「球界の盟主」ジャイアンツのDH制導入の主張があまりに稚拙すぎる

 読売ジャイアンツの山口寿一オーナーが、12月14日、セ・リーグ理事会に対し、来季の暫定的なDH制導入案を提出したが、即日で却下されたという。

巨人がDH制暫定導入を提案「理由は3つ」オーナー
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202012140000707.html

山口オーナーの文書は以下の通り。

セントラル・リーグ各位

DH制度暫定導入検討のお願い

2020年12月14日 読売巨人軍
オーナー 山口寿一

プロ野球は来季、新型コロナウイルスの感染防止対策を適切に講じつつ、東京オリンピックの開催に対応した日程で公式戦を行うことが求められます。

厳しい条件のもとで公式戦143試合(交流戦18試合含む)とクライマックスシリーズを実施することを踏まえ、またセントラル・リーグの野球を一層高めるために、当球団は、来季セ・リーグにDH制を暫定的に導入することをご提案します。

提案する理由は3つあります。第一に、コロナ禍の中で投手の負担軽減を図る必要があります。今季、セ・リーグは投手の故障者が41人を数え、30人だったパ・リーグを11人上回りました。過密日程に加え、打撃、走塁の負担が関係した可能性があります。

第二に、コロナ禍においてもチームの強化に努める必要があります。投手の負担軽減を図りながらチームを強化するには、DH制を暫定導入し、一人でも多くの野手に出場機会を与えて鍛えるのが理にかなっています。

第三に、我々はお客様にプロならではの試合を提供する責務があります。セ・リーグでは、点差によって投手がバッターボックスの後方に立ってバットを振らない、または空振りする場面が見受けられますが、プロスポーツとして本来許されるものではないと考えます。

投手の打撃力が近年低下したのは、社会人野球、大学野球にDH制が広く定着したことが背景にあると思われます。社会人野球では1988年以降(社会人野球日本選手権大会など)、大学野球では1994年以降(東都大学リーグなど)DH制が採用され、DH制を採っていない大学野球は今や東京6大学と関西学生野球のみです。

巨人軍は、セ・リーグの皆さまとともに長い歴史を刻んできました。伝統を重んじるセ・リーグの野球に対する誇りと愛着は、皆さま以上に強く持っています。

しかし、困難を強いられるコロナ禍で、投手の負担軽減、チームの強化、プロならではの試合の3つをすべて満たしていくには、DH制を少なくとも来季に限り暫定的に導入することを検討すべきと考えます。

MLBでもナショナル・リーグが今季DH制を導入し、来季も継続する方向と伝えられています。

セ・リーグの野球を一層高め合うために、ご検討をどうかお願い申し上げます。


 この文書を読んだ瞬間、「アカン」と思った。この文章、本当に読売新聞を親会社に持つ球団から出された文書なのか?と思った。

 ジャイアンツが、セ・リーグへのDH制導入を宿願しているのは、周知の事実である。特に、原辰徳監督は復帰以来、ことあるごとに、メディアを通じて、繰り返し、繰り返し主張してきた。
 それが今回の山口オーナー名の文書の提出につながっているのだろうが、それにしても、DH制度導入を望む主張として、あまりに論理が稚拙である。

まず、そもそも、第一、第二の根拠が「コロナ禍」に起因するものだとしている点だ。原監督は常々、DH制度の「恒常的な」導入を主張しているのだから、ジャイアンツも球団としての主張は「コロナ禍」を理由にすべきではないのである。この点が非常に理解に苦しむ。セ・リーグの他球団からすれば、「火事場泥棒」的な主張に見え、不信感を抱いても不思議ではない。ジャイアンツは正々堂々と、DH制度の導入メリットを説くべきなのである。このあたりが非常にお粗末に映る。

仮に百歩譲って、「コロナ禍」を理由とした、緊急避難的措置としてのDH制導入が検討に値するとしよう。
ジャイアンツは第一の根拠として、「コロナ禍の中で投手の負担軽減を図る必要」を挙げており、セ・リーグで故障した投手が41人、一方でパ・リーグで故障した投手は30人で、その差をDH制に求めている。これがさらに稚拙である。

 ジャイアンツが主張する、「コロナ禍で投手の負担が増して、故障につながっており、それは投手が打席に立ったり、打者走者として走塁したりことが関係しているかもしれない」という根拠が、文書ではどこにも示されていない。それであれば、少なくとも、これまでの両リーグの投手の故障者の数の推移を示すべきである。それがないのにもかかわらず、コロナ禍で投手の負担が増して、故障を引き起こしやすくなっていることを立証することは難しいと言わざるを得ない。両リーグの投手の故障者数はたまたまそうなっただけかもしれないのである。これは自己に都合のよい数字だけを例示して主張するやり方であり、論理性も信義も疑う。

 第二の根拠として、「コロナ禍においてもチームの強化に努める必要があります。投手の負担軽減を図りながらチームを強化するには、DH制を暫定導入し、一人でも多くの野手に出場機会を与えて鍛えるのが理にかなっています」と述べているが、これは一見、正しい主張に見える。だが、前半部分の主張である「DH制がチームの強化につながる」かどうかは、そのチームの野手の戦力の事情によるのである。チームによっては、DH制度を導入することによって、相対的に打力が弱くなる可能性があるのである。また、レギュラーをもう一人抱える必要があるので、野手に対する年俸も上昇する可能性もある。従って、こんな主張ができるのは、チームに豊富な戦力を抱えるチ―ムか、財政的に余裕のあるチームに限られるのである。ジャイアンツがそれをわかっていて主張するならまだ「確信犯」だが、こんな無邪気な主張をして、セ・リーグの他チームが賛成すると本気で思っていたとしたら、それは大いなる見込み違い、戦略ミスである。

