88なるべく挿絵付き 紅葉賀巻⑨ 藤壺宮の出産(妊娠出産カレンダー)
・ 三条の宮に 新年の挨拶に参る
源氏が参賀に参る先は多くはありません。
内裏、春宮、一院の御挨拶の後、藤壺宮の三条の宮に参りました。
「今日はまた格別にお美しいですわね」
「ご成長につれて、ますます、恐ろしいほどにお美しくおなりですわ」
と、三条の宮の女房たちは夢中で囁き合います。
几帳の隙からそんなことを見るにつけても、藤壺宮の物思いは已むことがありません。
・ 月満ちても生まれない御子
ご出産のあるべき十二月も何もなく過ぎて、皆が心配していました。
さすがに一月にはお生まれになろうと、三条の宮の者も待ち侘び、帝もそんな御心づもりでおわしますが、何事もなく過ぎてゆきます。
こうお生まれにならないのはもののけの仕業だろうかと世間が騒ぎ、
藤壺宮は、策もなく身の破滅を待つしかないのだと、体調もますますすぐれず苦しくなるばかりです。
身に覚えのある源氏ですから、事情をはっきりとは言わないまま、修法などをあちこちにさせています。
無常の世であるから、あの方が、この御産のことで見罷られることもあるのではないかと、あれやこれや考えては不安が止まりません。
・ 二月十余日 藤壺宮の出産
二月十余日の頃に男御子がお生まれになりました。
宮中でも三条の宮でも、すっかり憂いが晴れました。
藤壺宮は、この懊悩の中で、よくも無事に皇子を挙げおおせ、恥ずかしながらもよくも生き永らえたとも思います。
懐妊以来、罪におののきながら、この出産で命果てることさえ望んでいたのです。
でも、弘徽殿辺りで呪詛らしきことを言っていると耳に入ってくると、
もしも自分が命を落としていれば物笑いとなっていたのだろうと思い、
御子の為にも生きねば、決して負けまい、と思う心が強く起きてきます。
気力と共に少しずつ体調も回復していきます。
・ 出産後に出来した 藤壺宮の新たな悩み
帝は若宮との御対面を少しも早くと思されます。
一方の隠れた父である源氏の方も、恋しい方のことも御子のことも気にかかってたまりません。
人気の少ない時に三条の宮に参ります。
「矢も楯もたまらぬとの思し召しですので、まず私が若宮にお目にかかって、御様子を帝に奏上いたしましょう」と女房に言わせますが、
「まだお生まれたてでお見苦しうございますから」と、女房を介して返されるばかりです。
それも故あることで、実は、若宮は驚くほどに、紛うことなく由々しくも源氏に生き写しなのです。
皆が若宮誕生に沸いているのをよそに、母となった宮は自分を責めて苦しんでいます。
『この月勘定の合わなさに気付かぬ人はいないだろう』
『つまらない疵でも重箱の隅をつつくように探し出しあげつらうのが世間であるから、どんな悪評が漏れ出てくることか』
と、我が身ばかりの不幸が思われて、一人嘆きに沈むのです。
・ 王命婦の苦しみ
たまに王命婦に逢った時などには、言葉を尽くして手引きを頼むのですが、どうにもなりません。
王命婦は、源氏が若宮のことをひどく気に掛けているのにも、
「そんなにおっしゃらなくても」「そのうちに自然にお会いになれましょうに」と一通りのことを言うのですが、
源氏はもちろんのこと、王命婦にしても、それぞれの悩みの深さは尋常ではありません。
言葉に出して言ってよいことではないので、源氏は「いつになったら人伝てでなくお話しできるのだろう」とだけ言って泣きます。
「どんな前世の約束で、こう隔てられているのか
📖 いかさまに 昔結べる契りにて この世に かかるなかの隔てぞ」
「わからないのだ」
源氏は、恋しい方にも若宮にも会いたくて身悶えます。
王命婦は、源氏が気の毒でなりません。
宮の惑乱の中に、拒みながらも源氏を思い切れぬ心もあるのかと思い做すところもあり、命婦はそもそもの責めを負うべき身でもありますから、源氏を素っ気なく突き放すこともできず、
「見ておられる方も物思いなさっておいでです。 見ておられない方も更にお嘆きでしょう。 これが子を思う親が惑うという闇なのでしょうか
(📖 見ても思ふ 見ぬ はた いかに嘆くらむ こや 世の人の まどふてふ闇)
(Cf. 人の親の心は 闇にあらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな(後撰集 藤原兼輔)」
などと、宮の心を推し測ったつもりでひっそりと言うのです。
・ 王命婦を疎む藤壺宮
これだけ取り付く島もなく帰しても、世間が何と噂するか案じられる宮です。
王命婦に昔のように心を開いて親しむことはなくなりました。
王命婦は、人目につくことを怖れて表面上は穏やかになさっているが、自分を憎くお思いになることもあるのだろうと、とても情けなく、意想外のことだと思います。
眞斗通つぐ美
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