさそうなら切り替えるつもりでパソコンからもチャットアプリへログインする。ログインする前に端末へ通知が表示され、見ると『いちじかんぐらいで』とあった。変換できないほど慌ただしいのか、あるいは手が塞がってるか、苛立ってるか、いずれにせよあまり愉快な想像はできない。
 まずは『了解、待ってる』と返信してから、さてどうしようかと考えはじめた。
 これから女が来るなら、夕食は用意したほうが良いだろう。とは言え、食材は解凍中の鶏もも肉と玉ねぎぐらい、他は冷凍カボチャやミックスベジタブルぐらいだが、女が来るから買い物へは出にくかった。鍵は持ってるから、別に入れ違いでもかまわないのだが、さっきの無変換返信を考えるといた方が良いような、そんな気がしてくる。
 手持ち食材で考えられる、ごちそう感を漂わせつつ簡単な料理といえば、おおかたカボチャのチキンクリームシチューだろうけど、残念ながら牛乳を切らしていた。さらに、シチューミックスやルーもない。ただ、カレー粉は常備しているから、ヨーグルトとタマネギでチキンマサラはどうだろう?
 これはナイスアイディアと食材を確認したら、正月の乾物福袋に入ってた無塩ミックスナッツや干ナツメ、コリアンダーやカイエンペッパーの他、漬け込んだまま忘れてたラムレーズンに瓶に半分残ってるラム酒なども出てきて、こりゃチキンマサラ待ったなしと盛り上がったものの、今度はトマト缶が見当たらない。つい先日、ストックし忘れて難儀したばかりなのに、また買いそびれたのか?
 自分自身にうんざりしながら、念のため食材置き場を片付け始めた。ホチキス止めを雑に引き裂かれて半ばクシャクシャの福袋だったものを引っ張り出すと、華やかな紅白模様に描かれた干支の可愛らしいイラストが、楽しげに新年を言祝いでいる。
 正月気分に煽られて、たいして欲しくもないのになんとなく買っちゃったんだ。袋を広げている間に、そんないらぬ記憶まで蘇ってしまう。コショウとか豆とか、そういう普段から使ってる品だけ引っ張り出し、後はうっちゃっていたのがまるわかりだ。ラムレーズンにしてもそうで、わざわざコンビニかどっかでダークラムの小瓶を買い求めてまで漬け込んだのは良いものの、それっきりほったらかしにしている。幸いにもカビたりはしていないようで、味はともかく食えそうだ。
 保存の効く乾物とは言え、食べ物をぞんざいに扱ってたなと、いささかへこんだところへ電話がかかる。慌てて携帯を取ると女からだ。
 思ったより早い?
 違う、無駄にグズグズして時間が経ったんだ!
 もちろん迷わず出るが、どうやら女は歩きながら電話しているらしい。俺が部屋にいるかどうか確認がてら、近くまで来てるけど「ナニか買っていこうか?」と訊ねてきた。台所も頭の中もとっちらかってる俺は、まとまらないまま「晩御飯によるけど、なに食べたい?」と返す。
「なんでもいいけど、美味しい料理が食べたい」
 ますますこんがらがった……。
 とりあえず、いったん部屋まで来るようにうながすと、思いもよらぬ女の言葉が脳内にこだまする。
「じゃ、そうするね。それからプレゼントあるし、チョコもあまったからあげるよ」
「え? なんで?」
「へへへ、ついたら話すね」
 投げっぱなしをきれいに決めた女は、有無を言わせず通話を切った。
 まぁいいや。来るまでに片付けなきゃ。