 「投手の負担軽減を図りながらチームを強化するには、DH制を暫定導入し、一人でも多くの野手に出場機会を与えて鍛えるのが理にかなっています」という点は、「DH制の導入によって投手の打者としての負担が軽減する」という仮説は間違いない。「DH制によって野手の出場機会が与えられる」という主張も正しい。だが、これは、セ・リーグが、パ・リーグに対する戦力格差にDH制に起因する場合と主張する場合において、有効なのである。
 「セ・リーグの皆さん、近年、日本シリーズでの戦績を見てもわかるように、セ・リーグのチームは、パ・リーグに凌駕されています。わがチームは、その原因をDH制の有無にあると考えております。従って、それを解消するためにはセ・リーグへのDH制導入しかありません」-ジャイアンツがこういう主張するなら、まだ傾聴に値する。
 自身の主張を裏付けるエビデンスがあまりに乏しく、説得性に欠けるのである。
 勿論、百歩譲って、セ・リ―グとパ・リーグの格差が、DH制にあるというのなら、それを裏付ける事実を提示しなけれならない。ちなみに、米国のMLBでは、アメリカン・リーグでDH制を導入、ナショナル・リーグでは2019年のシーズン終了までDH制を導入していなかったが、ワールドシリーズにおいては、DH制のあるアメリカン・リーグのチームの制覇するケースが特に多いわけではないことが明らかになっている(ワールドシリーズに条件付きでDH制が導入された1976年以降、制覇したのは、DHありのア・リーグが16チーム、DH無しのナ・リーグが19チーム)。
 
 ジャイアンツは第三の根拠として、「我々はお客様にプロならではの試合を提供する責務があります。セ・リーグでは、点差によって投手がバッターボックスの後方に立ってバットを振らない、または空振りする場面が見受けられますが、プロスポーツとして本来許されるものではないと考えます。」と述べている。
 一見、これももっともらしい主張だ。だが、これは天に唾する主張にはならないだろうか。「点差によって投手がバッターボックスの後方に立ってバットを振らない、または空振りする場面が見受けられます」-確かに、そういうシーンは見かけることがあるのは事実だ。しかし、では、ジャイアンツはそのような采配をしたことがないとでも言うのだろうか?「プロスポーツとして本来許されるものではないと考えます。」というが、それなら、自軍はそういう采配をしたことがない、ということを証明しなければ筋が立たない。 
 譬えはよくないが、自ら、立ちションしている人が、「立ちションはよくない」と主張しても何の説得力も持たない。むしろ、恥部である。なぜ、自らを棚に上げて、そんな他罰的な主張ができるのだろうか?

 「投手の打撃力が近年低下したのは、社会人野球、大学野球にDH制が広く定着したことが背景にあると思われます。」-これも一見、もっともらしい。
それなら、まず、投手の打撃力が近年低下したエビデンスを示すべきではないだろうか。
 そして、NPBには高卒で入団してくる投手も多くいるので、NPBに所属する投手における、高卒、大卒、社会人の比率を提示して、それぞれの打撃力のデータを示すべきである。そんなこともせず、投手の打撃力が近年低下した理由を、社会人野球、大学野球のDH制に求めるのは、あまりに雑すぎる議論である。

 そして、論理的な破綻だけでなく、感情的にも決定的にトドメを指したのはこの箇所である。
「巨人軍は、セ・リーグの皆さまとともに長い歴史を刻んできました。伝統を重んじるセ・リーグの野球に対する誇りと愛着は、皆さま以上に強く持っています。」

 「セ・リーグの野球に対する誇りと愛着は、皆さま以上」とはどういう意味だろうか?まるで、他のチームがセ・リーグに対する誇りと愛着が、ジャイアンツより少ないかのような言い方ではないか。余計なお世話である。こんな傲慢な主張を聴かされれば、感情的にも聞く耳を持つのはできなくなる。

 斯様に、ジャイアンツのDH制導入をめぐる主張は素人のファンから見てもあまりに稚拙であり、到底、支持できるものではない。
 誤解のないように言うが、私はジャイアンツの選手は好きだし、ファンもリスペクトするが、斯様に論理性の無い主張をし、かつ他球団を貶めるような発言をする球団は看過できない。

 尚、私自身は納得いく根拠があれば、セ・リーグにDH制の導入はやむなしと考えている。ただ、私自身、NPBにおけるDH制度の是非をまだ検証できてはいない。唯一、現時点ではっきりしているのは、両リーグに戦力格差が存在するかを立証するためには、セ・リーグとパ・リーグ、DH制があるか、ないか、どちらか同じ土俵でレギュラーシーズンを戦うしかない、という一点である。だが、パ・リーグがDH制度を先に導入して、それを自らのアイデンティティとして変える気がないのであれば、セ・リーグが「改宗」するしかないのである。そうであれば、セ・リーグとしてもっと論理的な議論を積み重ねてほしいものであるし、DH制を是と主張するチームが率先して、エビデンスを提示して他チームを説得しなければならない。
 翻って、「球界の盟主」を自認してきた、ジャイアンツの主張はあまりにお粗末すぎて、大きな失望を禁じ得ないのである。

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