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楓・J・ヌーベルお嬢様の華麗なるケンカの作法

「最近見たアサルトリリィというアニメに楓ヌーベルというお嬢様が登場するのですが、彼女がいいんですよ。
言動がきちんとお嬢様してるのです。というのも、彼女はお嬢様なのでケンカが上手い」
「へえ。...はあ? お嬢様とケンカに何の関係が?」
「お嬢様というのはお嬢様ですから当然に社交をするわけです。
口が上手くないと相手にいいように言質をとられて社交が回らない。
よってお嬢様は口が上手くなければならず、お嬢様キャラは口喧嘩が上手い、という理屈です」

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(画像はアニメ「アサルトリリィ」第9話より)


創作論の一般な展開ですが「お嬢様キャラを設定するのは簡単だが、具体的にお嬢様の言動をさせるのは難しい」というのがあります。
「お嬢様がハンバーガーを美味しく食べられるか問題のこと?」
「それは別の問題です。お嬢様はチョコレートを噛まないとか、そういう話です。
主人公と仲間の危機に際し、楓ヌーベルは前半の『コテコテ』な描写に反して、お嬢様然としたケンカをしてみせます」


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アニメ第9話のAパート。
懸案の親子ケンカのシーンです。

まず前提として、楓ヌーベルと父親はおおむね『親子仲が良好』というのが重要です。
彼女は「親に反発して家を飛びだしたお嬢様」ではない。
このことが会話シーケンスの全体に影響しています。

ここから、一時停止を繰り返しながら(引用しながら)解説しながら、見ていきましょう。
古のオタクがガンダムとかでやってたやつ。)

>「やっと繋がりましたわ」
>「楓か。すまないが今忙しい」
>「そうでしょうね。ずいぶんとやらかしてくださいましたわね」

まずは父親が、そもそも口論になる以前に電話を切ろうとします。
が『私は被害を被った関係者だぞ』と主張することで会話が続くように場を繋げます。

>「すまない、今回のことではお前に大いに迷惑をかけたと思う」

対する父親はあっさり謝罪。
そして謝った言葉からの切り返し。

>「だが、いくらお前でも会社のことに口を出すのは」
>「(相手の言葉を遮り)会社のことは関係ありません。このままではわたくしがお父様のことを一生許せなくなります」

まずここで、すでにケンカが上手い。
父親は、ヘマをやらかして自分が不利であることを認識しています。
なのでこの話はおしまい、と一貫して話を切ろうとしている。
それに使っているのが、社長として経営する『会社の事』だから娘が口出しする筋じゃない、という戦場選定です。
これに対して「これは親子の話だ」と切り返すことで戦場を「公から私」へと変えています。

また言葉選びも『許せない』ではないのが繊細な手付きです。
> 許せなくなります
「許せなくなってしまうかもしれない」というのは、「そんなことにはなりたくない」という意味なんです。
これを表明することで『お父様もその結果は望まないはず。わたくしもそう。だから、おたがいの妥協点を探しませんか?』
と交渉のテーブルに相手をつかせる言葉になっています。

父親はこれに乗らざるおえません。
降りるということは交渉決裂と共に、良好な親子関係の破断と同義だからです。

父親は、戦場が移動したことを即座に理解して、戦い方を変えます。

>「〜 GEHENAの提案は、下劣極まるものだった。だがお前たちのような娘を戦場に出したくなかった」

このあたり、さすが一流軍産企業(言い方あ!)の代表です。
社長という公の立場から、親子の情に武器を持ち替えました。
戦場が移り変わったことをきちんと認識して戦い方を変えています。

擁護不可能な自分の悪行・失点を認め、そのうえで親子の情に訴えかけます。
『同年代の少女を戦場に出したくない』は意味的にはイコールで『父親として娘が心配だから』です。
自らの不利を察してまずは「釈明を諦める」という損切り、かつ情状を酌量してもらい、そこから切り崩そう、という一手ですね。

しかし娘もさるもの。同情作戦には乗ってくれません。

>「CHARM(注:劇中の武器)メーカーの代表とは思えないお言葉ですわね」

『親子の話って言ったのお前やん!』と言いたくなりますが、それだけではありません。
「父親の仕事を尊敬していた」という内容を繰り返しプッシュする意味を持っている言葉です。
これこそ、さすがお嬢様という切り返し。
このジャブを撃ったあと。

>「お父様の目論見は失敗ですわ。だってあの娘、私達と何ら変わりませんもの。〜」

相手の展開した正当化を、オブラートごと叩き潰す、強烈な一撃をいれます。

ここのセリフは、内容は言葉通りですが、いくつもの意味を持っています。

同じレギオン(注:チーム)であることは当然把握してるだろ、という前提で、
- 『がっつり情が移ったから娘の友人に個人的に配慮しろ!』
というミモフタもない要求です。

また同時に、
- 『試用者モニターとして正直に感想を述べるけど、情が移るからお前が想定しているような使い捨てにはできんぞこの製品』
でもあります。
(少し違いますが「現実のイラクで兵士がロボットを〜」の話とか参照ください。)
これもまたミモフタもない話ですね。
実はこちらは『社長の娘』として進言してます。

>「〜才能をもって生まれたこと、何よりお父様の娘に生まれたこと、後悔させないでくださいまし(電話を切る)」

命がけで戦う立場を悪く思っていないから、その心配はありがた迷惑だ、と切って捨てる。
父親を尊敬している、と念押し。

で、返事は訊かずに電話を切ります。

おおむね勝利したから、相手が戦線を整えて反撃する時間を与えず、勝勢のまま切り上げる。
どうすればいいか、わかってるよな? という、最後のダメ押しでもあります。

また自ら戦場を変えておきながら、親子ケンカからの流れ弾できっちり、社長の立場に逃げ戻た先を潰しているのもポイントが高い。

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「ね、すごいでしょ?」
「そう言われてそう聞けば、確かにそうかも」

「じつは最初、楓ヌーベルのことは、私が好きじゃない『雑なお嬢様属性』『雑なレズ』を担当するキャラなんだなと、苦手に思っていたのですが」
「はっちゃけたな」
「この親子ケンカのシーケンスで一気に好きになりましたよ。
後半のエピソードを受けて見返すと『雑なレズ』描写も主人公の能力の伏線で、設定で回収してうまく処理してるんですよね」

「そういえばそんな設定もあったね。『カリスマ』だっけ?」

「シナリオとしては、あちこちに楓ヌーベルの言動をステロタイプと勘違いさせる、ミスディレクションが仕掛けられています。
前半の『いかにも実家の家柄をかさにきているお嬢様』っぽい言動の数々もそうです。
この短い親子の会話劇で『父親を尊敬していることの伏線』へ、ガラッと意味が変化する」

(ミスディレクション:ミステリィ小説のテクニックである誤誘導)

「ズルい脚本ですよ。いいぞもっとやれ。」

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