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トニセン主演舞台「カノトイハナサガモノラ」がV6史上5本の指に入る作品だった



※大いにネタバレを含んでいます!!!観劇した方のみ読んでください!!






これは、V6史上重要な分岐点となる作品だった。

御徒町凧作・演出のこの作品。彼は20代のころに舞台でトニセン3人と共演して以来、井ノ原さんと大親友である。この舞台を上演するまでに、1年以上も前から3人とワークショップを重ねてきたとのこと。完全に3人の当て書きの脚本で、3人についてのお話。それ故に3人ととことん向き合った作品になったのではないだろうか。


「アイドル」とは何か

「健康第一に頑張っていきます!」とデビュー24年目を迎える今も、アイドルとして活動を続けてくれている彼ら。40代に突入しながらも、依然と「職業:アイドル」を続けている。 

「アイドルに定義ってないじゃないですか。」これは井ノ原さんがよく言う言葉だけれど、その言葉から垣間見える疑問や葛藤、そしてアイドルとしてステージに立ち続ける覚悟なんていう、彼ら3人の軌跡と奇跡を舞台上で体現していた作品だった。まさに改めて20th Centuryとは何かを問う、そんな後世に語りつぎたい、いや死んだ後だってずっと忘れることのない瞬間がそこにはあった。


3人の関係性

舞台上にはけだるそうにしている女が一人と、それを囲む男が5人いる。どこか怪しげな雰囲気。

そこにふらふらと入ってきて、不意に踊り出す3人。曲が鳴り、歌い出す。

終わると、私たちファンがいつも彼らから聞いているような何気ない世間話のようか会話が始まる。どうしても話したがるイノハラと、話すのが苦手だというサカモト。それを横で聞いていて、面白おかしく合いの手を入れるナガノ。

ファンなら「あぁ、いつものトニセンじゃん」とすぐにわかるような会話だ。3人でいるとどうもかみ合わない、話すことも早々ない、だけど一緒にいる。そんな姿が滑稽に見え笑いを誘うも、それもどこか不自然ではないようにも見える。そして会話が終わったと思えば、突然誰かが歌おうよと言い出し、歌い出すのだ。そこに理由はひとつもなく。


アイドルになったきっかけと軌跡

3人それぞれがどうしてアイドルになったのかという3人各々の話が始まる。サカモトは高校に行きたくなかったから、ナガノは姉が勝手に履歴書を送ったから、イノハラはジャニーズに入りたいと自発的に思ったから。それぞれの魅せ方でステージが進んでいく。


唐突に面白おかしくポーズをキメては客を笑わせるナガノ。なんでそんなことをしているのかと後ろに立っている女に聞かれると、「やりたいとかそういう気持ちは一切ない、ただ、何か使命感のようなものがある。」と言う。そして長野博という、謎に包まれたミステリアスな人物を表すかのようにマジックが始まる。彼のいつだって魅了していたいという気持ちが表れているようだった。そしていつだって完璧なザ・アイドルをやり抜いている長野博が、まさにそこにいた。謎は深いままに。

白いスーツを着て登場するサカモト。イノハラから彼女はいるのかとしつこく質問される。質問されているうちに元カノの姿が舞台上に現れる。「何だ話したいんじゃん」とイノハラ。2人の寸劇が始まるわけだけど、その中で彼女のある言葉がひっかかる。「サカモトってそこにいるようでいないときがあるよね。」彼のソロ曲「コバルトブルー」を歌う最中、思い出したように曲が止まりその言葉が響く。得意のタップを始めるサカモト。その音が速くなるにつれて彼の呼吸も速まり、そしてまた歌いだす。今までの葛藤を開放するように、そして決意を決めたかように。心の内に思っていることはあまり言葉にはしないけれど、それをダンスと歌で表現する使命を持つ、そんな姿がまさに今の「アイドル 坂本昌行」なのかもしれない。

イノハラの話になると、サカモトナガノが幼少期のイノハラを模した人形を持ち、幼少期のイノハラを演じる。今のイノハラとジャニーズに入ったころの小学6年生のイノハラとの会話が始まる。ジャニーズに入ってアイドルとして輝いて、大空に羽ばたきたい!と言うも、でも何でなのかはわからないという小学6年生のイノハラ。そんなあやふやな答えでも今のイノハラは「そうかそうか」「君、イケてるね!」と子供の彼自身を全肯定する。それは過去の彼自身を肯定することによって、今の彼自身も肯定している姿だった。そして彼の子供のころの純粋な気持ちがまだ生き続けているからこそ、「アイドル 井ノ原快彦」がそこに立っているのだと実感させられるものだった。彼のソロ曲「遠いところまで」を歌いながら、子供のころの羽ばたきたい!という夢を実際にフライングをして実現させ、過去の自分と向き合うそのシーンは、どんな葛藤さえも乗り越え、明るく前を向いて進んできた井ノ原さんだからこそできたものなのではないだろうか。



