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頭中将闖入 取り乱す典侍 なんちゃって図像学『紅葉賀』⑰(9)95


・ 頭中将の悪戯

頭中将は、源氏がいつも真面目ぶって、自分の恋愛沙汰に説教がましいことを言うのを、憎らしく思っていました。
そう言う源氏が隠れてこっそり通っている先は多そうなので、ずっと、素知らぬ風でいながら、何とか見つけてやろうとばかり思っていました。

うちうち忍びたまふかたがた 多かめるを いかで 見あらはさむとのみ 思ひわたる


今夜、源氏が典侍のところに忍び入るのを偶然見つけた頭中将は嬉しくて嬉しくて跳び上がらんばかりです。

これを見つけたる心地いとうれし

「この機会にちょっと脅してやろう」「困らせて、どうだ、参ったか!と言ってやろうw」と思います。
夜更けまでは放っておいて油断させようと、夜の更けるのを待ち侘びています。

たゆめきこゆ


風が冷たく吹いて夜も更けると、室内のうつらうつらと眠り込んだ気配を捉えて、静かに入って行きます。

風ひややかにうち吹きて やや更けゆくほどに すこしまどろむにやと見ゆるけしきなれば
やをら入り来る


心安く眠れる気分でもなかった源氏は、僅かな物音を聞きつけてはっと目を開けます。

君は とけてしも 寝たまはぬ心なれば ふと聞きつけて

入って来たのが、まさか頭中将だなどとは思いもよらず、源氏は、
「そういえば、以前から付き合っていたという噂の修理大夫などは、まだ典侍に未練があると聞いたが、彼が忍んできたのか?」と思い、
「あんな年配の思慮分別あり気な人に、こんな不釣り合いな関係を見られるのは気恥ずかしい」と思います。

この中将とは 思ひ寄らず なほ忘れがたくすなる 修理大夫 にこそあらめ と思すに
おとなおとなしき人に かく似げなきふるまひをして 見つけられむことは 恥づかしければ

「厄介なことになった」「帰りますよ」
蜘蛛の動きでわかっていたでしょうに」「騙して泊まらせるなんてひどいじゃありませんか」
などと声を潜めて言って、身支度しようと直衣だけ抱えて、広げた屏風の陰に入りました。

あな わづらはし 出でなむよ 蜘蛛のふるまひは しるかりつらむものを
心憂く すかしたまひけるよとて
直衣ばかりを取りて 屏風のうしろに 入りたまひぬ


頭中将は、可笑しいのを堪えて近付いて、ガタガタと音を立てて屏風を畳み始めます。

中将 をかしきを念じて 引きたてまつる屏風のもとに寄りて
ごほごほとたたみ寄せて おどろおどろしく騒がす

源氏が慌てて身繕いどころでなくガタガタと屏風を広げ直し、頭中将が又ガタガタと畳み、源氏がガタガタと広げるという追いかけっこで、大変な騒ぎになります。

引きたてまつる屏風のもとに寄りて ごほごほとたたみ寄せて おどろおどろしく騒がす


・ 逃げずにとどまる源典侍

典侍は年は取ってはいますが、佇まいの美しい淑やかな人で、華やかな恋愛生活をしてきた人ですから、こんな修羅場が初めてというわけでもありません。

内侍は ねびたれど いたく よしばみ なよびたる人の 先々も かやうにて 心動かす折々 ありければ

動転しつつも、源氏の身を案じて、震えわななきながら、逃げ出さずにそのままそこにいます。

この君を いかにしきこえぬるかと わびしさに ふるふふるふ つと ひかへたり

源氏は、自分が誰かバレないように気を付けて脱出しなくてはと思うのですが、衣装は寝乱れ着崩れて冠も歪んだままで逃げる後ろ姿のみっともなさを思うと躊躇されます。
美学に反するのです。

・ 頭中将の更なる狼藉

頭中将は、声を出すと自分だとバレてしまうので、黙ったまま、ただひどく怒った様子を作って、太刀を引き抜きます。

ものも言はず ただいみじう怒れるけしきに もてなして 太刀を引き抜けば

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≪立派な源氏物語図 斬りかかってみせる頭中将≫

🌷🌷🌷『斬りかかってみせる頭中将』の場の目印の札を並べてみた ▼

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典侍は、「ねえ、あなた、ねえ、あなた」と手を擦り合わせて頭中将を拝みます。

あが君 あが君 と 向ひて手をするに


頭中将は笑い出してしまいそうです。

普段は行き届いて魅力的に若々しくしている典侍だから女としても見られたのですが、二十歳前後の美しい公達に挟まれて、57,8の女が寝乱れた姿で無防備に怖がり騒いでいる様は実に見苦しいものでした。

