2022年私的年間ベストアルバム

1位 寺尾紗穂『余白のメロディ』

寺尾紗穂が耳を傾けるのは小さな声、忘れられていく声、軽んじられる声。つまりこの社会の列からはみ出してしまった者たちの声である。彼女が福岡でライブを行った際に、共演者やお客さんから「今日のライヴには河童が来ている」と言われたことで生まれたという「歌の生まれる場所」。私は幽霊も妖怪も信じない人間であるが、しかし彼女のライブでこのエピソードを聞いた時には微笑ましい気持ちになった。寺尾紗穂は今もなお、そして恐らくこれからもずっと、“目には見えない者”へと眼差しを向けて歌うのだろう。きっとここで言う“河童”とは、この社会から切り捨てられていく多数の(そう、もはやマイノリティなんて言葉は使えない)市井の人々のメタファーでもあるはずだ。だからこそ付録のエッセイ『取り戻せないことの上に』に登場する河童は、こんな風に言っている。“俺たちゃ、まだいるんだぜ”と。

MC.sirafuが素敵な詞をよせた「良い帰結(Good End)」は、心弾むパーカッションが印象的なポップソング。あだち麗三郎と伊賀航という冬にわかれての面々で演奏する「確かなことはなにも」は、バンドで醸成されたアンサンブルにうっとりする佳曲である。「光のたましい」は初めて聴いた時には本当に震えた。霊妙と言ってもいいほど美しいピアノの音と、慈しみ深い歌声.......鍵盤の音と彼女の声だけで聴かせるこの曲は、寺尾紗穂の真髄と言っていい名曲だ。誰もが息を飲むであろう西岡恭蔵の「Glory Hallelujah」のカバーまで、本当に素晴らしい楽曲がいくつも納められている。

音数を少なく抑えた“余白たっぷりな”アレンジと本タイトルは、この社会への彼女からのささやかな提案だろう。実際コロナ禍になってから、世界は本当にゆとりがなくなっているように思う。私たちは余白を取り戻せるだろうか。わからない。でも、寺尾紗穂のように光の届かない場所に火をくべる音楽家はいる。<どうせぼくらは 変わらないし変われない そう言うあなたに 一番綺麗な夕焼けをあげよう>(「歌の生まれる場所」より)。この音楽の余映を感じている内に始めたい。考えること、そして語り合うことを。

2位 caroline『caroline』

2022年にこの上なく魅惑的なギターを鳴らしたバンド。寺尾紗穂の『余白のメロディ』と並び、最も愛聴した作品。carolineの旋律には記憶の彼方から響いてくるような親しみやすさと、ここにはまだない閃きを感じさせる。ヴァイオリンやチェロ、ピアノの音は有機的に絡み合い、牧歌的なフォークのようにも聴こえるが、クラシックのような壮大さがあり、スローコアを思わせる静けさと構築美がある。ジャケット写真も示唆的だ。文明のない場所から生活を再開するような、そんな再出発の予感を抱かせる。そして歌われるのは<Good morning/Its that time again/(Can I be Happy In this World?)>(「good morning (red)」より)というフレーズ。今私たちに必要なことは、終わりから始めること。この暗い時代の中で、より良い共生の方法を見出すこと。だから8人組の即興音楽集団という形態にも惹かれたのかもしれない。ユートピア(理想)を目指すなら、まずはコミュニティ(共同体)から。

3位 Henning Schmiedt『Piano Miniature』

川の流れをずっとぼんやりと眺めているような静謐な時間。本作を聴いている間は、全ての運動がスローダウンする。旧東ドイツ出身のピアニスト・Henning Schmiedt。彼の音楽に出会ったのは前作『Piano Diary』で、閉じた空間で録音されたような親密なサウンドは、すぐさまコロナ禍におけるお守りになった。それから1年足らずで届いた『Piano Miniature』は、タイトルからも推察できる通り前作から地続きの作品である。映画音楽や歌曲、交響曲からの影響を、彼のソロピアノによって再構築したかのようなミニチュア世界。ノスタルジックな旋律は、過去の記憶を喚起するがしかし、同時に穏やかな未来があるのかもしれない、というそこはかとない希望をも抱かせる。夜、眠れない夜、誰もが寝静まった時間にこの音楽を聴いている。

