見出し画像

El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第2章「車輪の上」

第1章へ

El expedición de hijo del torturador 辺境の聖女と拷問人の息子 第1章「それぞれの小部屋」を読む

ヘルトルーデスの秘薬をねぶるエル・イーホ

 エル・イーホはヘルトルーデスが淹れた目覚まし茶をすすりながら、新芽を思わせる植物の青臭さとおだやかな甘み、そして背後に潜むピリッとした苦みを舌の上で転がし、ゆるやかに身体を覚醒させる。いつもなら、このまま昼までぼんやりしつつ、脳の芯が活性化するまでおとなしくするのだが、母屋にメルガールを待たせているとあってはそうもいかない。
 目覚まし茶を淹れるたび、ヘルトルーデスは『これを飲んだら、ポンと目が覚めます』などと言うのだが、実際にそこまで劇的に効いたためしはない。とはいえ、ほんとうにポンと目が覚めるほどの効き目があったら、なにか反動がありそうで恐ろしくもあり、このぐらいがちょうどよいよな気もする。特に昨夜の酷使がたたったのか、逸物の根元にびりびりするような違和感が残るいまは、なおさら『出すときのこと』まで気になってしまうのだ。
 おおむね半分ほど飲んだところで、ヘルトルーデスが干し肉の切れっぱしか、バナナの皮めいた黒褐色の小片を持ってきた。
「これをお茶で少しふやかしてから、ねぶってください。眠気がポンと飛びますよ」
 また『ポン』だよと、腹の中で苦笑いしながら小片をカップに入れ、さじでくるくるかき回してからすくい、なにも考えず口に含んでみた。
 に が い!
 衝撃的な苦さだ!
 これは確かに目が覚める。
 まさにポン。
 口の中に広がる苦みとしびれに戸惑いながら、目を見開きながら固まっていると、ヘルトルーデスが声をかけた。
「ねぶったら吐いて。絶対にのみこんじゃだめですよ!」
 ぷっと吐き出す元気もなく、ゆっくりと小片を口の外へ追い出す。行儀悪いのは重々承知だが、黒褐色の物体はカップの中へぽとりと戻した。ヘルトルーデスが差し出すぬるい白湯を口に含み、苦みを流すとようやくひと息。
「あれ、なに?」
「目覚まし茶と薬サボテンの汁を煮固め、干したものです。サバドの踊り手は、これをねぶりながら徹夜の儀式をこなすと言いますよ」
 説明を聞いているうちに、苦い不安がこみ上げてくる。
「なんか、身体に悪そうな味だね」
「よくないですけど、ねぶるだけなら大丈夫ですよ」
 少なくとも、眠気は間違いなく飛んだ。それも、きれいさっぱり。とはいえ、気分は良くない。それは身体に悪い怪しげな代物で眠気を飛ばしたという気持ちの問題ではなく、明らかに不自然な悪寒のような、どこか風邪のひき始めにも似た不快感だった。
「食べ過ぎるとどうなるの?」
 まばたきしていたら見逃していただろうほどわずかな間、ヘルトルーデスの目が悪戯っぽくきらめいた。そして、わざわざ子供に読み書きを教える女司祭のような表情を作りなおすと、黒褐色の物体が入ったカップを手に取りながら答えはじめる。
「まず、たいていの人は食べ過ぎることができません。とてもにがいので。だから、サバドの踊り手は毎日少しずつねぶって、身体をなじませます。そうすると、踊っている間中でもねぶっていられます。そうなると三日三晩でも休みなく踊り続けられるそうです」
「くるしくないの?」
 艶やかにいやらしく輝き、口元に浮かぶ意地の悪そうなヘルトルーデスの笑みは、強化された審問を手伝うときに見せるそれだ。
「クスリがなじむと疲れ知らず! 痛みもくるしみも感じない! さらに、なんと性感が三千倍(トレス・ミル)に!」
 大道芸人が『千の感謝を、いや三千の感謝をこめて』と大げさに頭を下げるように、あるいは強壮剤売りが『千倍! いやいや三千倍の効き目があります!』と呼ばわるような節をつけて、ヘルトルーデスはトレス・ミルと口にする。
 わざとらしく胡散臭い香具師の口上めいた言葉の後、ヘルトルーデスはふと真顔にもどり、やけに低い声で「でもね、お客さん。くれぐれも飲みすぎにはご用心めされよ。サバドの踊り子はみな正気を失い、夢の国の虜囚となりました。しまいには身体が衰え、弱って死ぬ者もおりまする。そうそう、とある地球人(テリンゴ)がこれを水薬にし、ひと息に飲んだそうですが、そいつは口から泡を吹きながら溶けてしまったそうですぜ」と、エル・イーホの耳元にささやきかけた。
「からかわないでよ。赤毛さん」
なにかと話をふくらませ、時として相手を怖がらせては悦に入ることもあるヘルトルーデスの悪癖はよく知っていたし、それどころかエル・イーホは主な標的であったため、切り返しの形もだいたいは決まっていた。だが、よほど楽しいことでもあったのか、なぜか今朝はヘルトルーデスのテンションが異常なほど高く、またエル・イーホ自身の寝不足や疲れも相まって、いつものようにまろやかな反応はできなかった。
「へへ、少し冗談が過ぎましたね。ごめんなさい。ぼっちゃんが舐めたのは私も使ってるから、安心してくださいね」
「うん、うん、大丈夫、わかってる」
 はっとしてかしこまり始めたヘルトルーデスをなだめつつ、それでもサバドの手入れで逮捕され、審問院から連れてこられた信者たちの後始末というか、拷問前の下準備を思い出し、嫌な胸騒ぎがおさまらなかった。
 サバドの現場で身柄を押さえられた信者は例外なく全裸で、異常な興奮状態にあった。そればかりか、その多くはあざやひっかき傷、かみ傷で血まみれ、ひどいものになると乳首や男根をかじりとられていたり、膣や肛門を突き破られていることもしばしばだった。ところが、それほどの怪我をしていても、当人たちは幸せそうにへらへら笑ったまま、まともに受け答えができない。
 結局、エル・イーホはドクトルや審問院の司祭たちと協力して迷えるものたちの傷をいやし、興奮を治めないと、当人の名前すら聞き出せないのだ。そのため、多い時には十数人以上の正気を失った血まみれの老若男女を相手に、負傷の度合いを見極めながら素早く優先順位を決め、奇跡術を施したのちは、傷が癒えても暴れ出さないように拘束しなければならなかった。
 もちろん、終わった頃にはクタクタで、足腰も立たなくなりそうなほど。だが、拷問人たるエル・イーホにとっては『それからが本番』である。
 思い出すだけでもうんざりするが、男根を食いちぎられたり膣を裂かれてもなお楽しげにはしゃぐ、狂気にとらわれた老若男女の姿となると、見ているほうが正気をなくしそうだった。そして、あれだけの深手を負いつつへらへらしていられたのは、どう考えてもなんらかのからくりがある。それは、おそらく失われた旧帝国の奇跡術か、あるいは禁断の薬物であろうと推測されていた。
 それだけにヘルトルーデスの冗談は、文字通りシャレにならないものも含んでいたのだが、まぁそういうところも彼女の愛らしさといえた。
 とにもかくにも身支度を整えなおし、エル・イーホはメルガールが待つ母屋へ向かう。ただ今回はメルセデスも同席するとのことで、取り合わせの不自然さにまた別の胸騒ぎを感じてしまうのだった。

ここから先は

12,058字

¥ 100

¡Muchas gracias por todo! みんな! ほんとにありがとう!