ディレッタント式読書法

1.ディレッタント式読書法

アカデミシャンのそれではなく、またいわゆるオタクのそれとも違う、ディレッタントの読書法というものがある。
特定のジャンルの知識を蓄えたり、専門知を産出するための読書ではなく、人生をより深く遊ぶのに必要な知恵をつけるための読書。
生活者としての、また遊戯者としての身体にとって栄養となる読書である。

さて、どんな読書がディレッタントの「栄養」になるのだろうか。
ジャンル

もっとみる

岩田アニミズム

1.岩田アニミズムの構造

岩田慶治は「アニミズム」の思想家である。
ただし、岩田の説く「アニミズム」は、E・B・タイラーが『原始文化』で提起した「アニミズム」概念を超えるものであり、そのためここでは岩田慶治の説くアニミズムを仮に「岩田アニミズム」と記述することにする。
タイラーによるアニミズムの定義は「動物や無機物、山や川といった風景単位にいたるまで、物理的な要素とは別に、霊的な存在が宿っている

もっとみる

演劇、夢

演じる、ということは、イメージを身体の運動に落とし込むことだが、それは同時に、イメージに身体性という汲み尽くせない潜在性を与えるということでもある。

イメージは、演者の動きと観客の視線が交叉する場所に現れる。その場所とは、「舞台」のことである。
演じるとは、動くことと観ることとが参照し合い、肯定し合い、乗り越え合う運動性を、「舞台」において実現するということである。

演者とは「舞台」をその動き

もっとみる

誘惑の戯れ

誘惑とは、私の弱点を攻めるようにと他者に呼びかける挑発である。
シャン・ボードリヤール

1.共鳴する身体を開く「誘惑モデル」

あなたが私に惹かれつつ、しかし私の腕に抱かれてはいないような状況。
私をあなたのイメージで満たしつつ、同時に私のままでいるような状況。
そうした事況においては、触ることは触られることになり、触られることは触ることになる。
能動と受動は交互的に入れ替え可能なものになる。

もっとみる

「魂」の探求ー折口信夫の「悲恋」

「心と魂」で、「魂」について、ユング派の論客ギーゲリッヒの思考を追った。その一部を引用する。

自己-魂が、思惟のステータスにおいて否定的媒介を以ってのみ捉えられる被止揚性であること、そしてその思惟もまた自己-魂の先験性に相互規定的に定められた「ただ一つの思惟」を生きることを通してのみ可能となるということ。
ユングの説く「自己化」とは、こうした「到達しなければ始められない」探求を始めることであり、

もっとみる

物質と生物を汎心論的な連続性において見ると

「心と魂」の記事で、アントニオ・ダマシオの「感情」の根源をホメオスタシスに求める説を紹介した。
ホメオスタシスは、分子的、生化学的なレベルでの安定性にその根拠をもっている。つまり、生命以前の分子的な安定性、ある「形」がその「形」を保つための基本的な作用に、その根拠を持っている。
「感情」の基底には、分子レベル、生化学レベルの安定性にとってポジティブであるかネガティブであるかという二値判断があるとい

もっとみる