疑いは塔にて No.1

   俺は呆然としていた。疑いは晴れた。謎も解けた。恐怖から逃れた。しかし、呆気なく塔は崩れていく。目の前で起こっていることなのに、音すら聞こえない。あたりを塵が包んでも、俺は無事ではなかろう仲間の勇姿を、眺め続けていた。
 
 俺がいつも通り目覚めると、なぜか知らないところにいた。驚いて飛び起きると、そこはホテルのようだった。そして、小さな窓があった。手がかりを探して覗き込むと、かなり高いところのようで、地面はよく見えなかった。空には、鳥も虫も何もいない。
 よく見ると、服装もどこかの制服らしきもの変わっていて、微かに甘い香りがする。その袖口に、何やら文字が縫ってあるが、読むことは出来なかった。
 しばらく部屋を観察していると、ドアを見つけた。鍵はかかっていなかったので、そっと開けてみることにした。すると、他にもいくつか似たような部屋があるのを確認した。
 廊下の先に進もうとすると、突然後ろから声をかけられた。
「気をつけてね。」
その冷ややかでややかすれた声に驚いて振り返ると、長い黒髪と、グレーの瞳の女が立っていた。その姿はどこかミステリアスで、生気を感じさせなかった。女は俺をしっかり見つめて言った。
「崩れたら、また、やりなおしだから。」
「おい、待ってくれ。」
気がつくと、女は何も無かったかのように消え去っていた。しかし、俺は確信していた。あの女を、俺は見た事があると!

 俺がそのまま女のいた方へ進もうとすると、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、赤髪の女が話しかけてきた。
「もしかしてお目覚め?ネボスケさん。」
女は三十代前半ぐらいで、その声にはどこか色気を感じた。俺が、
「ここはどこなんですか?」
と問うと、女は少し困ったような笑みを浮かべて言った。
「それは、まだハッキリしないのよね。でも、ひとつ言えることは、この場所昔、は昔東京ツキミヤホテルという所だったらしいわね。」
俺にはその名前がなんだか分からなかったので、適当な相槌を打った。
「そうだ。あなたの名前はなんて言うんですか?」
俺は言った。すると、女はわざとらしく
「こういう時は自分から名乗るべきじゃないかしら?」
と言った。それから、一度言ってみたかったのよね、とつけ加えた。
「俺は、町田智也です。高校生。」
女は、興味深そうに俺をみてから、少し意地悪な笑みを浮かべて言った。
「あら、そうなの?中学生かと思ったわ。」
俺は、初対面の人にいきなりからかわれたことにいらだちを覚えつつも、そうですか、と言った。
「私は、橋本麗香。仕事は…そうね、高校教師よ。」
俺は、女が何を迷ったのかは分からなかったが、それでも嘘はついていないと感じた。
「よろしく。それと、俺、今何が起きてるのか全然わからないんです。朝起きたら知らないところにいて…しかも服も変わってたし。一体どうしてこんな状況なのかもさっぱりです。」
はっきり言って俺は、橋本さんが何か知っているとは期待していなかったが、仕方なく聞いた。
「あ、そうよね。智也くんは、昨日もずっと目を覚まさなかったんだから。まずは、そこの廊下を抜けて、みんなのいるところに行きましょう。そしたら、少しは状況がわかるかしら?」
俺は、他にも人がいることがわかって少し安心した。歩き出した橋本さんについて行こうとすると、彼女が急に振り返って言った。
「それと、服を変えたのは私よ。寝っ転がってた人に着せたにしては、上出来じゃない?」 
俺は、うっかりその場面を一瞬想像して、少し頬を赤らめた。確かに、彼女からは服と同じ香りがしていた。
 
