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温明殿の琵琶 源典侍と歌の戯れ なんちゃって図像学『紅葉賀』⑯(8)94


・ 典侍の恨み言と源氏の億劫

典侍は慎重に隠していたので、源氏は典侍と頭中将との仲を知りません。
典侍は、内裏で源氏と行き遭うと、まず逢えない恨み言を言います。

いたう忍ぶれば 源氏の君は え知りたまはず 見つけきこえては まづ怨みきこゆる


源氏は、典侍が年老いているのが気の毒で、慰めてやらなくてはと思うのですが、億劫でつい先延ばししているうちに時が経ってしまいました。

齢のほど いとほしければ 慰めむと思せど かなはぬもの憂さに いと久しく なりにける


・ 温明殿の琵琶

夕立の名残りで涼しい夕間暮れ、源氏が温明殿の辺りを歩いていると、
典侍の風情たっぷりな琵琶が聴こえてきました。

夕立して 名残涼しき宵のまぎれに 温明殿のわたりを たたずみありきたまへば
この内侍 琵琶をいとをかしう弾きゐたり
御前などにても 男方の御遊びに交じりなどして ことにまさる人なき上手なれば
もの恨めしうおぼえける折から いとあはれに聞こゆ

典侍は、元々、御前での管絃の御遊びなどで男に混じっても他の追随を許さない 琵琶の名手 です。
その人が恋に悩みながら弾じているのは、源氏の心に沁みました。
美しい声で歌っているのが、『🌺瓜作り』の催馬楽なのは、源氏はちょっと気に入りません。

それでも、🌺古人が鄂州で聴いた夜の琵琶とはこんな風であったかと、足を止めて聴き入ります。
白楽天の詩の『🌺夜聞歌者』から『🌺琵琶行』に思いを馳せます。

やがて弾き止むと、思い乱れている様子が手に取るようです。

源氏が、低く歌いながら近付きます。
催馬楽の『🌺東屋』の「雨に立ち濡れているよ。この戸を開けておくれ」という前半部分です。

東屋の 真屋のあまりの その雨そそぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ

中から、『押し開いていらして』と催馬楽の後半を継ぎます。
ちょっと普通の女と違う面白さがあります。

≪立派な源氏物語図 温明殿で典侍の琵琶≫

🌷🌷🌷『温明殿で典侍の琵琶』の場の目印の札を並べてみた ▼

典侍は嘆きます。
「訪れる人もいない東屋ですもの」「軒に立って濡れる人もいないのに、嫌な雨が落ちて来ますわ」

立ち濡るる 人しもあらじ 東屋に うたてもかかる 雨そそきかな


源氏は、「他の男も何人も通わせているのだろうから、自分一人が負う責めでもなかろう」「どうしてこう恨めし気に嘆くのか」と思います。

我ひとりしも聞き負ふまじけれど うとましや 何ごとをかくまでは とおぼゆ


「他の男も通って来ている人は厄介ですから、深入りしないでおきましょう」などと言って素通りしてしまいたかったのですが、

うち過ぎなまほしけれど

「それではあまりに愛想がなかろうか」と思い直して、言われた通りに中に入りました。

人妻は あなわづらはし 東屋の 真屋のあまりも 馴れじとぞ思ふ とて
うち過ぎなまほしけれど あまりはしたなくや と思ひ返して 人に従へば


今風な軽薄な冗談など言い合っていると、こういうのもまあ悪くもないかなという気がしてきます。

すこし はやりかなる戯れ言など 言ひかはして これも めづらしき心地ぞ したまふ

📌 温明殿

神鏡 八咫鏡を安置する。
賢所とも、奉仕する内侍が詰めるところから内侍所とも呼ぶ。
典侍のオフィスがここにあるのでしょう。

温明殿の位置


🌺催馬楽『瓜作り』

山城の狛のわたりの瓜つくり な なよや らいしなや さいしなや 瓜つくり 瓜つくり はれ
瓜つくり 我を欲しと言ふ いかにせむ な なよや らいしなや さいしなや いかにせむ いかにせむ はれ
いかにせむ なりやしなまし 瓜たつまでにや らいしなや さいしなや 瓜たつま 瓜たつまでに

