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カジノの夜②

美咲に促されて視線を移した先にあったのは、強烈な数のダイヤが散りばめられた、ロレックスの腕時計を纏った手首だった。センスは良く無かったが、金額は軽く3桁を超えるオーラを放っていた。

「お一人ですか?」

酔いに任せて話しかけてしまった。
50代前半の中背の、色黒の男だった。九州訛りの特徴のある声だった。このカジノにはしょっちゅう出入りしているという。

「私、銀座でホステスをしているんです」

グラスに注がれた赤ワインを飲み干しながら、私は自分の事を語り始めた。美咲か私が隣に座っている社長の愛人だと思っていた様で、どうやらK氏も話しかけずらかったらしい。ただの客とホステスだと告げると、遠慮がちだった口数が広がっていった。

「俺は博多なんじゃけど、銀座には良く行くけん、今度顔出すわ」 常連で通っているという店の名前はどこも一流店だった。

しばらくしてビンゴ大会が始まった。司会者のマイクから放たれる数字を追う事に興味は無かったが、景品の豪華さには驚かされた。

「ねぇ、これってさぁ、わざわざ確認しないよねぇ」
「え?まぁ、そんな面倒くさい事しないかもね」

何かの確信を抱いた美咲はある一定数が終了した所で、席を立ち手を大きく挙げた。


「ハイ!私ビンゴです!!」

彼女の詐欺ビンゴが暴かれる事は無く、ラッキーな当選者として舞台に満面の笑顔で目録と共に記念撮影をする美咲の姿があった。

(やっぱり、ナンバー1になるホステスは欲望まっしぐらなんだ・・・)
赤ワインを飲みほしながら、自分と真逆の性格を持つ女をただ眺めていた。

その後も美咲は同行者の社長を尻目に、お金を持ってそうな男性に声を次々にかけていた。帰国した後コンタクトを取って銀座に呼ぶ魂胆なのだ。

銀座のホステスがこういった社交場に顔を出して人脈を掴むという行為は日常的だ。あまり品が無いのは感心しないが、私もママに連れられて京都まで足を運んだ事がある。

「これ、俺の番号じゃけぇ」


K氏は携帯番号が書かれた紙ナプキンを渡してきた。その時は、どうせ社交辞令だろうと思っていた。もう会うことは無いだろうと思っていた。高身長のカジノ担当者に連れられて、K氏は席を立ち、自分の帰るべきポジションへと消えていった。ほどなくしてパーティはお開きとなり、男たちは自分が課せられたノルマの金額を落とすべくディーラーの元へ、女はエステや買い物へ、それぞれ出陣していった。

翌日早朝の便で美咲と社長と私は二日酔いの身体をファーストクラスのシートにうずくまれながら帰国した。
その一か月後に美咲はクラブMを後にした。私とも何の連絡も無くなってしまった。

「福岡のKじゃけど、覚えとるか?」

未登録の着信番号から聴こえてきた声に驚いた。帰国して1カ月程たった夏の日だった。何故か私は覚えていた。あのカジノの男だという事を。来週東京の予定があるから、お店に寄ってくれるという。

気乗りしない韓国カジノ旅行だったが、私のホステス人生の中で5本の指に入る上客と知り合う事が出来た。人生何があるか分からない。

初めてクラブMに来たK氏は、パンツスーツに身を包んだ太めな体型の女性と一緒だった。銀座でも有名なクラブの女性マネージャーという。

「麗子といいます。初めまして!K社長〜 可愛い子じゃない!シャンパン飲も!」
彼女の応援があり、数本のボトルがあっという間に空いた。売上が上がった喜びも束の間、翌日にクラブMの社長から呼び出された。

どうやら麗子は有名な引き抜き屋らしい。社長は私がお店を移るつもりだと勘違いし、怒り心頭だった。

甘かった。今から考えれば銀座ホステスは根回しや立ち回り方で、天国と地獄の様に結果が変わってくる。一度悪いイメージが付くと、なかなか拭い去ることは難しい。全くのクリーンとは言わないまでも、限りなく中庸でいる必要があった。

引き金を引いてしまったからには後戻りは出来ない。

カジノの夜が一つのターニングポイントだった。
間違いなく私のホステス人生のサイコロだったのだろう。


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