見出し画像

私の一週間


こんにちは。今日はアメリカの学生生活について簡単に紹介したいと思います。前回、前々回の記事では、米日の文化の比較や教育のプライオリティの違いなどについて結構真面目に、個人的な思いも乗せながら書きました。お時間ありましたら、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

私の自己紹介についてはこちらから

今回はあくまで気楽に、アメリカの学生生活ってこんな感じだよというのを紹介できたらと思います。自分の専門は音楽で、所属している大学も音楽大学なので、ちょっと特殊なところはあるかもしれません。何卒ご承知おきください。


とはいっても、大学ごと、学生ごとでそれぞれの学生生活があると思いますし、アメリカは広いですから街だって全然違います。なのであくまで一つの例として、私の今学期の一週間のスケジュールをなんとなく紹介します。いえ、週によっても予定は結構違いますので、具体的に先週末から今週の予定を紹介することにします。なぜか記憶が金曜日からしかないので、そこから始めます。日記みたいになってしまいますが、興味のある方はお付き合いください。

今週やったこと、やること

  • Friday

– GRE(アメリカの大学院受験のために必要な、共通試験のようなもの)の家庭教師みたいなことをする。英語でいう"国語"と、英作文を教えています。

– Ph.D.の同僚のプレゼンテーションがあったので、聴講しに行く。テーマは"anti-electronic, electro-acoustic music." 非常に興味深い主題と、説得力のある作品の紹介でした。Fixed-notation(音程やリズムが固定化された楽譜)とOpen-notation(即興性を許容する楽譜)のcombinatory capability(相互互換性?)などについて考える。

– これまた別のPh.D.の同僚とそのパートナーと夕食を食べに行く。彼はJust Intonation (純正律)の音楽をこよなく愛していて、私が出会った限り彼ほど徹底したJust Intonationの作曲家はいません。素晴らしい作曲家です。この日もJI音楽について語り合うなどし、有意義な時間を過ごしました。二人とも和食が好きだとのことで、雪の積もる街をてくてく歩き、友達が働いている日本食のレストランに行きました。

アメリカで食べる日本の寿司はいつだって感動的


– University of Rochester (私の通う大学、Eastman School of Musicの母体の大学)の経済のPh.D.をちょうど修了した日本人の方の祝賀会。春から日本のとある大学の先生になられるので、しばらくのお別れ会でもありました。日本でのご活躍をお祈りしています!

  • Saturday

– 家で作曲や課題などしながらゆっくり過ごす。AI音楽絡みの文献や音楽作品を探したり。

– 夕食に中華風ポトフを作り、一人で感動する。

– 深夜にアパートの地下でルームメイトの誕生日パーティーをする。彼女はジャズ専攻なので、ジャズの人たちが集まって楽器を持ち寄りプチセッションを楽しむ。飲みすぎた友人の介抱をする。

アメリカには居酒屋やファミレスは(ほとんど)ないですけど、週末に何かしら理由をつけてはパーティーをします。学部生はクラブに行ったりもするみたいですけど、大学院生はだいたい家に友達を呼んで楽しく過ごします。
  • Sunday

作曲、勉強、課題

Jennifer Saltzstein "Rape and Repentance in Two Medieval Motets" のリーディングを終わらせ、エッセイを提出。Medievalの時代の、モテットに使われている詩って、かなり世俗的なものもあるんですよね。結構ショッキングな内容だったので、少し時間をおいてから考えてみたいと思っています。

– 夜に、自分がvice president(副代表?)を務めているアンサンブルのリハーサルに行く。私を含めた、学生が自分たちでオーガナイズしているシンフォニエッタで、大学から予算をもらって、演奏者に報酬を払い、大学院生が書いた新曲を1セメスターに数曲ずつ初演しています。どんな演奏活動が作曲科で行われているかは、こちらのリンクからどうぞ。

私の通う大学は、現代音楽のアンサンブルやコンサートが充実していて、とても気に入っています


  • Monday

作曲のレッスン。もはやこれまで。

– 大学見学しに来た高校生が、音楽スタジオを見てみたいということで、スタジオの案内をする。電子音楽のスタジオのTA(Teaching Assistant)をしているので、仕事の一部ということです。大学で作曲科に進みたいらしい。がんばれ!

