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勝利投手3

「あなた、お身体にはくれぐれも気を付けて下さいね。」
 羽田空港まで見おくりにきた妻・桂子の姿がやけにはかなげに見えた。無理もない。前年の暮れに巨人を退団して以来、収入は一切途絶えたままだった。そのうえヨチヨチ歩きの長女・京子と生まれたばかりの克美を残して、夫は一人アメリカへ発とうとしているのだ。今でこそ海外旅行も身近なものとなっているが、当時はやはり大変なことだった。
 しかしそれでも国政は行かねばならなかった。13年間巨人を愛し巨人のために闘い続けてきた国政だった。が、彼の野球観はあまりにも厳しく急進的なものだったため、当時の巨人軍に彼を理解するものは少なかった。それどころか逆に川上野球を非難するものとして受けとられ、国政は退団にまで追い込まれたのである。不本意な形で野球と決別した国政は、川上と対立した自分の野球の正当性を突きとめたかった。

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