「みんな?ネボスケくんが起きたみたいよ。」
大きな部屋に辿り着いた途端、橋本さんが叫んだ。すると、そこにいた何人かの人たちが振り向いた。一番に近づいてきたのは、俺と同じ制服をきた、黒髪の女子だった。
「起きたんだ。よかった。」 
その女子は優しい声で言った。
「俺は町田智也。よろしく。」
俺は、さっき橋本さんに言われたように、きちんと自分から名乗った。
「私は神田千鶴だよ。仲良くしてください。」
神田さんはふわっとした笑みを浮かべて言った。俺は、女子から仲良くしてください、なんて言われたことに少し赤面した。
 すると、突然神田さんが俺にしか聞こえない声量で囁いた。
「ねえ、私のこと覚えてる?」
俺は、全く身に覚えのないことを言われて戸惑った。その様子をみて神田さんは、それならいいの、と言って、立ち去ってしまった。
 混乱している俺をさらに混乱させに来たのは、リーゼントの厳つい男だった。身長もとても高い。男は、ノシノシとこちらへ向かってくると、言った。
「はは!僕ちゃんはお目覚めか。僕の名前は、安本五右衛門だよ!これから、よろしくね!」
見た目に全くそぐわないハキハキとした明るい声と喋りに、俺は呆気にとられた。
「君の名前は、なんて言うのかな?」
聞かれたので、俺はあたふたしつつ答えた。
「俺は、町田智也。高校生です!」
そんな様子を見て、安本さんはあはっ!と笑って言った。
「智也くん、よろしくね!ちなみに僕はテーマパークで働いてるんだ。」
俺は、なるほど、それでこんな喋り方なのかと思った。すると、
「ゴッエモーン!」
と叫びながら、ハイテンションな青い髪の女が近づいてきた。
「お、新入り新入り?胸デカイ?…なんだ、男か。」
その声を聞いて、俺は思わず言った。
「その声、あなたもしかして…」
すると、彼女は突然営業スマイルになって言った。
「そうでーす。私は、未来ユリノ。知ってると思うけど、結構有名な声優です。」
俺は、やっぱり、と思った。
「俺は、町田智也。なんていうか…応援、してます。」
すると、女はなぜかため息をついて言った。
「やっぱり私のファンって、男の人ばっか。可愛い女子は居ないのか?ここにいる女子で私のこと知ってたの、紅子ちゃんだけだし。」
未来さんは、まあいいか、と自己完結すると、俺に他の人を紹介してくれると言った。
 すると、いきなり男がやって来た。
「おっと!君だけで未来ちゃんを独り占めなんてありえない…やろ。俺も一緒について行かせて…や。」
その男は、調子に乗った声で、不自然な関西弁らしきものを喋った。
「紹介するね。この人は、山寺たつきという、漫才師さん。」
未来さんは言い、それから
「山寺さん、この子は…」
と続けた。
「智也くんだよね?さっき聞いちゃった…ねん。」
相変わらずハイテンションなわりに、なんだか寒い人だ。
「よろしく…」
俺は控えめに言った。しかし、その次の瞬間には、山寺さんは橋本さんに駆け寄っていた。なんだか、すごく呆れる人だ。
 「こわいよ。ここどこ?」
少し後ろから、かすれた泣き声が聞こえてきた。振り返ると、すすり泣く小学六年生ぐらいの女の子と、それを慰める中学生くらいの留学生らしき女子がいた。留学生は、
「そうですね。でも、安心してください。みんな優しいですよ?」
と言っている。未来さんが言った。
「この子たちは、高木桜ちゃんと、マリエッタ・スミスちゃん。なんだか仲が良さそうだけど、知り合いではなかったみたい。」
俺は、この二人がどうして仲良くなったのかが気になった。未来さんは続ける。
「桜ちゃんは、今はよく見えないけど小学生とは思えないほどの美人。マリエッタちゃんはかわいいし、胸もそれなり。」
俺は、興味があるともないとも言えずに、苦笑いした。
 そこに、ツインテールに真っ赤なドレスという一際目を引く格好の女がやってきた。
「ねぇ聞いてよ。あの感じ悪いジジイがまたこっち睨んでる。」
そう言って女の指さしたのは、端に立ってあたりを見渡している警察官だった。なぜか一人だけ、職業のわかりやすい服装をしている。
「もう、ジジイだなんて言っちゃダメ。あの人は、佐藤かけるさん。警察官らしくて、何か、みんなのこと、見張ってるって言うか…」
未来さんが言うと、ドレスの女が叫んだ。