 雑多な食材をどうにかこうにかしまい込んだころには、階段を上がる女の足音が聞こえていた。あるのかないのかわからないトマト缶のことなど、もはやどうでもいい。立ち上がって腰を伸ばし、半ば無意識に手を叩くと、玄関のドアがゆっくり開いた。
「おひさ~」
「早かったね!」
「いろいろあってさ……」
「なんかあったの?」
「うん、まぁね」
 肩をすくめながら奥へ入ってコートやスカートを脱ぎ、ハンガーへかける女の後を追うと、衣装ボックスからスウェットを出して渡す。そそくさと履きながら「そこの紙袋、プレゼント入ってるから取っていいよ」と、大小のショッピングバッグが置かれた一角を示した。
 手前の微妙にヘタった紙袋を探ると、中には見慣れた物がある。しかも、開封済みだった。
「バイブだったらいいよ、持ってるから」
 違う違うとしゃがみこんだ女は、俺から細長いバイブの箱を受け取り、もうひとつのきれいな紙袋からやや横長で大きな、リボンラッピングされた箱を取り出す。
「じゃ~ん! 開けていいよ」
 そう言いながら獲得しましたポーズで高く持ち上げ、うやうやしく俺に手渡した。せっかくなのでビリビリ包み紙を破ると、黒地に鮮やかな真っ赤なトマトを描いたオシャレボックスが現れる。
「おぉ! カシナートの剣だ!」
 おどける俺に、女は「なにそれ?」と覚めたツッコミ。
「えとね、もとはクイジナートなんだけど……」
「その話、もしかして長い?」
「ちょっとだけね。ゲームのアイテムなんだけど」
「また、後にしよっか?」
「ごめん」
「いいの、大丈夫」
 兎にも角にも開封しないと始まらない。流石にアンボックシングムービーを撮ったりはしないが、それでも箱を見た瞬間から極限までテンションは高まっていた。箱を開けると白い円筒形のパーツにプラの透明カップ、そして先端にチューリップ状の撹拌部が付いた金属棒が出てくる。それは、以前から欲しかった舶来のハンディブレンダーだ。
「ありがとう! ほんとに嬉しいよ!」
「ほしがってたものね~」
「うん、ミキサー料理したかったんだけど、置くところがないからさ」
「そうそう、チョコもあるよ。余り物だけど、いちおう縁起物だからさ。ほい」
 そう言いつつ女が取り出したのは黒地に金文字の99%も艶やかな、これまた舶来の高級高純度カカオチョコレートである。たしかに余り物だ、ラッピングさえしてない。
「うぉ~! これ、食べたことある?」
 ブレンダーを握りしめたままハイテンションの俺に、女は「あるけど、そのままじゃ無理だから」と、妙におとなしかった。
「だよね~なんか料理にでも……あ! そうだ!」
 頭に食材を思い描きつつ良さげなアイディアがひらめいたところに、女が「ちょっと、愚痴を聞いてほしいんだけど」と切り出す。
「その話、もしかして長い?」
「ちょっとだけね。高校生くんなんだけど」
「ほぅ、続けて」
「いいの? 大丈夫?」
「むしろ聞きたい」
 下世話な好奇心を隠そうともしない俺に、呆れたと言わんばかりのまなざしを突き刺しつつ、女はゆっくり話し始めた。ざっくりまとめてしまうと、来年は受験だからいままでのペースじゃ逢えなくなるし、せっかくのバレンタインだからということで朝から高校生とセックスしていたところ、最後に電マでアナル攻めたら腰抜けて……。
「帰っちゃった」
 むくれたようなしょげたような女に慰めのひとつでもと思うのだが、正直なところ笑いを堪えるだけで精一杯だ。
「で、チョコも忘れてっちゃったの?」