  • Tuesday

"Advanced Computer Music" というクラスのTA。と言っても、授業中はいるだけでほとんどやることないです。先週までのFFTやPhase Vocoderから展開して、この日はConvolutionのお話。Time domainでのConvolutionと、Frequency domainでのConvolutionの違いとか、でもコンセプトは全く一緒だったりとか、そんな話。

– TA絡みの仕事をぼちぼち。

– ラボで教える。これもTAの仕事の一つです。これは後ほど少しお話しします。

Deleuze and Guattari "A Thousand Plateaus," chapter 11 ("Becomin-Intense, Becoming-Animal, Becoming-Imperceptible…")と、Elizabeth Grosz "Chaos, Territory, Art" chapter 2 ("Vibration. Animal, Sex, Music")のリーディングを終わらせてエッセイを書く。Deleuzeの名前でピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんが、哲学のお話です。20世紀の、芸術を対象にした哲学は、ファシズムを引き起こした西欧文化と歴史への内省的態度が顕著ですが(そして、音楽は芸術ジャンルの中では最もファシズムやミリタリー、権威などと関連した分野でもあります)、このリーディングはそれと関係して、人間の主観性についての考え方の転換や、西欧伝統の時間の概念について新しい思想を展開しています。私は数年前にベルクソンの哲学書を読んで、自分の作曲スタイルに大きな影響があったのですが、そのベルクソン哲学の礎となる考えについてあれこれ考えることができたのでした。リーディング、150ページはあったと思います。大変だった。今でもいろんな答えのない疑問が浮かんでいます。

カフカの「変身」は多分一番わかりやすい"becoming"のコンセプトの例ではないでしょうか。兄に昔文庫本をもらって読んだ、ちょっとした思い出のある本です。
「白鯨」は本チャプターの中でしばしば引用されていました。有名な作品ですが読んだことはないので、今年の夏にでも読んでみようかなと思います。
  • Wednesday

– クラス1。Musicology(音楽学)のクラスで、私の大学の中で最もレベルの高いコースになります。3時間の授業時間を、ひたすらdiscussionに費やす。内容は、昨日必死に読んだ哲学のお話です。個人的には、私が発議した"becoming-insect"というコンセプトから付随した質問、"Do we listen to sound or music, or could the sound be perceived as music in the modern era?" (An exemplary composer would be Xenakis for he conceives sounds of cicadas, and also Scesi but in an extremely opposite way) に対しての、クラスメートの返しが天才的だった。音楽、声、楽器のアイデンティティや、テクノロジーの進化とともに失われていくヒトの主体性など、私の普段の興味と関連したディスカッションができました。以前書いた、ボーカロイドの話もちょっと関係してるかな。

– ルームメイトが日本のサラダ煎餅を何処かから持って帰ってくる。食べていいよと言われたのでありがたく頂戴し、日本の馴染みの味にこれまた一人で感動する。

ここからは明日のこと、未来の話です。つまりは予定、plan(e) to be performed. (適当に今作った英語なので真似しないでください)

  • Thursday

– クラス2。つつがなく終えましょう。

– TAのウィークリーミーティング。再来週に大きなコンサートが二つあり、そのリハーサルやら機材のやりくりやら役割分担やら、そんな話になるでしょう。TAのグループチャットで、コンサートで演奏する曲のパッチ(ライブ演奏用にプログラミングされたコード)が動作しないという話が流れてきているので、そんな話もするかも。

  • Friday

– リサーチのプロジェクトの補助。University of RochesterのComputer Science専攻のラボが、AI生成音楽についての研究プロジェクトを立ち上げていて、作曲やアナライズの専門家としてお手伝いをしています。報酬をもらっているし、自分の興味のある内容でもあるので、頑張りたい。

– 自分の作品のプレゼンをします!まだ何も細かいことは決めてないけど、多分テーマは"Delay concerning music and music technology": 電子音楽の技術の8割はdelayで説明できるし、また全く違う話ですがバッハのフーガとかっていうのは、主題と主題のdelayと、それが作り出す対位法(旋律の絡み)と、それらが人間の認知と記憶にどう影響するかが肝ですよね。(早口) そんなことから派生して、自作品の創作プロセスと技術的なことについて話せたらなと思っています。1時間半。人あつまるといいな。がんばれ!