「ほうらやっぱり!感じ悪いしキモいし。」
未来さんが言った。
「まあまあ、紅子ちゃん。この人が、霧崎…」
「アタクシが、誇り高き真紅に染まる、情熱の天使!霧崎紅子様よ!」
霧崎さんは、わざとらしい演技をつけながら、とてつもないドヤ顔で言い放った。
 「情熱なら私の方が上です。」
急に背後から男の声が上がった。
「その人は今田優太さん。バイオリニスト。」
未来さんが説明した。
「私がバイオリンにかける情熱。それは誰にも譲ることはできません。」
今田さんは、整えられた白ひげをひとつ撫でた。そして、バイオリンをゆっくりと構えると、激しく弓を動かしだした。
「アタクシも負けられませんわよ!」
そう言うと、霧崎さんは音楽に乗って、くるっと回ったり、ポーズを決めたりした。
 その間にも、未来さんは構わず続けた。
「これで全員かな。ぶっちゃけ誰狙いなの?
 最初に会ったから、橋本さん?あの人は、立派なおっぱいだし、スタイルも抜群。三十代なのはネックだけど、それを感じさせない魅力がある。だから、抱くなら一番ね。
 あ、それとも千鶴ちゃん?あの子は顔もかわいいし、ザ・清純派。スレンダーだし、彼女にはうってつけ!でも、誰かに盗られちゃうかもね。
 マリエッタちゃんは、高い鼻に長いまつ毛。でも、身長が高いから智也くんはまず手が届かないわね。物理的にも!
 それ以外の子は、かわいいけどちょっとね。
 で、だれだれ?」
俺は、未来さんの早口と毒舌にうろたえた。それから、首を横に振った。
「そんなの、無いですよ。それより、その情報どっから来てるんですか?」
俺は半分呆れながら言った。
「長年培ってきた観察眼。大雑把なデータさえわかれば、あとは声だけでわかる。直感。」
俺は、聞きたくもないことを聞かされたことに対するストレスと、勝手に話題にされた可哀想な女性達に対する気の毒さで、
そうなんですか、と適当に言った。
 その後は会話がなかった。俺は、初対面の人に素っ気ない態度を取ってしまったことを多少申し訳なく感じた。そのとき、後ろからシュワシュワと音がした。
「これ飲んで、元気を出してください。」
振り返ると、水色と白のロボットが、無表情にソーダを差し出していた。おそるおそる受け取ると、ロボットは手を差し出してきた。俺は、ソーダをぐいっと飲み干し、空になった紙コップを差し出した。
「ブーブー、違います。お金です。」
「えっ、金取るのかよ。」
俺は、仕方なくポケットを漁ったが、何も入っていなかった。俺が困っていると、佐藤さんが近寄ってきた。
「逮捕だ!逮捕!」
「え?」
俺が戸惑っていると、彼は近づいてきてロボットに言った。
「お手柄だ、シュワシュワ。」 
どうやら、そのシュワシュワというロボットは彼のもののようで、頭を撫でられていた。
「さあ、逮捕されたくなかったら金を出せ!」
「いやいや、持ってないですよ。」
俺が言うと、彼は腕組みをしてうーんと唸っていた。
「誰も金銭は所持してしない、のか。よし、では君。君の名前と職業を言いたまえ。」
俺は、彼の偉そうな態度にムカついたが、ソーダを飲んでしまったのは仕方ないので言った。
「俺の名前は、町田智也です。高校三年生です。」 
「うむ、よろしい。」
と、彼は頷くと、
「私は、警察官の佐藤かけるだ。ロボットを使って、悪を成敗している!まだ、国に認められた訳じゃないが。」
と言った。すると、未来さんが
「えっ、警察官じゃないんですね。」
と言い、それに便乗するように霧崎さんが
「偽物のクセに悪を成敗だって?バカバカし。オタクのジジイが。いい、アタクシのように…」
と、長々と語りだした。
 今この場にいるのは、その十二人だ。俺は、停止していた思考を働かせて、推理していた。まず、ここに集められたわけは?全員の共通点を探ってみようとするが、全く見つからない。スペックの点では、年齢、性別、国籍、職業、人間がどうか…あまりにもバラけている。では、何か事件に関係すること…?

 その時、天井から紙が一枚降ってきた。

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もちりんご

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