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それでもモモコは銭湯の湯に浸かりたかった 【0円生活3日目】

"Wednesday"
(退屈そうに。死んだ魚の目をして)

そもそも、英数字と漢数字を使い分ける意味が、モモコには分からなくなってきた。

(モモコの回想シーン)
(数日前、家主ジェスパーとモモコ、玄関口にて。ジェスパー、積まれたゴミ袋を指さす)

「水曜が缶瓶ペットボトルの収集日のはずなんだけど、なぜかめちゃくちゃ回収が早くて、ずっと捨てられてないんだよね」
モモコは我こそ、この缶瓶ペットボトルのごみ袋たちを成仏させてあげようと決心した。

(朝8時。橋の上を嬉しそうに歩くモモコ)
早朝、ゴミはすべて出した。おべんと屋さん改めおにぎり屋さんで昨日受け取った制服と、公園のおじちゃんがくれた黒いズボンに身を包み、モモコが意気揚々と家から出てきた。缶瓶ペットボトルは、燃えるゴミのようにカラスに荒らされる心配がないため、ゴミを出すのも回収されるのも遅い時間らしいことを、モモコは道を掃除していたおばさんから聞いた。

(モモコ、おにぎり屋さんに到着する。下手改め二階より、社長さんと店長の登場)
お弁当を詰めたりおにぎりを包んだりと、おにぎり屋さんでの仕事は楽しかった。モモコは実はお弁当屋さんで働きたいと、高校生の時思っていた。仕事が終わると、お店が担当している近所の学校の学食に社長さんが連れて行ってくれた。社長さんが聞かせてくれた彼の半生は、同じ歳の日本人男性を5人くらい連れてきて合わせたようなものだった。

「経営とか、将来してみたいと思わないの?」
社長さんがふとそんなことを聞いた。
モモコは思った。私は〇円生活なんてもうしない、と思っていたのに数か月後にはしてしまうような無計画人間だ。経営なんてものに手を出したら最後、周りの人をハエたたきのごとく振り回して、破産するのがオチだろう。
学食でいただいたそばは、温かくて出汁の味が指先まで沁みた。

そこでご馳走になったきつねそばに喜びを隠せないモモコ。

(モモコ、夕方また街にくりだす。背景に、もう薄暗くなった空)
やっぱり、〇円生活は銭湯がないと〇円生活じゃないやんな?モモコは自分に言って今一度確かめた。返事はなかった。1日目、2軒の銭湯に行って働かせてもらえるか聞いたが断られ、今日も、1軒目は断られた。が、しかし。その次に当たった銭湯で、モモコは当たりくじを引いた。その銭湯の名は、東山湯温泉。暖簾をくぐると、いきなりデフォルメ化されてコミカルになったビートルズ御一行に出迎えられた。「All 湯 need is love」なのだ。そう彼らが言っていた。

(肌の艶の良いお化粧したおばあちゃんが番台に座る。背筋を伸ばし、話しかけるモモコ)
〇円生活の話を皮切りに、働いてお風呂に入れてもらえるか聞いてみた。数分遅れてやってきたおじいちゃんにも、同じ説明をした。

おばあちゃん「そうかあ、でもなかなか家遠いしな。来れんときとかはどうするん」
おじいちゃん「ほら、お前、また考えすぎとるよ」
おばあちゃん「ああ、そう?」
おじいちゃん「まあとりあえず今夜来るか?」

モモコは、おじいちゃんのおばあちゃんへの言葉が個人的に刺さったが、刺さっている場合ではなかった、血が噴き出すのもお構いなしに素早く引き抜き、「ありがとうございます!」と叫んだ。

(暗転)
(深夜2時頃)

深夜12時半に始まった風呂掃除は、壁やカラン、壁をスポンジで磨いたり、サウナのマットを洗ったりと1時間ほどで終わった。泡のついた鏡や壁にバケツで水をぶちまけるのは、自分の中のわだかまり的な何かが、弾けて消えていくような気持ちよさがあった。そのあと、おばあちゃんと一緒に風呂に入った。先に出て着替えていたら、おばあちゃん、ガラッと浴場の扉を開けて
「帰り、ジュース持って帰っていいしね」

モモコは、今まで見た裸の女の人の中で、一番セクシーだと思った。


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