そんなわけで、一週間の振り返りと今後数日の予定でした。自分の勉強と、作曲をする時間を作るのが、一番難しい。宮崎駿風に言うなら、そうして「眠れぬ夜を送るのよ」ということです。(ネットで話題になった宮崎駿の名言です。知らない人はぜひ調べてみてください)でも、なんだかんだ楽しくやっています。


アメリカの大学の、お金の話

興味がある人がいるかもしれないので、お金のことについて。

アメリカの大学って、何よりもまず、学費がとんでもなく高いんですよね。私の通うEastman School of Musicの大学院の学費は、諸々含めて一年18単位で$46,532。今のレートだと、およそ7,040,000円です。ニューヨークでの生活は東京より高いですから、生活費まで考えれば本当にとんでもない額になります。でも、ここまで読んで、アメリカ留学なんて絶対無理だと諦めないでください。実際、この金額を全額払ってきている学生なんてほとんどいないんです。みんな、何かしらの奨学金を持って、学生生活を実現させています。外の奨学金、例えば日本人だったら留学用の奨学金もありますし、まずは、大学からのscholarshipというものがあります。これは学校ごとに決められた予算の中で、入試の結果、成績をもとに合格者に割り振られるものです。だから、ただ合格するだけでなく、いい成績で合格すること、これがお金の面で大事です。そしてこのscholarshipは、基本的に良い大学であればあるほど充実している。そういうわけで、いわゆるivy leagueみたいな優秀な大学には、無償で通えるわけですね。Eastmanはどうかというと、私が所属しているPh.D.の学生に対しては、全額奨学金が出ています。それに加えて、マストで入らなければいけない健康保険の費用も、Ph.D.生に対しては出してくれています。その代わり、一つでも単位を落としたり、GPAがある一定のラインより下がると、そのscholarshipは保証されなくなるよという規定書に毎年サインしているので、まさに命を削って勉強するわけです。

教育の費用対効果のリサーチ。ビジネスやコンピューターサイエンスは、教育にかかる費用に対しての将来の収入見込みが高い一方で、芸術、フィジカルサイエンスといった分野は費用に対しての見返りが少ないことがわかります。サンプルの対象は、フロリダの大学の12校から。研究対象は限られていることは意識しておく必要がありそうです。ソースはこちら。https://www.nber.org/digest/apr17/variation-education-costs-and-future-earnings
興味のある人はこちらも。”Salaries vs. Education: Costs of 50 Common U.S. Jobs” https://www.titlemax.com/discovery-center/money-finance__trashed/salaries-vs-education-costs-of-50-common-u-s-jobs/ "For Love or Money (or Both?): Is Art School Worth the Payoff" https://www.artworkarchive.com/blog/for-love-or-money-an-art-education-in-today-s-economic-climate

しかし、学費がカバーされていると言っても、生活費まで払ってくれるわけではありません。その分のお金は、stipend、つまり給与で賄っています。このstipendは、scholarshipと違い大学に所属しているだけで勝手にもらえるお金ではありません。大学のために労働する、その対価としていただくお給料です。Eastmanからは、合否の知らせとともに、「あなたのstipendはいくらいくらで、あなたのする仕事はこれですよ」という案内が来ました。Stipendの内容というのは、合格をもらった出願者にとって一番気になることですからね。それを大学側も理解していて、合格通知と同時にお知らせしてくれるわけです。残念ながら、Eastmanのstipendは、他の大学、例えば母体であるUniversity of Rochesterと比べても少ないです。私の暮らしも、はっきりいって楽ではありません。それでも他の音楽大学よりは、金銭的なサポートは充実しているんですよね。まあ、家賃は払えているし、携帯も持っているし、何より生きています。パンをくれ!