「ううん、わざとおいてったと思う。だって、包み紙を破って『あ! これ罰ゲーチョコじゃん』って言ってたから」
 年甲斐もなくべそまでかきそうなのに、なぜか高校生くんの口調まで真似る女がまとう哀れさと滑稽さの十二単に気圧されながら、とりあえず「照れ隠しじゃないの? まだ子供だし」など、テキトウな言葉でフォローを試みる。
「でもね、こんなオバサンから本命っぽいのもらったら、かえって重いかなって、気をつかって高純度カカオを買ったんだから」
 いつもの俺なら『自分で気を使ったとか言うなよ』とハリセンチョップで突っ込むところだが、その瞬間は絶対にやっちゃいけないリアクションのひとつだった。とりあえず、ソーシャルでカカオ純度の高いチョコはピュアな愛ってまとめ流れてたとかなんとか、キュレーションサイトがでっち上げたネットミームすら投入して気持ちの崩落を防ぐ。
 おおかた、別のスタジアムで同世代の彼女とナイトゲームに挑んだのだろうが、親子ほど年も離れた相手なのに「晩御飯も食べようと思っていたのにさぁ」などと落ち込む姿をみてると、とてもそんなことは言えやしなかった。むしろ、その姿はたとえようもないほど尊くて可愛らしく、愛おしさすら感じてしまう。
 もはや笑いをこらえることもなく、ただ優しくほほえみながら「まだ、ほんの子供だから仕方ないよ。くさくさしても仕方ないから、ふたりで美味しいの食べよう」と声をかけた。うなずく女をそっとなでて立ち上がると、もらったばかりのブレンダーと高純度カカオチョコを手に台所へ向かう。
「ちょっと、いいアイディアがあるんだよ」

 まずは大鍋に水を張り、強火で沸かし始めた。その間に生姜と玉ねぎを刻み、女には延し棒とジップロックに小分けした無塩ミックスナッツを渡し、油が出ない程度に砕くよう頼む。次に解凍した鶏肉の皮をはぎ、手頃な大きさに切って塩コショウを擦り込んだ。お湯が沸いたら鶏肉を入れ、軽く潰したにんにくと月桂樹の葉、荒く刻んだ生姜などを加え弱火で煮込む。
 その間になんちゃってモレを作るが、ここでいよいよブレンダーの出番だ。
 もちろん、工場出荷状態では使えないから、まずは撹拌部の洗浄だけど、ステンレス部品にさっと水を流しておしまい。本当は付属のカップかなにかに水を入れ、通電作動して汚れを吹き飛ばしつつ洗浄するものらしいけど、この台所は電源の位置が悪くてコードが届かなかった。仕方なく、小鍋に刻んだ生姜と玉ねぎ、にんにく、カイエンペッパーやコリアンダーなどの各種スパイス、砕いたミックスナッツを入れ、トドメにラムレーズンを酒ごとぶち込むと、ブレンダーごと寝部屋へ。
 折りたたみ座卓へ鍋敷きをセット、鍋を支えているよう女に頼むと、神妙な面持ちでブレンダーのスイッチを入れた。
 ぶぃ~ん、がりがり~
 思いのほか力強いモーターのトルク感に軽くうろたえながら、負けじとしっかり握り直す。ラム酒の香りが立ち上り、俺も女も嬉しくなってきた。規定時間を微妙に超えたところで止め、期待を込めて状態を確認する。ナッツはもう一息だが、他はすっかりペースト状だ。
 ブレンダーを休ませるついでに鍋を台所へ戻し、行き場をなくしたピュアな愛を割り入れ、ザルで濾した鶏肉の煮汁を足す。再び寝部屋へ戻って撹拌だ。
「ごめんね、コードが」
「気にしない。後で延長コード出すよ」
 鍋を支える女の手をそっと撫でると、今度は最初からしっかり握ってスイッチオン!
