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113:カーソルによってキャンバスと座標平面を攪拌する

2019年の2月から3月に開催された個展「LO」で初めて発表された新作です.カーソルのポイントしている位置,キャンバスの傾きや絵をかける場所などが,デジタルと実空間の重なりの中ですべて関係しているペインティングシリーズです.制作プロセスとしてはまず,コンピューターのプログラムでランダムな点を打ちその座標を出します.キャンバスの中のその座標の位置に釘を打ち壁にかけます.重力によって自然に傾いたキャンバスに,コンピューター上の正しい角度のカーソルを描きます.キャンバスの左上をX0, Y0の基点とし,キャンバス右下には座標とサインが書かれています.ですが,キャンバスが傾くのと一緒にサインは横になったりひっくり返ったりと方向が様々になります.また,キャンバスのサイズによって変化する解像度(dpi)が座標(X:Y)の位置の隣に書かれています.解像度はデジタル空間内での数字で,実空間ではキャンバスのサイズが小さい方が高解像度,大きくなればなるほど低解像度になるという仕組みです.つまり,実空間のキャンバスの大小に関わらず,すべてのキャンバスは(デジタル上では)同じサイズ(価値)という考え方で,価格はすべて統一となっています.

《Click and Hold》を制作プロセスから考えたみた.コンピュータでランダムに選択された座標が,キャンバスにコピーされる.キャンバスにコピーされるために,キャンバスは左上が「X0, Y0の基点」となっている.エキソニモによって設定された制作プロセスによって,キャンバスに座標平面=デスクトップが重ね合わされる.そこに釘が打たれて,キャンバス|座標平面は釘を支点にして重力下に置かれる.この時点で,ランダムに選択された座標ひ打たれた釘を支点にして,キャンバス|座標平面|物理空間という重ね合わせができあがる.

しかし,この時点では,キャンバスと座標平面は設定上は重ね合わされているかもしれないが「仮止め」という感じになっている.釘に打ち付けられて,壁に傾いた状態で張り付いたキャンバス.もちろん,左上が「X0, Y0の基点」であり,釘が打たれた点がコンピュータがランダムに選択した座標であるのだが,それを示すものは何もない.そこにカーソルが「コンピューター上の正しい角度」で描かれて,左上を「X0, Y0の基点」とする座標平面=デスクトップが,キャンバスにしっかりと接合される.このとき,釘が壁に留めているものが,単なるキャンバスではなく,座標平面が接合されたキャンバスとなり,物理的な厚さとは二つの異なる存在が接合された厚みを持つことになる.

異種金属接合のカギは「新生面」同士の接触
ホンダのFSW技術は,接合原理が一般的なそれとは若干異なる.というのも融点660度のアルミに対し,スチールの融点は1500度以上.アルミを液化させずに攪拌させるFSWの条件(400〜500度程度)ではスチールは攪拌できるほど軟化しないのだ.ホンダのFSWではアルミを貫通してスチールに接触するツールが酸化層を剥ぎ取り,「新生面」と呼ばれる金属原子がむき出しになった状態を作り出すことが重要なポイント.化学的に反応しやすい新生面は酸化を伴う空気中では存在し得ない状態だが,アルミを攪拌しながらスチールを表面に辿り着いたツールの周囲に空気は存在せず,流動するアルミのみ.そして攪拌により酸化層が破壊されたアルミもまた新生面と同様の状態ということで,双方の金属原子が化合物を形成.アルミとスチール,どちらともシームレスに繋がるこの化合物の層により双方が結合される.

釘は座標平面とキャンバスと壁と貫いて,キャンバスと壁とを接合し,これらを重力下におく.そして,カーソルは釘で仮止め状態にあった座標平面とキャンバスを接合する.しかし,その方法は,アルミとスチールという異種金属を接合する「摩擦攪拌接合」というあたらしい接合方法に似たものになっていると考えられる.カーソルはキャンバスに描かれていくときに,キャンバスの「酸化層」などで構成される「サーフェイス」を剥ぎ取っていき,スチールの「金属原子」が剥き出しになるように,キャンバスのサーフェイスの奥に位置する「バルク」を剥き出しにする.そして,剥き出しになった「新生面」に,カーソルによって攪拌された座標平面の「新生面」が接合されていく.

キャンバスと座標平面とは異種平面でありながら,カーソルによって攪拌されて接合される.けれど,二つの平面のあいだには上のアルミとスチールの攪拌摩擦接合のように別々のまま,境界線を持っている状態だと言えるだろうか.上の画像でのアルミとスチールのあいだには「接着材」はなく,二つの金属の原子同士が化学的に結合している.サーフェイスを削がれて剥き出しになったバルク同士の結合がここでは起こっている.カーソルによるキャンバスと座標平面もこれまで幾度も重ね合わされてきたけれど,それはキャンバスをピクセルで埋めていく方法であり,いわば,ピクセルが「接着材」の役割を果たしていたと考えられる.しかし,エキソニモの《Click and Hold》はピクセルという「接着材」を使わずに,カーソルによってキャンバスと座標平面を攪拌して,摩擦攪拌接合で接合されたアルミとスチールのように二つの異なる存在を直に接合していると言えるのである.

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