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どんでん返し小説『村一番の美女の肝試し』

 城下町から街道を抜け、橋を渡った。月が川に映えている。舞鶴は夜空を見上げた。
「星が綺麗だわ」

 月は川に映れど、星は映らぬ。星は空でしか見られない。舞鶴は星が好きだ。
 星に恍惚していると、ふと風が吹いた。冷える。着物の袖の中へ手を引っ込ませ、舞鶴は村へと戻った。

 舞鶴は村一番の美女だ。村に住む侍も百姓も漁師も、舞鶴に夢中だ。男たちは彼女へ求愛してやまなかった。
 けれども、舞鶴は嫁いでいない。どの男と結ばれようかと悩み、未だに決めずにいるのだ。
 舞鶴にとって、村の男たちは星と同じ。どの男も輝いていて素敵で、それらは無数にあって、どれが一番だなんて決め打ちできない。


 村の東にある蕎麦屋の前を通りかかった時、店の中から声がした。

「そりゃ、舞鶴のさ」
 舞鶴は立ち止まった。どうやら自分の話をしているようだ。
 店の中からの声は続く。
「肝っ玉を試さねぇとな。肝試しでも、するか」

 肝試し。舞鶴は心が躍った。
 肝試しを最後にしたのはいつだろうか。幼い頃、提灯をぶら下げてよく森の中へと友と共に繰り出したものだ。森の中には化け猫がいるだなんて噂もあり、鼓動を早ませながら楽しんだ。

「まぁ、素敵」
 そう言いながら舞鶴は蕎麦屋の中へと入った。中にいたのは、百姓の権兵衛と兼六だった。
「おぉ、舞鶴か」
 酒で朱へと化した顔を舞鶴へ近づけながら権兵衛が言った。

「権兵衛さん、今度肝試しをするの?」
「がはは、聞いてやがったか。そうさ、今度やるのさ」
「ねぇ、それはいつかしら?待ちきれないわ」
「まぁ、落ち着きなされ。舞鶴が空いている日だったらいつでもいいですよ」
 権兵衛と異なり、兼六は酔っていないのだろう。いつもと変わらぬ口調で優しく言った。
「じゃあ、明日はどうかしら?」
「気がはえぇな」
「いいじゃないですか、権兵衛さん。
 では、明日にでも肝試しをやりましょう」

 次の日。夕暮れが終わった頃に森の入り口へと舞鶴が行くと、そこには権兵衛と兼六がいた。

「この道をまっすぐ進んでいけ。途中、計三枚の御札が貼ってある。全て回収したら、終いだ」
 権兵衛は提灯を舞鶴に手渡した。
「楽しんでくださいね」
 兼六は舞鶴の肩に手を置いた。
「では、いってきます」
 二人に笑顔をむけると、舞鶴は歩き始めた。肝試しの始まりだ。

 初夏の夜である。湿った空気がひたすら介在するものの、ふとした瞬間に冷えた風が吹く。
 今日の森は虫も鳥も騒がしくない。舞鶴自身の足音ばかりが響く。
 一枚目の御札が大木に貼ってあるのが見えた。

 【のむべし】

御札にはそう書かれており、大木の前には器があった。器には透明な液体がたっぷり入っている。
「これをのめばいいのかしら」
 舞鶴は両手で器を持つと、ごくごくと喉を鳴らしながら飲み干した。
 器を置き、舞鶴は次へと進む。

 刹那、音がした。前方の草むらからだ。それは摩擦の音だった。
「なにかしら?」
 舞鶴が目をやると、権兵衛が背を向けて走って逃げていくのが見えた。
「権兵衛さんね。私を驚かせようと隠れていたのかしら」

 舞鶴は歩いていく。辺りはすっかり暗くなり、足元が見えづらい。時折、枝や石で躓きそうになる。夜の森は、歩きづらい。
 やがて、二枚目の御札を見つけた。

 【のむべし】

 一枚目の御札と同じ文言だった。御札の近くにはやはり器があり、透明な液体が入っていた。
 それを飲み干して舞鶴が森を進んでいくと、またしても【のむべし】の御札が。これで、三枚目。器もあったので、中の液体を平らげた。