4位 ギリシャラブ『魔・魔・魔・魔・魔』

<ぼくらはただの物だから>、<退廃万歳/倦怠礼賛>、<人間のふりした獣たちが群がる乱行パーティ>。天川悠雅は楽しんでいる。この社会を覆う良識やモラルを疑う、素晴らしきロックミュージック。 この音楽の前では、どんなご高説も裸の王様だ。京都出身、現在は都内へと活動の拠点を移したギリシャラブによる4作目のフルアルバムで、メンバー脱退の不安もあったが、本作を聴けばそれが杞憂であったことがわかるだろう。80年代ポストパンク/ニューウェイブに傾倒した、淫らで不気味で踊れるバンドサウンド。<ラブとピースより/ハグとキッス>、<趣味は悪いほどいいに決まってる>。その通り。私のようにだらしない人間には、このくらい軽薄な方がいい。こういう作品に騙されたくて、日々音楽を聴いている。

5位 Florist『Florist』

ブルックリンから届いた妙々たるアンビエント・フォーク。ハドソンバレーに借家を用意し、4人のメンバーが生活を共にしながら制作したという全19曲。互いの関係性がそのまま音へと還元された本作には、楚々としたバンド・アンサンブルがパッケージされている。各所で絶賛された前作『Emily Alone』と比べても、全く引けを取らない出来栄えである。慎ましやかに配色されたエレクトロニクス、シルクのような柔らかさで支えてくれる鍵盤、生命力を感じさせるオーガニックな音色、そして小鳥のさえずりを思わせるエミリー・アン・スプレイグの歌声......「Red Bird, Pt. 2 (Morning)」の心洗われる旋律や、「Sci-Fi Silence」のアナログシンセが誘う思索のひととき、「Duet for 2 Eyes」の可憐なギターの音色など、本作の聴きどころを挙げればキリがない。結成から10年の節目に作られたセルフタイトル作は、今後も彼らのキャリアにおける一等星であり続けるだろう。

6位 Loraine James『Building Something Beautiful For Me』

Whatever The Weather名義でリリースした「14℃」は、今でも聴くたびに息を止めてしまう。明媚な風景に臨むような並々ならぬ美しさを感じるからだ。toeやLITEといった日本のマスロックからの影響を感じる「6℃」の旋律も、琴線に触れるものがある。だが、より多く耳を傾けたのは、Loraine James名義の『Building Something Beautiful For Me』だった。不遇のキャリアを送り、1990 年に他界したJulius Eastmanの作品を再構築した本作。とはいえ、直接的な引用はほとんど見当たらない。「私のために美しいものを作る」というタイトルにも象徴されるように、時間を超えて受け取ったインスピレーションを元に、新たな宝石を生み出したと見るのが自然だろう。暗い海を小舟で漂うような紺青色のアンビエント「The Perception of Me(Crazy Nigger)」、脈動するシンセサイザーと力強く打ち付けられるリズムに飲み込まれる「Enfield, Always」、そしてドローンの彼方から僅かばかりの声が届く「What Now?(Prelude To The Holy Presence Of Joan D'Arc)」。過去と現在を繋ぎ合わせ、少し先の未来を照らす。幻惑する電子音響。

7位 Isik Kural『in fubruary』

光の雫が溢れるようなピアノの音色、愛らしい響きのアコースティックギター、そして長閑に漂うシンセサイザー......Isik Kuralの声は子守唄のように優しい。まるで不眠に悩まされる都市に、そっと安らかな時間を与えてくれるように。イスタンブールで生まれ、音楽工学を学ぶために渡米した後、現在はグラスゴーに定住しているというIsik Kuralの3作目のアルバム。少ない音数ながら豊かさを感じるメロディと、柔らかく広がっていくサウンドスケープの融合は、サウンドデザインの修士号を持つというその経歴によるものだろう。フィールドレコーディングされた街の音色や子供の声が、聴き手を遠い世界へと連れ出していく。“音の写真家”とも称されるミュージシャンによる、全くもって素晴らしい逸品。パステルカラーのアンビエント・ポップだ。