そしてその仕事というのが、私の場合、電子音楽スタジオのTA、ということになるわけです。具体的な仕事は主に3つに分類でき、電子音楽の授業のアシスタント、スタジオ主催のコンサートの運営、そして機材の管理と設営、といったところでしょうか。はっきり言ってTeaching Assistantとはなんぞやと言いたくもなるなんでも屋です。

私含めて5人のTAがいますが、私の受け持っている仕事の一つにラボでのティーチングがあります。"Advanced Compuer Music"のクラスを受講している学生を相手にスタジオで、オーディオのこと、電子音楽のこと、機材のこと、作曲のことなど様々なトピックについての実践的なアドバイスをすることが、このラボの目的です。といっても内容は完全に自由なので、授業の内容でカバーしきれていないと感じたことを中心に話すこともあれば、自分の過去の研究を共有することもありますし、学生個々のプロジェクトのトラブルシューティングに時間を使うこともあります。いずれにしても、こうした学生同士の健全な学び合いの場があることに感謝していますし、自分にとっても、教える経験というのはなかなかできるものではないですから(しかも大学院レベルの人相手となれば尚更です)、大変ありがたい仕事なのです。

私のInstagramから。前回のコンサートで、sound diffusion(ステレオの作品を複数の、今回は12台のスピーカーに割り当ててそれぞれのボリュームを操作し、音源に対しての距離感、そこから生じる架空の"空間"が演奏中に動いているような錯覚を作る技術)を担当しました。これも仕事の一部です

例えばトランペットの学生が、自分のリサイタルでマイクとスピーカーを使った曲を演奏したいと言えば、私たちTAの誰かがホールに行って機材を整えるわけですが、その他の院生には、副科ピアノや副科クラリネットを教えている人もいますし、プラスで図書館で働いている人もいたりします。そうした、大学にとって「必要な」ポジション、労働力というものを大学院生が提供し、報酬をstipendとして受け取る。それがうちの大学のシステムです。他の大学も、多かれ少なかれ同じ理屈で回っていると思います。目が点になるほどの学費と、そのお金を組織の内で「回す」仕組み。なんだか資本主義を目の当たりにしているようでクラクラすることもありますが、なんにせよこうして勉強できていることには感謝しかありません。明日のお金の心配をしながら勉強するのは、精神的に本当にきついですからね。

研究職の苦悩というものは、日本にいるとしばしば耳にします。自分と同世代の、同じ程度の学歴の人が、圧倒的に稼いでいる中、自分にはお金がなく、将来の仕事も約束されていない。けれど世間からは「好きなことをやっているのだからお金なんてなくても頑張れるでしょ」あるいは「その研究って本当に社会に役にたつの?」などと思われている、そんな話です。それはアメリカでは違うよ、ここには夢があるよなどとは残念ながら私は断言できませんが、他の大学のアメリカの大学院生の話を聞いている限りでは、高いレベルで研究し、かつ経済的にもサポートされている、それを幸せに感じている人が周りには多いように思います。とにもかくにも私が日本の大学院生の事情を全く知らず、アメリカでの就職も未経験なので、それは私にはまだわかりません、と書くに留めておきます。

前回の冬休みの写真から。休みがとても恋しいです。夏休みまであと少し!


次回の予告?

大学の同僚や楽しい友人の話も書きたかったのですが、そろそろ駄文になってきたので今回はここまで。本当は早く音楽の話をしたいのに、余裕がない時はつい音楽以外の話を書いてしまいます。次回は、「Max/MSPの日本一わかりやすいチュートリアルを作りたい」、そんな内容をお送りしたいなと、思っています。音楽以外のことでも、リクエスト等あればお応えしますので、教えてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?