囃子言葉を抜くと、歌詞は、
📖 山城の 狛のわたりの瓜つくり 我を欲しと言ふ 瓜たつまでに
  瓜作りに求愛されているが、あまり気が進まない、どうしようか

https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/15071/p001.pdf
様より

この歌の性的なニュアンスを、若い源氏がちょっといやだなと感じたというようなことでしょうか。

🌺古人が鄂州で聴いた夜の琵琶

鄂州にいた古人の聴いた琵琶の歌とは、白氏文集の『夜聞歌者』と『琵琶行』の詩の内容だそうです。

夜の小舟に、鄙には稀な優れた琵琶を弾き歌う妓女がいます。
近寄って話を聞くと、若く美しかった盛時を追憶し、老いた今の零落を嘆きます。
哀切極まりない詩です。

『琵琶行』 橋本関雪


情緒纏綿と琵琶を弾じている年老いた典侍にも、この哀切極まりない詩の女の如くに華やかな若い時代があったのだという事実が、「鄂州にありけむ昔の人」という一言で、一瞬の閃光のように当時の読者の脳裏には煌めいたのでしょうか。

「昔はちょっとしたものだったのよ、ゴホンゴホン」なんて言う代わりに今でも実力で現役でブイブイ言わせてる源典侍は、もしかしたら、ものすごくかっこいいのかもと思ってしまいます。👏👏👏
源氏が、「鄂州にありけむ昔の人」と呟いた時に、典侍の若く華やかだった時間のことは脳裏を掠めでもしたのでしょうか。

夜泊鸚鵡州  秋江月透徹   
隣船有歌者  発調堪愁絶   
歌罷繼以泣  泣声通復咽   
尋声見其人  有婦顔如雪   
独倚帆柱立  嫂娣斗十七八 
夜涙以真珠  双々墜名月   
借問誰家婦  歌泣何凄切   
一問一霑襟  低眉竟不説   

夜鸚鵡州に泊まる 秋の河の月は透徹せり
隣船に歌う者あり 調べを発して愁絶に堪えたり
歌止んで繼ぐに涙を以てす 泣声通うてまた咽ぶ
声を尋ねてその人を見る 婦有り顔雪の如し
独り帆柱に椅りて立てり 嫂娣(へいてい)たる歳十七八
夜の涙真珠に似たり 双々として名月に墜つ
借りに問う誰が家の婦ぞ 歌泣何ぞ凄切なる
一たび問いて一たび襟を潤す 眉を垂れてついに説かず

隣り合った船に、十七八の顔の白い美しい女が、夜帆柱に倚って歌を歌っている。その声が悲しげで愁いに満ちており、歌い終わっては涙を流し、また咽び泣いている。その夜の涙は真珠のようで、名月と共に落ちるようである。どこの家の女か、またどうして泣くのかと問うたが、聞いても涙を流して襟を濡らすばかり。そして瞼をつぶってついに答えなかった。
(以上 漢詩の世界 | 閑話休題 - Amebaブログ 様より)

🌺琵琶行

長い詩ですが、十七八じゃなくなった人の哀切なる身の上話はこちら様に。

🌺催馬楽『東屋』

📖
男🔷東屋の 真屋のあまりの その雨そそぎ立ち濡れぬ 殿戸開かせ
女🔶鎹(かすがい)も とざし(錠)も あらばこそ その殿戸 我鎖さめ おし開いて来ませ 我や人妻
  男🔷軒先から垂れる雨に立ち濡れているよ。戸を開けておくれ。
  女🔶かすがいも錠も閉めているものですか。押し開いていらっしゃいな。人妻じゃないんですもの。

それを受けて、
典侍🔶📖 立ち濡るる 人しもあらじ 東屋に うたてもかかる 雨そそきかな
  (立ち濡れる人もいない東屋に、嫌な雨が落ちて来ます)

それに対して源氏は、「他の男も何人も通わせているのだろうから、自分一人が負う責めでもなかろう」「どうしてこう恨めし気に嘆くのか」
源氏🔷📖 人妻は あなわづらはし 東屋の 真屋のあまりも 馴れじとぞ思ふ
  (他の男も通う女は厄介だ。深入りしないでおこう)
これを言ってはあまりに無愛想と思って、黙って誘われるままに中に入って、結局、これもまあ悪くないかなと思い始めたら…
頭中将乱入でわちゃわちゃ大騒ぎになります。

この動画は、パソコンで古い譜を再現してくださっているようで、お歌もボカロらしく、想像力の飛躍が必要そうですが、再現してくださるのはとてもありがたいです。
前半の男声部を源氏が口ずさんで、後半の女声部を典侍が引き取ったのでしょうね。

E dorian Eの律旋法
む、むずかしい ・・・


眞斗通つぐ美

📌 まとめ

・ 温明殿の琵琶
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711317639098982771?s=20

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