8位 Makaya McCraven『In These Times』

音楽における桃源郷。鳴り終わった後の聴き手の心象を予言するかのように、この音楽はリスナーの拍手と歓声から始まる。ビート・サイエンティストの異名をもつジャズ・ドラマー、Makaya McCravenによる3作目のアルバム『In These Times』。参加しているのはジェフ・パーカー(ギター)、マーキス・ヒル(トランペット)、グレッグ・ワード(サックス)、ジョエル・ロス(ヴィブラフォン)ら名うてのプレイヤーたち。5つのスタジオと4つのライブ演奏スペースで録音された音源を、7年の歳月をかけてエディットしたという作品である。異世界へと誘うオリエンタル・ファンク「Dream Another」、ハープの麗しい旋律に息を呑む「Lullaby」、柔らかいタッチで乱打されるパーカッションに吸い込まれる「Seventh String」......作品を通して魅惑的な変拍子やポリ・テンポに出会う怪作である。

9位 The Beths『Expert In A Dying Field』

ブリリアントという言葉は、こういうバンドにこそ相応しい。ニュージーランド出身のインディポップによる、目覚ましいクオリティのサード・アルバム。ギタリストのジョナサン・ピアースが持つスタジオで行っていたレコーディングは、ロックダウンによって一時中断。そこからはリモートでアレンジを練り上げていき、年が明けた2022年、2月からスタートした全米ツアー中にミキシングを行ったというアルバムである。ライヴで楽しめる作品にしたかったという本作には、鬱憤を遥か彼方の宇宙までぶっ飛ぶような爽快感がある。冒頭の表題曲はいきなり名曲で、続く「Knees Deep」はどこかThe Strokesを思わせる引き締まった演奏が印象的だ。今作屈指のスピードを誇るパワーポップ「​​Head In The Clouds」から、恋人への思いを綴った甘く切ないラブソング「Your Side」へ。その瑞々しさはラストのポストロック/オルタナティブを吸収したようなアンサンブルの「2am」まで、全く陰ることがない。本作で使われている楽器は(ほとんど)ギター、ベース、ドラムのみ。サウンドからは4人の笑顔と生気が伝わってくる。

10位 ドレスコーズ『戀愛大全』

強烈なビートをお見舞いするニューウェーブ「ナイトクロールライダー」、輝くシンセサイザーが乱反射する「僕のコリーダ」、ドコドコと刻まれるドラムとセンチメンタルなメロディが心地良いポップソング「エロイーズ」等々......10編の恋を描いたショートムービー風アルバム『戀愛大全』。過去2作のモノトーン調とは別れを告げた、チアフルで色鮮やかなラブソング集である。ドレスコーズではあまり見られなかったリヴァーブをかけたサウンドや、ドリーミーな音色が全景化したのは、実際にここで歌われる物語が“夢”だから。2020年以降、マスクや消毒液、アクリル板にソーシャルディスタンスと、志磨曰く“人類史上で最も潔癖な世代”となった我々が失ってきた風景である。恋を謳歌する本作の主人公たちは皆若々しく、きっとこの先互いに傷付け合うのだろう。<遊んでるばっかで イッツオーケー/ここもタバコだめになるって>。そう、いつかこの場所すらも追われる事になるのだろう、幼くも美しい恋人たちの夏。

11位 zmi『Piano Diary』

zmiのピアノは優しい。彼女の叩く鍵盤の音は、慈しむように空間を包み込む。それはまるでガラス細工をそっと掬い上げるような繊細さであり、壊れやすい私たちの心にそっと音の雫を落としていく。前作『ふうね』から約7年半。現在はバンクーバーに暮らすというzmiのセカンド・アルバムには、奇しくもHenning Schmiedtの2021年作と同名のタイトルがつけられている。曲のタイトルはすべてが日付、筆の代わりに鍵盤を用いて綴られたzmiの日録である。『ふうね』にも『Piano Diary』にも、それぞれジャケットには川の絵が描かれている。きっと「水」は彼女の音楽における重要なモチーフなのだろう。日々は川のように流れていく。代わり映えのしない毎日でも、少しずつ変化しながら。詩美を感じる旋律、発光する音色、『ふうね』よりも静的で、ボーカルを含んだ曲が2つばかり入っている。それはまるで祈りのように響いている。

