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源氏物語 夕顔の巻 概略21( 右近の述懐)



・ 源氏の告白と後悔 つづき

「あちこちに無理をしてまで通い詰めたのも、こんな運命だとどこかわかっていたからだったろうか」「そう思うと余計に、あの人が気の毒にも恨めしくも思われるのだよ」「こんなに儚い縁だったのに、どうしてこうまで胸底に沁みるほどに、酷いほどに、あの人は私の心を捉えて逝ってしまったのだろう」
「あの人のことをもっと詳しく教えておくれ」「もう何も隠さずに」

「七日七日の法事の度に仏画を描かせても、今のままでは誰の為にと心中で祈ればよいのかもわからない」


・ 夕顔の素性

「お隠ししようなどと思ってはおりませんのですが」「主人が黙っていたことを、亡くなられたからと言って慎みもなくお話し申し上げてよいのかわからないのですが…」

「父君は三位中将様でいらっしゃいましたが、

御両親様ともに早くに亡くなられました」
「とても愛らしい姫君ですから可愛がっておいででしたが、御出世も御寿命までも思うに任せず儚くなられました」

「その後、御縁がございまして、今の頭中将様がまだ少将の頃に通って来られるようになりまして、3年程は御誠実なように通って来られました」

「それが、去年の秋頃、あの右大臣様の方からとても恐ろしい後妻打ち(うわなりうち)の予告がございまして」

「世慣れぬお姫様でございますから大層恐ろしがって、西の京の乳母の所にお逃げになったのでございます」
「むさ苦しい所でございましたから山里の方に移ろうとしたところ、今年はそちらは方角が悪うございました」
「それで、方違えのつもりであの五条の賤しい家においでになったところで、殿様のお目に留まることになりましたのでございます」
「侘しい家をお見せしてしまったことを悲しんでおられました」

「少し普通と変わってお見えだったかもしれません。ものづつみなさると申しますか控え目と申しますか、思い悩む様子を見られるのは恥ずかしいというお気持ちのとてもお強い方でございました。
ご気分を表にお出しにならないで、いつも平静に、さりげないご様子でいらっしゃいました。

源氏は、右近の言葉から、夕顔の掴みどころのなさと感じたものの正体を知れた気がして、「そうであったのか」と今更に思っては、いよいよ恋しく思われました。

📌 後妻打ち(うわなりうち)

大河ドラマで、北条政子が頼朝の愛人の館を襲撃させた後妻打ち(うわなりうち)がクローズアップされていましたが、
『殴り合う貴族たち 繁田信一』という御本に、平安時代の後妻打ちのことが踏み込んで描かれていたように思います。
攻撃側の富と権力によっては、襲撃略奪どころでなく、家人を動員して家屋まで破壊し尽くす凄まじさだったようで驚きました。
先の妻、時には先の夫に許された半ばお咎めもない公認の権利のようだったのも驚きでした。
日時の予告もあったようですから、実家の富と権力が拮抗していれば迎え討つ事態もあったのかもしれませんが、右大臣家と親のいない子では、勝負のしようもありません。
身を隠すほどの恐ろしいいやがらせと言われていることの恐ろしさの度合いが桁外れでした。

貴族社会の近辺で後妻打ちがまあまあ横行していたことが小右記にあるそうですから、式部さんも見聞きし、夕顔はそれがどういうことか知っていたということなのでしょう。

(📖 去年の秋ごろ かの右の大殿より いと恐ろしきことの 聞こえ参で来しに 物怖ぢをわりなくしたまひし御心に せむかたなく思し怖ぢて 西の京に 御乳母住みはべる所になむ はひ隠れたまへりし)

図は江戸時代の岩佐又兵衛の山中常盤物語。常盤御前が奥州の牛若を訪ねる旅の途上、山中で山賊に襲われる場面です。
後妻打ちで襲撃を命じられた下人はこの程度に略奪し放題で、更に家まで壊して意気揚々と引き上げたのでしょうか。

Cf.『夕顔の巻』右近の述懐

眞斗通つぐ美

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