ふぇれっとがふぇれっとのためにできること


『輸血が必要な子のために、血を分けていただけませんか?』

『こまちゃんに、お願いしたいんです。』

2023年7月、病院からの電話に
ころんの体調のことかな?と
呑気な気持ちで出た私は

しばし時が止まった。

一瞬だったかもしれないし
大きく深呼吸を何回かするくらいの時間はあったのかもしれない。

電話口で先生が

"急な話しで申し訳ない"

"他の方にも当たっているが都合がつかなくて"

と、
どうにかこの電話が最後になってほしいと
切実な想いをにじませながら話している。

話を聞きながら、私の頭の中では

人間の世界では、街中で献血車を見かけるけれど
ふぇれっとの世界ではこうなのか

とか

ふぇれっとに血液型があるということか?
(こまを指名してくるってことは)

とか

どうでも良いようなことを考えながら

「夜になりますが、行けます」

と、気の利いた言葉もないまま答えていた。

時間の調整をしつつ、
こまの最近の体調は、今日はご飯を何時に食べたか、この後は絶食するように、事前に血液検査が必要で採血が終わるまで時間がかかる
などと細かい話しを聞いて

こまが協力することに決まった。

こま、意向も聞かずにごめんね。
でも、あなたならきっと大丈夫よね。

心の中でこまに声をかける。

電話を切った後、
こまに顔を合わせるのが少し後ろめたくて、
てんに話しかけるなどをして心を落ち着かせた。

後ろめたさはあるけど、協力しない理由は探さなかったし、
探しても見つからなかったと思う。

逆に協力する理由といえば

「もし、うちの子たちに輸血が必要になったら」

この一文で、充分だった。

でも、心配する理由なら山ほどあった。

鎮静剤のリスク
採血のリスク

小さくはないリスク
この子に耐えられるのだろうか。
安全な量の採血とは言え、こまが貧血ならない保証がどこにあるのだろう。
こまがもしこれをきっかけにいのちを落とすことが無いとは限らない。
私一人の勝手な判断で、こまを危ない目に合わせて良いのだろうか。

浮かんでくる心配を、必死に消そうと振り払うけど、消えてもどんどん浮かんでくるから、諦めて自分の心配性を受け入れることにした。

助かるかもしれないいのちを前に
素通りすることはできなかった。

協力者が見つかることを
ただ祈りながら待つしかない
飼い主を想えばなおさらだった。

偽善でも何でも良いから、できることをしたかった。

夫には、相談すると見せかけて
それはほとんど決定事項としてLINEで伝えた。

しばらくして電話がかかってきたけど
夫はいつも通り落ち着いていて
「『てんちゃんのリュープリン代と引き換えにならしてやってもいい』って言った?」
などと冗談を言っていた。


仕事を終えて、家を出る。

てんの通院時期でもあったから
ちょうど良かったよね、なんて
都合を良く考えながらバスに乗った。

こまも、てんが一緒で安心だったと思う。

“てんの付き添いでやんす〜”

