グルーヴ

1.グルーヴは複数のリズムの間に発生する

グルーヴとは何か。
山田陽一『響きあう身体 音楽・グルーヴ・憑依』によれば、グルーヴとは「二つ以上の音楽的パートおよび、または二人以上の個人の“間”に存在するリズムの関係」と定義される。

複数のリズム“間”の関係ということについて、ジャズ・ピアニストのヴィジェイ・アイヤーの議論が参照されている。

アイヤーが示しているのが、非常に高い技量をもつジャズ・ドラマーが裏拍を打奏したとき、それをふくむパルスが、しばしば微妙な偏りあるいは非対称性を示すという事実である。
つまり、バストラムが強拍を正確に打奏した場合、次につづくスネアドラムの裏拍は、バスドラムによる二つの連続するパルスのあいだの中間点よりもごくわずかに「遅く」演奏されることが非常に多いというのである。
ミュージシャン自身もそれに気づいており、その状態をさす表現をもっている。すなわち、そのドラマーは「ポケットに入ってin the pocket」演奏しているといわれるのだ。
そして熟達したミュージシャンや聴き手であれば、そうした微小な遅れをともなうドラム演奏について、「リラックスしている」とか「ゆったりした」などーつまりグルーヴィーだーと肯定的な評価をあたえるという。
この裏拍の遅れは、拍のレベルにおけるきわめて微細な遅れであり、アイヤーはそれが、一種のアクセントとして機能しているのではないかと推測する。「ポケット」とよばれる、もっとも望ましいスネアドラムの開始のタイミングはそれゆえ、進行しているパルス感覚を乱すことなく、遅れによるアクセント効果を最大限に活かせるリズム・ポジションということになる。
それは、遅れに抵抗しようとするパルスの規則性の力と、遅れを要求する裏拍のアクセント化の力という、二つの対立するバランスに関わっており、そのバランスが十全にとれた次元に、グルーヴは発現する場を見つけだすのである。

細野晴臣が、この裏拍の微かな遅れが生むグルーヴについて、やはりアイヤーと同じ指摘をしていて、「ロックってのは、この微かな遅れのことなんだよ」と言っていたのを連想する。

2.グルーヴとは「媒介」である

グルーヴは、複数のリズムの間を媒介して、そこに高次の場を開く。「高次の場」というのは、複数の個が各々に個としてのアイデンティティを保ちつつ、同時に各々の身体を“貫いて”、個の境界を越えることの適う矛盾の自己同一的な場のことだ。
音楽を聴くとは、その「高次の場」に、自らの身体をもって参与することにほかならない。それは受動的な行為ではなく、自らをもまたひとつのリズムであると自覚し、振動しているグルーヴの“内部”に入っていく受動ー能動的な行為である。

音の響きが聴き手の身体に浸透することによって、その身体は世界、すなわちパフォーマンスの時空間に開かれるようになる。
そのとき響きは、身体の外部にあるものとして感じられるのではなく、明らかにその内部にあって反響し、聴き手を突き動かしている。

3.対人関係もグルーヴである

さて、存在とは、固有のリズムである。「私」が「あなた」を知るとは、「私」という固有のリズムが「あなた」という固有のリズムと共振するということだ。
知るとは共に踊るということであり、他者と他者とが互いの認知や理解を超えて交差するということである。フェアな対人関係は、そこにしか成立しない。

人と交わるには、その人の言葉をよく聴き、自分が言葉を発する時には、その人の言葉と化学反応が起こるよう、自分の言葉を「媒体化」しなければならない。うまくいけば、ふたりの間に、新しい言葉が生まれ、そのことが、ふたりを自分という閉塞から解放する。
ふたりが、それぞれに自分という閉塞を脱し、ふたりの“間”へと脱出する。
ふたりの“間”は、グルーヴとして存在する。
グルーヴに身を委ねる、それは気が合う、息が合うという状態だ。相手を肯定し、そのことが自己肯定感となってループする、そんな状態である。

そのグルーヴのループに入れば、例え相手の言葉を批判しても、そのことで確執や遺恨が残ることはない。
グルーヴを発生させることのない一方的な言葉は、それが正しかろうと、どれほど妥当であろうと、それはどちらにとってもギクシャクした不協和としてしか感じられないだろう。

グルーヴィに通じ合うということとは、相互理解などということとは、まったくちがう。
例えば、猫とおれは、なにも分かり合ってはいないが、通じ合ってはいる。
人と人は、分かり合おうとして、話をする。だが、本当にそうだろうか?
その人の声が聞きたいだけなのではないか?
その声のはらむリズムに共振したいだけではないのだろうか?
分かり合おうとせき立てられると、声は、聞こえなくなってしまうのではないか?
誰かと、ほんとうに通じ合えば、意味などはいくらでも湧出してくるのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?