「これで御札は全てよね。もう終わりかしら。結局、権兵衛さん、驚かしてこなかったけど・・・それになぜ、のめ、と命令の札があったのかしら」

 森を抜けると、兼六がいた。
「ここが終着点。これにて、肝試しお終いですよ」
「そっかぁ。もう少し楽しみたかったな」
「どうです、これから私と権兵衛さんと三人でお食事でもしませんか」
「素敵。ぜひ、行きましょう」
 舞鶴は兼六と共に村へと引き返すことにした。

「あの御札と器はなんだったの?」
「細かいことは気にしないでください。別に御札の内容はなんでもよかったんです。ただ、何かしらの障害があった方が肝試しは面白いと思いましてね」
「そういえば、権兵衛さんが途中いたわ。私から隠れていたようだけど」
「驚かせようとしていたんですよ」
「やっぱり。でも、結局現れなかったわ」
「そうですか・・・・村に着きましたね。そこの蕎麦屋でお食事しましょう」

 蕎麦屋に入ると、胡坐をかいた権兵衛が「おせぇぞ」と出迎えた。先に村に戻っていたのだろう。
「権兵衛さん、今日は本当にありがとう。短かったけど、久しぶりの肝試し。楽しかったわ」
「いいってことよ。さぁ、こっちへおいで。うまい飯と酒をのもう。今日は俺の奢りさ」
 机の上にはご馳走が並べられた。鴨肉を焼いたもの、新鮮な刺身、猪の煮込み、天ぷら、蕎麦。どれにも大根をおろしたものが添えられ、食欲を刺激する。
 酒も地物の良いものが並べられた。

「まぁ、なんておいしいの」
 大根おろしのおかげでどれも飽きずにさっぱりと食べられる。自然と舞鶴の箸がすすむ。
 箸がすすめば、酒もすすむ。酒がすすめば、箸もすすむ。箸もすすめば、酒もすすむ・・・・・・・・
「あ~、おにゃかいっぱい。もう食べられにゃいわ」
 舞鶴はうっとりとしながら、権兵衛の肩に寄り掛かった。
「ねむちゃいわ~」
 体が熱く、くらくらとする。


 権兵衛は自分に寄り掛かっている舞鶴を一瞥し
「ようやく、だな」
と兼六にむかって言った。
「あぁ、ようやく酔ったようですね。ったく、酒に強い女だ」
 兼六の頷きを見ながら権兵衛は昨日の晩のことを思い出す。
 まさか昨日、兼六との会話を舞鶴に聞かれるとは思わなかった。

『舞鶴をなんとか酔わせたいな』 『難しいですよ、それは。彼女、お酒に強いですから』 『どのくらいで酔うのか、だな。それをはかるには、そりゃ、舞鶴のさ、肝っ玉を試さねぇとな。肝試しでも、するか』

「肝試し。別に俺たちは舞鶴の度胸を試したかったんじゃない。文字通り、肝を試したかった。いわば、肝臓がどれだけ強いか、どれだけ酒を飲めば酔うのか知りたかったんだよなぁ」

「勘違いしちゃって。馬鹿な女ですね。まぁ、頭は悪くても顔は良いから、いいか」
 笑いながら兼六は酒を飲んだ。

「御札と共に置いた三つの器。あれに全部酒を入れて、俺は影から様子を伺っていたんだが、この女、一向に酔わないでやがる」

「だからこうして食事に誘ってさらに酒を飲ませたんじゃないですか」

「そうだな。
 さて、そろそろいただくとするか」
 権兵衛は舌なめずりをした。

「舞鶴は村の男がみんな素敵すぎて決め打ちできない、とかほざき、誰にも振り向きやしない。
 酔わせでもしないと、この女とやることなんてできねぇ。作戦はうまくいったってわけだ」

「その通りです。私たちは滅多にない機会を作ることに成功したのですよ」
 兼六はこぼれそうな笑みを堪えながら、浴衣を脱ぎ始めた。

権兵衛は舞鶴の腰に手をまわした。
「にゃんですかぁ~」
 酒の匂いが混じった温かな吐息を出す舞鶴。そんな彼女の髪を権兵衛はそっと撫でてやる。

「俺も混ぜてくれやい」
 奥から蕎麦屋の店主が出てきた。

「おめぇはそこで見てろ」

 権兵衛は唾を吐いた。勢いで、権兵衛の口周りがよだれで濡れた。
 口を拭い、酩酊している舞鶴を抱き寄せる。

「さて、肝だけじゃない色々なところ、試させてもらうぞ」
 権兵衛は長い舌を舞鶴の首筋へと近づけた。

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