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72なんちゃって図像学(9,10) 末摘花の巻⑩ 雪の日の訪問


・ 参内した命婦に末摘花の消息を聞く

10月の行幸がいよいよ迫って、皆が試楽などで上や下への大騒ぎをしている頃のことです。

旧暦10月 と 2023年カレンダー の対照

命婦が参内してきました。
「どうなさっているの?」と源氏は姫君の様子を訊ねます。
気になってはいるのです。

≪立派な源氏物語図 参内した大輔命婦に末摘花の消息を聞く≫

🌷🌷🌷『末摘花の消息を聞く』の場の目印の札を並べてみた ▼

命婦は姫君の様子をお話ししながら、「殿様がこんなに冷淡でいらっしゃるから、お仕えしている者達も気の毒ですわ」と、泣きたくなります。

源氏は、『物越しにでも会わせれば、私がそれだけでお上品に帰ると思っていたのだろうに、その信頼を台無しにしてしまったかな』『命婦は私のことをさぞ無慈悲な男と思っているのだろう』と思います。
姫君が口も利かずに物思いに沈んでいるのが想像されて、気が咎めます。

「行幸の準備で非常に忙しい時だからね」「困ったな」と溜息をついて、
「恋心などを理解なさらない方のようなので、少しお懲らしめしようかと思ってね」と微笑むのが、きらきら✨✨といかにも若く可愛らしいので、命婦も自ずと微笑まれてしまいます。
…………………
(📌 朱雀院の行幸が10月十余日で、命婦の参内はその直前です。行幸の、末摘花の所に行くのはの日です。2023年の暦なら11月初めというところなので、2023年で考えれば雪はどうかとも思うのですが。旧暦は年によってずれるし、気候の変動も考えれば、命婦との会見の時に雪が積もっていてもおかしくはないのでしょうかね)
…………………
『しょうがないわねえ』『女に恨まれがちな放縦なお年頃なのだし』『何事も思うままになる方だから、女を思い遣ることをあまり御存じないのも仕方ないのだわ』と思います。

わりなの 人に 恨みられたまふ御齢や
思ひやり少なう 御心のままならむも ことわり と思ふ


・ 行幸の後

朱雀院の行幸が終わると余裕ができて、時々は末摘花の姫君にも通い始めます。

紫のゆかりの姫君を二条院に迎えてからは、そちらをいつくしむのに夢中で、六条辺りにさえ疎遠になってしまうのですが。
まして故宮の廃れ邸などのことはいつも気にかかってはいてもますます億劫になってしまうのですが。

源氏18歳 末摘花、若紫、藤壺 との時系列


・ 隙見

これは、霙の日に若紫と同衾するよりも前の話になります。

源氏の末摘花に対する思いです。
姫君の素顔を見たくないわけでもなかったのですが、あの極度の羞恥心を搔き分けてまで見たいほどの熱意は持てませんでした。
それでも、『改めて見てみたら何かの美点もあるのではないか』『闇の中の手探りだけではわからないこともあったろうから、やはり明るい所で見てみたいものだ』という気になることもありました。

しかし、まだ心を許してくれていない女に灯りを当ててあからさまに眺めるなどするのはいかにも嗜みがなかろうと思います。
こっそり覗くしかないと考えて、まだ男が訪れるには早いと女房たちも油断していそうな宵の頃に、邸に入り込んで寝殿に静かに上ります。
格子の隙間からそっと覗きますが、そんな所から、ただでも奥まっている姫君が見えるわけはありません。

≪立派な源氏物語図 雪の日 末摘花邸の貧窮を覗く≫

🌷🌷🌷『末摘花邸の貧窮を覗く 』の場の目印の札を並べてみた ▼

几帳などはひどく傷んではいるのですが、昔のまま動かさずに端正に置いてあるので奥の方はよく見えないのです。
手前に女房の4,5人が座って、見すぼらしいお下がりを、姫君の御前から下げて食べています。お膳や青磁(秘色ひそく)などは唐渡りのようですが、見る影もなく古びています。

隅の間の方に、言いようもなく煤けた白い着物に、小汚い裳を着けている女房がいます。
ひどく寒そうで見苦しい様子で、ずり落ちそうな古風な櫛の挿し方をしています。
こういう櫛の挿し方は、内教坊内侍所では見かけるなと源氏はおかしくなります。宮家であったとはいえ、神にお仕えするような姿の者が人に仕えているのを初めて見たのです。

「ああ、今年は何て寒いのでしょう」「長生きしたらこんな目にも遭わなければならないのね」と泣いている者もいます。
「宮様のいらした頃に心細いお邸だなんてどうして思ったのかしら」「結局もっと頼りなくなったお邸にこうしてお仕えすることになってしまって」
飛び立たんばかりに袖をばたばたして震えている者もいます。

あはれ さも寒き年かな 命長ければ かかる世にも あふものなりけりとて うち泣くもあり


・ 改めて訪問

不体裁なあれこれの愚痴を聞いているのも気が咎めるので、一度そっと後ずさってから、改めて今来たかのように格子を叩きました。

女房たちは色めき立って、「ほらほら」など言いながら、灯を掻き立てて、格子を上げて源氏を招き入れます。

お側付きに居た陽気な侍従は賀茂斎院の女房と掛け持ちしているので、この時は参っていませんでした。
ますます奇妙な野暮ったい人ばかりになって、珍奇な光景です。

・ 閨

雪催いで女房達が心配していたのが、霏霏と降り始めました。
空模様も暗く、風が吹き荒れてきます。
隙間風に灯火が消えてしまっても、灯しに来る者もいません。

いとど愁ふなりつる雪 かきたれ いみじう降りけり
空の気色はげしう 風吹き荒れて 大殿油消えにけるを ともしつくる人もなし

なにがしの院で恋しい女が物の怪に襲われた日のことが思い出されます。
この邸もそれに劣らない荒れようです。
狭い邸なのと、あの時に比べれば少しは人気もあるのが多少は心強くはあるものの、ぞっとするような恐ろしさは同じようです。
傍らに寝ている顔も知らない女は、何を言っても何をしても、18歳の激情にさえ水を差すように生身の人の反応が薄く、慰めを与えてくれるところがありません。
不安で眠れない夜です。

こんな風な非日常的な状況では、情感が溢れて、女への愛がしみじみと深まったりもするものですが、
この姫君はただ殻を閉ざして愛嬌もなく手応えがないので、源氏は歯痒く思うばかりです。

をかしうもあはれにも やうかへて 心とまりぬべきありさまを
いと埋れすくよかにて 何の栄えなきをぞ 口惜しう思す


…………………
📌 櫛おし垂れて挿したる額つき
お雛様とか雲の上の方の前下がりの櫛の挿し方のことでしょうか。

📌 内教坊
主に女性に対して舞踊、音楽の教習をする役所。上東門付近。

上東門

📌 内侍所
賢所と同じ。温明殿にあり、 八咫鏡 を安置して、内侍が奉仕する。

温明殿




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