言葉にするにはもったいないくらいの存在感

また3人が集まってくる。ここはそもそもどこなのか、彼らにはまだわからないままだった。

女は言葉ではない”なにか”をまだ3人はわかっていないと悪態をつく。「教えろよババア!」とイノハラ。3人とそしてそこにいる住人たちと会話をしていく中、女がいう。ここは「ソウル・ターミナル」であり、魂が集まってくる場所なのだと。そして「言葉にしている時点で、それはもう死んでいるのだ」と。20th Centuryデス(DEATH)と言っている時点でその言葉は意味がなくなり、死んでしまう。そしてまた生き返るのだと。

言葉にするほど野暮なことはないとは言うけれど、そこにいる3人と、そして私たちファンは、その空間に感じられる空気、その意味を肌で感じることができたように思う。そして3人は不意にまた歌い出すのだ。三人三様に、言葉ではない”なにか”を感じ取るように、そしてそこに湧き上がる”なにか”を表現するように。そこには深くて根強いまぎれもない奇跡があった。3人がそこにいて、作品を上演する舞台があって、スポットライトが充てられている。そして3人が歌い出す。彼ら3人にしか出せない、言いようのない空気感とともにあるその奇跡に、私たちファンは酔いしれたのである。


「信じられるかい 
 全て 長い夢の途中だよ」

そう歌う3人、そしてそれを見る私たちもいつかはいなくなってしまう。そんな中での今に、すべてのものに、感謝したくなった瞬間だった。そしてアイドルとは、20th Centuryとは何かという問いの答えがそこにあったのだ。


いま、この瞬間の奇跡を感じるということ

序盤の3人の何気ない会話に生死観を思わせるようなものが出て来る。ナガノが「死ぬことをないことにして生きていると、生きていることが希薄になるっていうかなんていうか…」というような台詞を言うのだ。40代でほぼ人生折り返し地点にいる彼らが改めて人生について考えている証なのだろうか、はたまたジャニーさんの死を目の前にして思うことがあったのだろうか。確かに人はいつか死ぬと言うことを忘れがちで、今この瞬間を意識しながら生きるということを忘れている時間の方が多いように思う。このナガノの台詞は「いま、この瞬間」にトニセンの3人が、この舞台上で歌っていることに向き合えるように誘導してくれているようにも思えた。


そして彼の歌う曲からもこの作品に関するヒントがひとつ。Stranger than paradiseである。

「永遠より今を生きる 
 日付のない夜が明けた
 時空超えて旅は始まる 
 それはとても晴れた朝

 遠い彼方から不思議な程
 引き寄せられて
 ココにいることが当たり前に
 思えてくる」

まさにこの作品のことを歌っているようだ。その証に最後のMCのシーンでも「今日も楽しめましたね」というイノハラに「今日?明日?昨日?」とナガノはどこか違和感を覚える言葉を投げていた。時空を超えて今や未来そして過去という概念に囚われないくらいに、3人は3人としてココに、あの舞台上にいたのかと思うと感慨深いものがある。

そしてトニセン3人もその台詞や3人での会話を重ね、1ステージ1ステージ噛み締めながらこの夏、舞台を踏んでいくことを思うと、この「カノトイハナサガモノラ」という作品は、トニセンにとっても私たちファンにとっても人生の中での大きな分岐点に成り得るのかもしれない。


3人の本来のかっこよさは劇場に行き、実際に観て、肌で感じないと伝わらない、こうやって言葉にしても伝えきれないものだった。

御徒町さんから見た「20th Century」というものは、私たちとほぼ同じ視点で見ているものなんだと観劇した実感として思うし、その最高な、言葉では表しきれない程の3人の素晴らしさを、史上最高にかっこよく表現してくれた作品なのではないかと思う。こんな3人が見たかったという私たちファンの想いがほとんど掬い取られて作られたもののようで、彼らの奇跡と一緒に過ごせることがアイドルオタク冥利に尽きると、ここまで思わせてくれる作品は未だ嘗てあっただろうか。

トニセンと会場のファン全員と一緒に奇跡を分かち合う空間を見事に作り上げてくれた御徒町凧さんに、そしてトニセン3人に、最大の敬意を払いたい。




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