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一隅(いちぐう)を照らす

④ アマテラスときどき瀬織津姫

こんばんわ。
皆さんは、「一隅(いちぐう)を照らす」という言葉はご存知ですか?

お寺にも(神社にも)縁のなかった私は、「比叡山延暦寺/最澄」という言葉はテレビや教科書などで有名なお寺ということは知っていましたが、2年前までそこが天台宗(密教)のお寺ということも、有名どころの日本仏教の開祖という開祖が修行をされた場所ということも、恥ずかしながら全く知らずにおりました。

比叡山延暦寺トップページより

初めて行かせていただいた時に、この「一隅(いちぐう)を照らす」という言葉を知り、感動したのと何にも知らずに生きてきた自分の足りなさに大いに気付いたことを覚えています。
これは、開祖・最澄(さいちょう)さんが残された言葉です。
正確には、「一隅(いちぐう)を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり」という言葉だそうです。
「自分自身を輝いた存在としましょう。その輝きが周りも照らします。一人一人が輝きあい、手をつなぐことができればすばらしい世界が生まれます」と、ホームページには書かれていました。

また他には、一隅とは「片すみ」という意味で、この言葉は「片すみの誰も注目しないような物事に、ちゃんと取り組む人こそ尊い人だ」という意味ということも書いてありました。

これ、新約聖書の中のイエス・キリストの「地の塩・世の光となりなさい」という言葉となんとなく似ていませんか?

っと、今日はそういった哲学や生き方の教え的な話ではなくて、「一隅を照らす」という言葉の意味を少し違った解釈で、久しぶりのお掃除のお話の続きをしようと思います。

「一隅を照らす」と「Between You & Me」

私が毎日掃除や家事をする時に心掛けていること、というか、家事をしようとする時に必ず思い浮かんでしまう言葉が、

「一隅を照らす」「Between You & Me」という二つの言葉なんです。

歳とともに目が悪くなってきたこともあって、また埃や汚れが目立たないモノを選ぶようになって、掃除をする時、対象物をしっかりと見るようになりました。

トイレ掃除・玄関掃除・ベランダ掃除・室内床・キッチン・その他と、同じ種類の掃除用の雑巾を別々に用意して、洗剤も使わずに雑巾の水拭きと乾拭きだけで済ますようにしています。
(毎日すると、洗剤不要。2日くらいしなくても、洗剤不要。)
するとですね、視線と対象物の距離が近くなるんですよね。

比叡山延暦寺で知った「一隅を照らす」という言葉は、いったん掃除を初めてしまったら、キレイになっている場所の横に汚い状態というのが気になって、結局全部やることになるから、一番目立たないけど汚れていそうな場所をキレイにすることから始めるんです。
よく四角いところを丸く掃除する、という話を聞きますが、「隅っこ」や「角」といった、目が行き届かなさそうな場所から取り掛かるんです。

正に、「一隅を照らす」んです。

ひとつの隅っこを照らす(キレイにする)と、どうしてもその周り、そしてその周りとキレイにせずにはいられなくなります。(私だけかな???)

忙しい時や時間がない時はしょうがないけど、前の記事でも書いたみたいに、「掃除=排泄(浄化)」だから、とりあえず見える場所だけキレイになってればいい、と思ってると、必ず宿便は溜まりますよね。(宿便、イヤイヤ~)

本当にそうなんです。
行き届かないところほど、びっくりするくらいすぐに埃が溜まってしまいます。
これが、家の「氣」を悪くしたり、波動を下げたりしてるような気がするんですよね、なんとなく。
一流ホテルのように、いつもいつもピッカピカであれば一番いいけれど、日課まではいかなくても、一週間に一回とか、一か月に一回とか場所やすることを把握しておくことって、とても有益ですよ。

「フィルター(家じゅうのフィルターというフィルター)の日」
「ドアの日」、「窓の日」、「鏡の日」、「排水溝の日」等々…
ひととおり決めておけば(それをいつするかはあいまいでもいい)「しないと、後で やらなきゃオバケ が出るやつ」を知っておいて、強力な専用洗剤を使わなくてもいいくらいのタイミングでやっておけば、家はほぼキレイな状態を保つことができます。

そして、実際に掃除や家事をする時に浮かぶのが、「Between You & Me」という言葉です。
やるべきことがたとえどんなに多くても、「今」「この瞬間」できることは、
目の前のたった一つのモノ(You)と自分(Me)の間で、
「今、目の前にあるモノを、あるべき状態(清潔)と場所(片付け)に戻してあげる」
という、本当に単純な作業の連続でしかないということに気付いたんですよね。(いつも気付きが遅いですが)
あれもこれもと散漫になりがちな時や、「面倒くさいオバケ」にやられてしまいそうな時に、集中するために自分に言い聞かせている言葉です。

仕事もそうですよね。
片付けも、掃除も、あれもこれもいっぱいしないといけないことがあっても、できるのは目の前の一つずつだけだから、やり出したら、前の記事でも書いたように「一歩ずつ」階段を登るように、手と足を動かすしかないんですよね。

こんまりちゃんの片付けメソッドの「トキメキ」じゃないけど、
ひとつひとつのモノとちゃんと向き合って、どこにどんな状態であるべきか、と考えながらやると、何故か自然と着実に片付くし、モノたちをキレイにしてあげることが嫌じゃなくなりますよ。

特に、全然構ってあげてなかった「シカト」をし続けたモノほど、喜びます。
家の中のシカトし続けているモノ、コト、ないですか?

家の中のものは、自分の人生という舞台の「大道具・小道具・衣装」ですからね。
演者は、わたし、あなた、彼、彼女。
だから、いつも舞台に立てるよう、自分自身もいつもゼロポイントにしておくべきだし、探し物とかしなくていいようにしておくのが良い(ね)。

と、わかっていても、できないことも多いけど。
でも、できるだけ、やる。心掛ける。

落ちてる時や、なーんもやりたくない日だってある。
本当はそんな状態をできるだけ少なくしたいけど、そんな日でも自分だけは「今日一日、なんとか生き抜いたぜ、わたし。」と自分を褒めてあげましょう。
また、心身の状態が上がってきたら、知らないうちに自然とできるようになるから。

おっと、また長くなってしまいましたよ。
なんか、とりとめなかったけど、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ほな、また明日ね。  ~祗是未在(ただこれみざい)~







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