042:それもまた《Magnet TV》である

設計図とそれを制作する素材が揃えば、壊れた作品はなんでも修復可能であると言えると思う。もっとも、ナムジュン・パイクの作品の設計図が残っていたとして、ブラウン管で見せるという指示が無かったら、今なら液晶ディスプレイで再現されても問題はないでしょう。ブラウン管という指定があったら、ブラウン管を作る工場を建てればいい。バッハの時代の音楽が楽しまれているのは、譜面が残っているからで、演奏者はその譜面の解釈に喜びを感じているし、聞く側もその解釈を読み解いてゆく。チェンバロのために書かれた曲をサックスで吹いたりしているわけだからね。つまり、譜面はプログラムで、その背後にあるアルゴリズムを現出させるのが演奏。パイクの作品もアルゴリズムがあって、その一作例として、あるいはプロトタイプとして作られたに過ぎないと考えれば、ことなったバージョンが作られても構わないんじゃないか。実際、あんなに作品にバリエーションがあるのは、同じアルゴリズムで作っているからでしょう。1965年の《Magnet TV》は、ブラウン管でなければ絶対に実現不可能な作品なので、これはブラウン管じゃないとだめだけど、液晶でもブラウン管でも大丈夫だと思われる作品もありますね。

ナムジュン・パイクの《Magnet TV》(1965)について,藤幡正樹さんは「ブラウン管でなければ絶対に実現不可能な作品」と書いている.私は《Magnet TV》は,ブラウン管のテレビに似せた外装をつくり,そこに液晶ディスプレイを埋め込み,磁石と陰極線の電子との干渉をシミュレートした映像を流しても,作品として成立するのではないかと考えたことがあった.ブラウン管の製造が終わり,機能する作品として残すためには外装と映像とをシミュレートしたら,作品の延命が測れるのではないのか.

しかし,それはやはりパイクの《Magnet TV》とは異なるものであるというのを,Youtubeに上げられて映像を見て,思った.ブラウン管テレビの外装の破れから中身が見えている.この外装も含めて真似をすると,液晶ディスプレイの埋め込みはできない.ブラウン管の構造が必要となってくる.となると,作品が機能する状態にし続けるには,藤幡さんが言う通りにブラウン管をつくる必要がある.

しかし,そのとき「ブラウン管」の位置付けが変わっているのではないだろうか.大量生産品のブラウン管と作品のための特注品のブラウン管.どちらのブラウン管も磁石を載せると,映像が歪む.この現象は同じだが,パイクの作品のためにつくられたブラウン管と大量生産品のブラウン管とでは,同じ現象であっても,その意味が異なってくる感じがある.しかし,それが「保存」すると言うことなのだろう.社会的文脈から切り離されていって,アートの文脈のなかにあるモノになったときに,それはすでに元の大量生産品のブラウン管ではなく,パイクに磁石を載せられたブラウン管となっている.だとすれば,そのブラウン管が特注品になろうと,もともと私たちが保存しているのは「パイクに磁石を載せられたブラウン管」と言う選ばれた,ある意味特注品のようなものになったものだからいいのだろう.デュシャンがレディメイドで選んだモノのように,そのモノが属していた文脈から外れることで,それは作品となっているのだから.

では,ブラウン管が壊れて,そのままの状態で展示を続けたどうなのか.動作している作品を映像で記録しておいて,記録映像ととともに磁石が置かれた動かないブラウン管を展示する.機能は失われているが,パイクが選び,磁石を置いたブラウン管のテレビがそこにある.文脈を外れ,機能も外れたブラウン管がそこにある.ブラウン管は死んでいるが,作品としては記録映像もあり,死んでいないのだろう.記録映像がなくても,美術史に登録された時点で,死ぬことはないのかもしれない.作品が死なないと言うのは,モノとして無くなると言うことではなくて,歴史に登録されることだと考えられる.そして一度,歴史に登録されたら,オリジナルが壊れたらあらたなブラウン管をつくり,2代目,3代目をつくればいいのではないだろうか.あるいはオリジナルがあったとしても,複数の《Magnet TV》をつくってもいいし,ブラウン管制作の技術が途絶えてしまったとしたら,そのときの技術でつくってもいいのではないだろうか.《Magnet TV》が示しているのはモノの組み合わせであって,そのモノの組み合わせの仕方を精密に記録しておいて,それを別の仕方でも再現できるのであれば,それもまた《Magnet TV》である.

ここまで書いてくると,美術史などのひとつの歴史に登録される以前の作品にとっては,「オリジナル」とか「真正性」というのが大事なのだろうけれど,歴史に登録されたあとでは,「オリジナル」とか「真正性」と言うのが,それほど重要ではなくなるのではないだろうか.



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