 玉ねぎやナッツの白っぽさが溶け、レーズンとチョコの青黒さが際立ってきた。どうも食欲をそそらない色合いだが、チョコやスパイス、そしてラム酒の甘い香りは食べ物であることをはっきり主張している。
「うぃ~ん、うぃ~ん」
 調子に乗ってバイブっぽい動きを加えたら、怖い顔の女がやめれと睨みつけていた。
 まぁ、色もコンナだしな。
 口を閉ざして電源も切る。
 味をみたら、なにか足りない感じだ。女にも味見してもらったが、やはりナニか足したいとのこと。とろみも欲しかったので、塩をひとつまみとシリアルをひと振り加え、最後にブレンダーで混ぜたら、かなり良い感じに仕上がった。
 なんちゃってモレの次は、鶏肉の出番である。まずフライパンにオリーブ油を引き、鍋から上げた肉へしっかり焼き色を付けた。小鍋のモレに固形コンソメをひとつ入れ、鍋の煮汁を濾しながら少しづつ足す。軽く煮立てたモレをフライパンへたっぷり回し入れ、最後は炒め煮にすると出来上がりだ。
 気がつけば、早春の日はとっぷり暮れて、辺りも暗くなっている。大きめの皿にご飯となんちゃってチキンモレを盛り付け、折りたたみ座卓へ並べると、ちょっとビターな大人のバレンタインディナーが始まった。
 煮汁を加えたなんちゃってモレは思いのほかサラッとして、色も赤銅に近いほど臙脂がかっている。とりあえず、飯に絡めつつひとさじ食べると、甘い香りと裏腹の刺激的な辛みが立ち、その背後からはコクの有る苦味もきっちり主張していた。煮られて焼かれた挙句、炒め煮にもされた鶏肉はすっかり柔らかくなっており、さじでつつけばほろほろと崩せる。フレーク状にほぐした鶏肉をモレと混ぜ、飯にまぶして口へ運ぶと、肉の旨味が辛味や苦味の刺激をまろやかに包み込んで、深い味わいが口に広かった。
 気がつけば、さっきから女が無言でさじを口に運んでいる。皿のモレを掬おうと、女がふと頭を下げた瞬間、豊かすぎる胸元の深い谷間に、派手なキスマークを見つけた。
 なんだかんぁと思いつつ、味はどうかとたずねたら、ちょっと困ったような風情で「味と香りがバラバラで混乱する。でも、美味しいから食べちゃう」と、うつむいたまま応える。その時、重くたげな乳がゆったり動き、キスマークは幻のように消えた。
「うん、美味しい。確かに美味しいんだけど、なにか収まりつかない」
 最後は半ば自分に言い聞かせるかのような言葉を聞きながら、とりあえず食が進んでるならまぁいいやと思う。
「メキシコの料理なんだって、これ?」
 にわかにテンションを上げた女が、ふいに話を振ってきた。フォローのつもりか?
 でも、とっさに「うん、そう。でも、日本のお味噌みたいな感じで、地方ごとにかなりのバリエーションあるね」まで言えたのは、どこかでウンチクを披露しようなんて下心があったから。
「じゃ、食べてるのは?」
「えとね、これは中央高地風なんだけど……」
「その話、もしかして長い?」
いたずらっぽく微笑みかける女を見ながら「ちょっとだけね」と返した。
「それ、誰に教わったの?」
「メキシコの友達」
「かわいい?」
「写真はね」
「だと思った」
 見上げると、淫靡な笑みを浮かべた女と目線が交わる。幾度となく身体を重ねても、心までは決して重なることがなかった。
「気にしないの?」
 言いながら、女は俺の手を取って胸の谷間、キスマークが見えたところへ誘う。
「気にしないよ。わかってるくせに」
 俺は下品に口元を歪め、そのままぐいと深く手をいれると、乳首を優しく転がした。
「そうね、気にしてるのは私。なんだか怖くなっちゃって」
 乳首から指を離し、今度は大きな男の手のひらから溢れ出す乳房の量感をたのしむ。
「あの年頃だと、まだバブ味は早かったかなぁ?」
「そんなことないけどね」
「そう?」
 そっと乳房から手を離し、かすかなモレの苦味よりもはるかに密やかでいながら、確かな刺激を帯びたな嫉妬の風味を漂わせつつ「高校生くんから必要とされたい。もしかしてそう思った?」と続けた。
「ちょっとね」
「じゃ、このゲームは負け」
「そうか~」
 わざとらしくのけぞりつつ、女は軽く額に手を添える。コミカルな仕草は、始まりの合図だ。
「うん、だって俺たち」
 魔法少女のように手のひらを返しつつ、女は「お互いに」と合いの手。
必要としてないものね
 きれいにハモった!

 それからめちゃめちゃセックスした。

(了)

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