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名前のないふたり#はじまり

|恋愛が苦手|

中学2年の春。7年間片思いしていた幼なじみと付き合った。幼稚園の送迎バスでは隣の席を独り占めしていたし、誕生日になったら必ずおめでとうと直接伝えていたし、バレンタインでは毎年必ずお菓子を手作りして直接渡した。そんなことをずっと続けていたら、告白された。生きてきた14年間の中で1番嬉しい出来事だった。部活動がない水曜日、自転車通学なのにわざわざ自転車をふたりで押しながら歩いて帰った。お互い部活動が忙しくてふたりで出かけることはあまり出来なかったけど、その分水曜日の放課後はふたりにとって大切な時間になった。家まで送ってもらって、家の前でも話は終わらなくて、とうとう暗くなったら「また明日ね」って彼は自転車に乗って帰っていく。私はそれだけで幸せだった。

世間一般的な恋人同士のやり取りとして、スキンシップがある。手を繋ぐとか、抱きしめるとか。大人になればそれ以上のこともする。私はそれが苦手だった。当時、それができないまま1年が過ぎた。彼も、私の様子を察したのかスキンシップは取らなかった。中学3年の春。私たちは別れた。

高校では恋愛はしないと決めた。世間一般的な恋人同士のやり取りがそもそも苦手なら、恋人なんて作らないほうがいいと思っていた。私は高校生活を部活動に注ぎ、音楽大学に進学した。そしてスキンシップができない私を隠そうと決めた。

|もう一度、恋をする|

大学2年の夏。好きな人ができた。入学式の日、付属高校出身が多い中、普通科から進学したことで当時ひとりぼっちになっていた私に声をかけてくれた人だった。彼とは専攻もサークルも一緒だった。最初は友達として彼のことをみていた。「恋しちゃったらきっと彼との関係は終わる」頭の隅っこでそんな気がしていた。でも、話すうちにテンポや感覚が似ていることに気づいたり、笑うツボが似ていて嬉しくなったり、気づいたらいつも一緒にいるようになった。でも付き合ってはいない。私たちをカップルだと認識していた人は多かったらしいが、彼も、それは望んでいないように思えた。大学2年の春。彼から泊まりで講習会に行こうと誘われた。ここで世間一般的な女の子は「泊まり」というワードにザワつく。当時私もザワつきはした。ただ、期待より不安だった。彼とスキンシップこそ取ったことないのに泊まり?しかも2泊3日だというのだ。たくさん悩んで考えたが、ひとまず行ってみることにした。泊まりといっても部屋は別。ここで世間一般的な女の子は期待が薄れてガッカリするのかな。私はホッとしたけど。日中ずっと一緒に行動しているだけで私は充分。講習会はとても勉強になったし、彼も楽しそうだったし。そして起こりうるようなことは起こらず、講習会は終わった。大学2年の夏。そんな彼に恋をしようと決めた。いつまでも、こんなんじゃだめ。私が変わればきっと彼も変わる。人生で2度目の本気の恋がはじまった。といっても、相変わらずいつものようにふたりでいるし、彼には好きと気づかれたくなかったから平然を装った。結局、思いを伝えられないまま大学を卒業してしまった。私は就職し、彼は神奈川の大学に3年次編入した。悲しかったけどそれでいいと思った。2年間楽しかったし。しかし彼との関係は卒業後も続いた。ふたりでご飯に行ったり、出かけたりもした。"スキンシップ"がなくても仲良くしてくれる人がいる。私は密かに嬉しがっていた。

|告白|

23歳の冬。彼に告白した。大学のときに入団した楽団に彼も後から入って一緒にアンサンブルコンテストに出場し、金賞を取った帰りのご飯の席だった。告白したら彼は悩みはじめ、時間がほしいと言ってトイレに行ってみたりドリンクバーに飲み物を取りに行ってみたり落ち着かなくなってしまった。返事はなんとなく分かっていた。これだけ一緒にいてふたりきりになってもスキンシップがなくて、でもずっと仲良くしてくれている。きっと恋愛対象が女の子ではないのでは?とよぎっていた。でも、彼のことをちゃんと知りたい。私の気持ちも伝えたかった。しばらく苦しんだ後に彼から出た言葉は、「僕実はゲイなんだ」だった。正解。私は振られた悲しさよりもホッとした。思い当たる節、全部繋がった。そして私も打ち明けた。「私は、男の人が好きなんだけど、好きな人の体に深く触れられないし触れられたくないんだよね」と。お互いに秘密を打ち明けたことでふたりの絆は深まった。名前がなくても、ずっと一緒にいたいよね。そんなことをふたりで話した。

23歳の冬。名前のないふたりがはじまった。

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