12位 Maita『I Just Want to Be Wild for You』

心悲しげなピアノの旋律、まどろむような音色、喪失感を思わせる「Loneliness」で始まるこのアルバムは、しかし2曲目の「Pastel Concrete」から徐々に加速していく。憂鬱と爽快を行ったり来たり、感情の赴くままに綴ったような詞曲がMaitaの個性だ。ポートランドを拠点に活動するシンガーソングライター・Maria Maita-Keppelerによるプロジェクト・Maita。リリースは前作に続き、DeerhoofやSleater-Kinneyを輩出したUSの老舗インディーレーベル"Kill Rock Stars"。インディロック、オルタナティヴ、フォークを丁寧に結びつけたサウンドもさることながら、最大の妙味は彼女の声である。おっとりとした表情を浮かべたかと思えば、パッと浮かんだ閃きに任せて突っ走るような活力があり、楽曲を情感豊かなものに変えている。白眉はMitskiやLucy Dacusが暴れ馬に乗ったような「You Sure Can Kill A Sunday, Part I」。

13位 S. Carey『Break Me Open』

「Dark」の神秘の森を彷徨うようなサウンドスケープや、「Starless」の優しい幽霊が出てくるんじゃないかと思わせるシンセサイザーの音色。あるいは、雄大な自然の中でひとりで暖を取るような、寂しくもあたたかい情景を思わせる「Island」。この音楽に惹かれるのは、そうした仄暗くも親しみを感じる音景故である。Bon Iverのドラマーとして活動する傍ら、Sufjan Stevensの『Carrie & Lowell』への参加や、Lowのプロデュースなどの経歴を持つマルチプレイヤー・S. Carey。彼のソロ4作目のフルアルバムは、自身の結婚生活の破綻や父親の他界など、プライベートでの喪失体験に影響を受けて作られた。心の傷を癒すように、エレクトロニック・サウンドとアコースティック・サウンドを結びつけ、そこに儚くもあたたかい歌声を乗せていく。ジャケット写真に写るのは、田舎に建てられた一軒の古屋。失うものは数知れど、それでも、私たちには帰る場所がある。

14位 Mom『¥の世界』

何もかもが商品。僕も君もこの¥の世界では、切り売りされるかもしれない存在なのである。Momは金に支配されたこの世界の中で、自らもそのシステムの一部であることを知っている。<病んでる文明のど真ん中>で歌うことの、その虚しさを知っている。取り乱したようなエレクトロニック・サウンド、人間性を手放さないアコースティック・サウンド、これはある作家の魂の咆哮。散りばめられたSF的アイデア、ジャケット写真はまるでゴーストだ。私はムンクの『叫び』を見るのと同じような気持ちで、この音楽を聴いている。作品を経るごとに増してきた歌の比重は、今作でひとつの到達点を見せたと言えるだろう。この音楽は共感など求めてはいない。ただ、格闘する姿勢を見せるだけ。怒りと笑い、希望と不安、情熱と諦観が、ひとつの音楽の中で衝突し、融和している。

15位 Alice Boman『The Space Between』

白い世界、とても綺麗で目が眩む。雲の上を漂うようなドリームポップの中に、天使が歌っているようなAlice Bomanの声が降り注ぐ。スウェーデン南部のスコーネ地方の都市、マルメを拠点とするシンガーソングライターである彼女は、 前作『Dream On』にも勝るとも劣らない出色のアルバムを作り上げた。プロデュースはLana Del Reyの作品なども手がけるパトリック・バーガー、2曲目にはPerfume Geniusとのコラボ曲という、ささやかなサプライズも含まれる。「難しい感情や悩み、さまざまな痛みに対処すること」をテーマに書いたという「Where To Put The Pain」もよく聴いた。だが、1曲だけ選ぶとしたら「What Happens To The Heart」だろう。心を落ち着かせるアンビエンス、麗しく繊細なサウンドスケープが目の前に広がっていく......ここが天界だと言われたら、きっと信じてしまうだろう。

16位 Beabadoobee『Beatopia』

「ビートピア」は彼女が子供の頃に抱いた空想世界。公園の遊具から飛び込んだ先にある理想の国。かつてクラスメイトに笑われたことで、心の奥底に仕舞い込んでしまったその「イメージ」を、ミュージシャンとして鮮やかな音楽表現に変えている。前作の『Fake It Flowers』よりもドリーミーでカラフル、そして何より自由奔放な作品だ。たんぽぽの綿毛がそっと空を舞うようなインディポップ「See you Soon」、清らかな音色のストリングスが耳を惹く「Ripples」、ボサノヴァのリズムで歌う「the perfect pair」。さらにはティーンの頃のトラウマを囁くように聴かせるフォークナンバー「broken cd」、打ち込みの音に乗って加速していく「tinkerbell is overrated」ーー前作を印象付けていた、「90’sオルタナティヴロックへの憧憬」という特徴は早くも後景へと退いている。どこまでも飛んでいきそう。