状況がわからないこまは
てんとお出かけすることを楽しんでいる様子だった。

病院に着くと、すぐに先生に呼ばれて
こまが検査をするため連れて行かれた。

こまの体調が、採血しても問題ないかどうか。

輸血をするふぇれっとさんの血液とこまの血液が
混ざり合っても大丈夫なのかどうか。

「適合しなければいいのに」

一瞬、この言葉がよぎったけれど、すぐに打ち消した。
この期に及んでまだ躊躇している自分に絶望する。

こまを預ける時、
つい先日ころんが手術を受けた時の
あのなんとも言えない感覚が蘇る。

きっと大丈夫だけど
大丈夫じゃなかった時のことが頭をよぎったり

この体温を感じるのが最後でありませんようにと
祈る気持ちで手を離す。


結果、こまの体調も良く、血液も適合したとのことで、採血が行われることとなった。

9cc

それがこまが提供する血液の量だった。

その量なら、私から何本でもくれてやるのに。


自分が何にも力になれないことに再び絶望しながら
待合室でてんを撫でた。

てんは、遅くきた換毛期で、体をかゆそうにして、頻繁に自分の体を掻いたり毛繕いしたりしている。


病院に到着して2時間、
こまから無事に採血ができたと
先生が血液の入った注射器を持ってきてくれた。

人間の血液と同じように
深いワインレッドの色をしたこまの血液。

この血液が、いのちを助けるのだ。
こまが、命をかけて提供したこの血液で。
お願いだから、その子、助かってね。

恨みもない、憎しみもない、むしろ愛すべきフェレットに対して
こんなにドロドロとした気持ちを向けてしまう自分に呆れる。
偽善者に申し訳ないほど、偽善者だったのだ。

それから30分後、ようやくこまに会うことができた。

採血の後、「鎮静から覚めて元気そうにしている」と聞いた私はほっとしながら診察室へ向かったが、どうやらその後、再び眠ってしまったよう。

熟睡しているときのように、脱力しているけれど、普段の睡眠中とは違い、本人意思に反して眠らされていることがよくわかる。

こまから発せられる強く弱い意志によって、熟睡とは異なる性質の脱力、表情をみせていた。

「頑張ったね。お疲れ様。」

声をかけながら、大切に撫でた。

先生からこの後のことなどを説明を受けて終了した。

病院の受付でも感謝され、和やかな雰囲気の中、病院を出る。

夫が迎えてきてくれており、みんなで車で帰った。

まだ目を覚さないこまを見て、心配そうな夫。

2人で心配しつつ、こまが目を覚ますのを待った。

帰宅すると、留守番をしてくれていたまるところんが出迎えてくれた。

こまをお布団に横たわらせると、てんとまるが駆け寄り毛繕いを始めた。
目を覚さない温かいこまに、何を感じているのか。優しく包み込むように、2人はそばから離れなかった。

ころんはひとしきり遊んで、ようやくこまのそばに来たが、特に何をすることもなく寄り添って、いや、覆い被さるように眠りについた。

みんながこまの目覚めを待った。

帰宅して2時間くらい経った。
夕食を済ませ、お風呂に入るなどしていたら、こまが目覚めた。

いつもならバタバタと勢いよく起きてトイレに駆け込むのだけど
やはり今日は違うのだ。

のそのそと眠たそうに起きてきて、
なんとなくトイレに向かい、用を足す。

ソファに座っていた私は
ハッとして
こまをじっと見つめた。

夫を呼ぶ。

いつもの元気いっぱいな表情とは違い
ぽわぽわと眠たそうに、いつもと違う自分に戸惑うように
私をぼーっと見つめてくる。

「こま」

呼びかけて、そっと抱きかかえて撫でる。

目を覚ましてくれてよかった。

"お友達助かったでやんす?"

なぜか状況をしっかりと把握したようなことを言ったような気がした。
まっすぐ私のことを見つめていた。


翌日、病院から電話が来た。

「こまちゃんの様子はいかがですか?」

定型的な業務だとしても
気にして電話をくれるのは嬉しかった。
無事に目を覚まし、ご飯を食べていて、特別変わったことはないと伝えると
ほっとしたように
「何か気になることがあれば遠慮なく電話してくださいね」
そう言って、電話が切れた。

翌週、ころんを病院に連れて行った。
(手術後の検査結果を聞きに行ったのだ)

院長に診察してもらうころん。
なぜか、ころんは知らない場所に行くと脱力して寝ようとする。
診察のためには嫌がって暴れるよりは良いのだけど、警戒心というものはどこに置いてきてしまったのだろう。
死んだふりなどをしているのだろうか。
先生は熊なのか。

ころんのことは置いておいて。

こまの血液を輸血した子のことを教えてくれた。

輸血したことで元気を取り戻し
飼い主はとても喜んでいたと言った。

しかし、数日後に息を引き取ったそうだ。

こまの血液は数日分のいのちに貢献できたようだった。

悲しいけど
ちゃんとお別れを言う時間になっていれば良いなと願う。
大切な時間になっていたらいいなと。

たった数日でも
フェレットにとっては数週間に値するなら。

寂しさ、悔しさはもちろんある。
だけど、その子の飼い主さんのほうがもっともっと、想像できない辛さや苦しみを味わったのかなと思うと。
私の悔しさなんて、なんとちっぽけなものかと思う。

こまは今日も元気に生きている。





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