土の店「みなもと」

 ケーキに置いて素材を厳選することはケーキ作りの基本であり深奥ともいえよう。良い材料を使えば技量が同じでもケーキの質はグッと上がる。今回紹介する「ケーキの店・みなもと」は極限まで素材にこだわったお店だ。売られているケーキは一種類のみでバリエーションはサイズ違いだけ。10X10cmキューブ、15X15cmキューブ、そして25X25cmキューブ。すべて真四角。真四角に固められた土である。
 「ケーキの主原料といえば小麦粉、果物、チョコレート、これら全てに共通しているのは全て土の上に実るということです。だからこそ、僕はすべての源である大地をそのまま食べて欲しいと思ったのです」店主の大源 土太郎(たいげん つちたろう)は続けて語る。「インスピレーションの根源が宇宙であるように、人間は大地の上でなければ生きていけない。その踏み固められた大地を取り込むことで人は地球と一体化し、宇宙の鳴動を身体に取り込むことで卑小な人体を離れることができるのです。地面を取り込むことで飛翔する惑星の一部に体と魂を近づけるのです」
 世にコンセプトケーキ屋は数あれど、ここまで自分のコンセプトを明確にした店はないのではないだろうか。全く理解できない。だから店主の言葉をそのまま載せるしかない。
 土はなるべく栄養が高い畑から朝の内に取ってきて店内でキューブ状に固めている、らしい。ナイフを通すと表面がキャラメリゼされており少し抵抗するものの一度殻を破ってしまえば最後まで抵抗無く入っていく。若干躊躇しながら口に運ぶと味らしい味は無かった。口の中でほろりと崩れる塊は、ただの土だった。子供の頃に自分で作った泥団子を口に入れたときと同じ味がする。若い夏の味だった。しかしそれはやはり、美味しいものではない。我慢してモゾモゾ土を噛んでいると口の中で土が泥へと変化していく。変化はするが、やはり美味しいものではない。アサリの中に入っていた砂を噛んでしまったときのような不快感。それが最初から最後まで付きまとう。リピーターはいるのだろうか。個人的には二口目も進みたくない。そして切った断面からミミズが出てきたことで我慢ならなくなりその場で嘔吐してしまった。怒りで顔面を紅潮させた大源氏がやってくる。しかし、胃の痙攣は止まらない。動けないでいると無理矢理大源氏が口に土を詰め込んでくる。喘ぎながら吐き出し、抵抗していたが大きな拳が顔面に迫ってくるところで私の記憶は途絶えた。リピーターにはならなかった。

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