17位 七尾旅人『Long Voyage』

GEZANが呼びかけた『No War 0305 Presented by 全感覚祭』で、七尾旅人の「同じ空の下」を聴いた。彼は静かに、それでいて力強く<殺すなよ><殺すなよ>と歌っていた。『Long Voyage』は<意図せざる航海>を続ける人々、つまりこの社会に生きるあなたへと向けて歌われている、ボトルメールのようなアルバムだ(CDには彼からの手紙が添えられている)。哀歓を込めたフォーク、心あたたまるソウル、そしてうっとりとするようなジャズ......見つめているのは15世紀における新大陸での征服活動、17世紀の奴隷船、この国の入国管理局、コロナ禍の困窮者、そして2022年に始まったウクライナ侵攻ーーその中で暮らしている、統計や地図には映らない市井の人々だ。<悲しみを 追い越して 歩き出すふたり>。大比良瑞希と歌う「ドンセイグッバイ」は、シングルで聴いた時よりもずっと感動的である。悲しみの多きこの一生を、それでも目一杯愛(かな)しむように七尾旅人は喉を震わせる。

18位 YUSUKE CHIBA-SNAKE ON THE BEACH-『SINGS』

同梱されたフォトブックに収められているのは、チバユウスケが撮ったモノクロの空、水平線、街、そして木々......彼の瞳には人間は映っていない。でも、こんな世界にも愛する人はいる。<あいしてる人がいないなら/そんな場所意味なんてねぇよ>。クソッタレなこの世界と、ほんの僅かな抱きしめるべき愛。大事なのはそれだけ。チバユウスケの哲学はシンプルで、そのシンプルさ故に、この30余年のキャリアを突き抜けてこれたのだろう。『SINGS』はソロワークで初めて“歌”にフォーカスを当てた作品である。“バンドサウンドを基調とした歌もの”という意味では、The Birthdayの諸作に近い音楽とも言えるだろう。とりわけよく聴いたのはロマンチックな詩情を綴った「星粒」。それから静けさを感じる演奏の上で、侘しくも力強い語り調の歌を聴かせる「新宿」だ。リリース後に行われた個展に足を運ぶと、在廊していた彼と話すことができた。そこで見た朗らかな表情が、チバユウスケの創作のモードなのだろう。

19位 Arctic Monkeys『The Car』

素晴らしいアートワーク。映っているのは望遠で撮られた屋上の風景、そこにぽつんと置かれた一台の車である。無駄なものは何もない。移動(あるいは旅)の代名詞である「The Car」というタイトルとは裏腹に、もしかしたらこの車はずっとここから動かないのではないか、というそんな発想を抱く写真である。サウンドの中心はピアノからストリングスに変わったが、おおよそ『Tranquility Base Hotel & Casino』の延長線上にあるアルバムであると言えるだろう。ここにはスティーリー・ダンやバート・バカラックを思わせる芳しいポップス、うっとりとする旋律が流れている。それは美しい映画のエンドロールを眺めるような、少しの寂しさを伴うものである。そのノスタルジックな響きからは、人生を振り返った時に思う悲哀を感じずにはいられない。

20位 Pale Blue Eyes『Souvenirs』

どことなくCluster & Enoの大名盤を思わせるジャケット写真。バンド名の“Pale Blue Eyes”は、Velvet Undergroundの楽曲から取ったものだろうか? 意味ありげな匂いを醸すデビューアルバムである。男女混成のスリーピースで、出身はイングランドのトットネス。時空を飛び越える船に乗り、70年代のドイツと80年代のイギリスを旅するような音楽性ーーポストパンク、クラウトロック、シンセポップ、サイケデリック・ロックをミックスしたようなアルバムで、なんともロマンを感じる新人である。電子空間のハイウェイを駆け抜けるようなニューウェイブ「 TV Flicker」、クラフトワークをファニーに翻訳した感じの「Dr Pong」、Echo & the Bunnymenが宇宙を目指して旅立ったような「Honeybear」、Neu!への憧憬を感じずにはいられない「Under Northern Sky」、そして銀河遊泳を目論んだようなポストロック「Chelsea」。荒削りだがしかし、ソングライティングには光るものがある。


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