好ましう若やぎて もてなしたる うはべこそ さてもありけれ
五十七,八の人の うちとけて もの言ひ 騒げるけはひ
えならぬ 二十の若人たちの 御なかにて もの怖ぢしたる いとつきなし


・ 正体の露顕

そのうちに、別人を装って恐ろし気な様子を作っている頭中将の様子のわざとらしさから、源氏は却ってはっきり正体に気付いてしまいます。
「私だと知ってわざとやっているのだな」と急にばかばかしくなります。
「頭中将だな」とわかるととても可笑しくなって、太刀を抜いている腕を掴んで、きつくつねります。

いとをかしければ 太刀抜きたるかひなをとらへて いといたう つみたまへれば

頭中将は見つかるのは口惜しいのですが、我慢できなくなって笑い出しました。

太刀抜きたるかひなを とらへて いといたう つみたまへれば ねたきものから え堪へで 笑ひぬ

「全く、正気かね」「冗談もできないじゃないか」
「どれ、この直衣を着てしまおう」と源氏が言いますが、
頭中将は源氏を掴まえたまま離さず、身支度を許しません

「それなら、あなたも一緒に!」と言って、中の衣のままの源氏は頭中将の帯を解いて、こちらの直衣も脱がせようとします。
頭中将は、脱がされてなるものかと抵抗しますが、とやこうやして引っ張り合っているうちに、頭中将の直衣は袖の縫い目からびりびりと破れてしまいました。

頭中将は、
「包み隠していた浮名が漏れ出てしまいますよ」「引っ張り合ってこんなに破れた中の衣の上に直衣を着ても隠せませんよ」
「こんな御人に知られてしまいますよ」
(📖 つつむめる名や 漏り出でむ 引きかはし かくほころぶる 中の衣
上に取り着ば しるからむ)」

源氏は、
私達の仲を知りながら、言い触らしたげに薄い夏衣を着て来たのは随分薄情じゃありませんか。
(📖 隠れなきものと 知る知る 夏衣 着たるを 薄き心とぞ 見る)
と言い返します。

そして、恨みっこなしに双方しどけない姿になって、揃って温明殿を出ました。

うらやみなき しどけな姿に 引きなされて みな出でたまひぬ


📌 修理大夫

近衛府 と 内侍所 と 修理職 の 位階

📌 蜘蛛の動き

雨夜の品定めで、藤式部丞が学のある女の話をした時に、蜘蛛の動きで私が来るのがわかっていた筈なのに、臭くなるなんてひどいじゃないかと怒るところがありました。
📖 ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに ひるま過ぐせといふが あやなさ

🌺 つつむめる名や

📖 つつむめる名や 漏り出でむ 引きかはし かくほころぶる 中の衣に
上に取り着ば しるからむ ≪頭中将≫
  
包み隠していた浮名も漏れ出てしまいますよ。
  引っ張り合ってこんなに破れた中の衣ですから、上に直衣を着ても隠せません。
  こんな御仲も人に知られてしまうでしょう。

※ 引歌
📖 紅の 深染め(こそめ)の 下に着て 上にとり着ば しるからむかも
  濃い紅の衣を下に着れば、上着に透けて人にしられるでしょう。

中の衣
直衣と単衣の間に着る衣。歌の中で、男女の仲とかけて使われる。

🌺 隠れなきものと 知る知る

📖 隠れなきものと 知る知る 着たるを 薄き心とぞ 見る ≪源氏≫
  私達の仲を知りながら、言い触らしたげに薄い夏衣を着て来たのは随分薄情じゃありませんか。

📌 逃げなかった…

突然の暴漢の闖入。
いくら修羅場に慣れていると言っても、源典侍が逃げなかったのは凄いんじゃないかなと思います。
身を挺して源氏を守ろうとしたというのでもなさそうですが。
八咫鏡をお祀りする賢所のある温明殿ですから、警備への信頼が並みでなく、強盗盗賊の類ではなく、どうせ痴話喧嘩以上の物ではあるまいと高を括っていたのでしょうか。
二人の貴公子は、遊戯にかまけて、典侍が逃げないでいてくれたことなどはすっかり意識の外のようなのですが。

それぞれと関係のある男二人がじゃれ合いながら出て行っちゃった後、取り残された典侍さんの心中やいかにと思います。

眞斗通つぐ美

📌 まとめ

・ 頭中将闖入
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711319100281311281?s=20


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