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ふありのリハビリ作品 act.8

Make a With (願い事)


※こちらの作品は、マガジン作成もしておりますので、ご興味を持たれた方、途中参加の方は、そちらからもよろしくお願いします。


#8、邂逅

終業のチャイムが鳴る。
結局、風帆かほとは、一言も喋らなかった。というか、クラスの女子全員に無視された。あたしなんか、ここに存在していないように扱われ、肝心の風帆からは、クスクス意地の悪い笑い声が聞こえた。
取り敢えず、帰宅の準備をして、騎士先輩を待つ間、心を無にしてやり過ごそうと思ったが、出来そうにない。
すると、遠くの方から女子生徒の悲鳴が響いてきた。
…騎士先輩?
あたしは立ち上がり、学校指定のバッグを肩に掛け、廊下に出る。
「騎士先っ…!…え?」
そこに立っていたのは、騎士先輩…ではなく、まれくんだった。
「遅い!王子ったら5分遅れだよ。もう、ウチを待たすなんて、いい度胸…」
風帆…。
コツコツコツ……。
品の良い足音が聞こえ、あたしは、なんでこのタイミングで来るかな…と虚しくなる。
「白雪、迎えに来た」
簡潔に言葉を伝えると、騎士先輩は、あたしの左腕を掴み、女子生徒でごっちゃ混ぜの廊下を、あたしの身体を護りながら、縫うようにして歩いてく。
「…あの…騎士先輩…。歩くの早いです!歩幅が全然、違うので…」
あたふたするあたしの言葉に、騎士先輩は、ああ、と納得して、
「すまない。ここは…空気が淀んでいるな…」
と、呟き、一歩足を止める。
瞬間、ほんの一瞬の隙に、背後から稀くんがあたしの手を握り、走り出す。
「…ま…稀くん?」
「黙って!」
そう、言われるがままに、稀くんの後を着いて行く。まだ、教室や廊下に残って雑談をしている生徒たちをかわして、稀くんはしなやかな動きをして、決してスピードを緩めたりしない。
稀くんは屋上への階段を登り、
「莉々…。お願い、僕を思い出してっ!」
返事ができないほど、息を切らしてしまったあたしは、呼吸を整えるのに精一杯で、頑丈な扉を開け、稀くんのされるがままにあたしの身体は、屋上に押し出され、ガシャンと牢屋の鉄格子が降りたかのような音を響かせた。

「え…ち、ちょっと稀くん?」
あたしの言葉に被さるように、ものすごい強風がブワッと吹いてきた。
髪の毛がバサバサバサッと視界を覆い、を開けていられない。
風が、いでいくと、そおっと眸を開ける。

そこは、学校の屋上では無く、潮の香りのする荒い海の水しぶきが打ち寄せる崖だった。
「男…の子…?」
崖っぷちに幼い男の子があたしの方を見て、言う。
(お姉ちゃん)
「え…な…何?」
(約束、だよ)
あたしは、男の子の声を求めた。男の子が立つ場所は、海壁で、足が乱れたら、転落してしまうのだろう…そんな危ういところにいる。
「…僕、ママのところに行くの」
男の子があたしを見つめる、大きな眸いっぱいに涙が溢れていた。
男の子は、小さな歩幅を一歩後退する。
「だっ、だめーーー!!」
『ダメーーーッ!!』
ドクンと胸を打つ衝撃。
あ…れ…。
小さな女の子の叫び声。あたしの身体から、抜け出したもう一人のあたしが、男の子に近寄る。
『あたし、莉々りり。将来、大きくなったら、あなたのお嫁さんになってあげる。そしてね、たくさん赤ちゃんを産んで、大家族になるの!だからね、約束。天国のママの処にはまだ行かないで!これ、あたしの宝物。今からはあなたのお守り。スミレのペンダント。淋しくなったり、悲しいことが起きたら、これを見てあたしを思い出して。ね。約束よ!』
子供のあたしが、男の子の細い首にスミレのペンダントをつける。そして手を引いて、海壁から離れ、こちらに歩いてくる。
『うん。約束だよ。大きくなったら、僕のお嫁さんになってね。僕、待っているから』
『約束するわ』
二人はあたしの前まで来ると、一旦足を止めて、
『約束』
と、微笑んであたしの身体をすり抜けて、消えていった。
すうっと、あたしの意識も消えかけたとき、背後から華奢な腕に抱きとめられた。顔だけ後ろに振り向くと、
「…稀…く…ん」
稀くんが、にっこり笑ってあたしをキチンと屋上の、コンクリートに立たせた。そして、制服の胸ポケットからそれを取り出し、あたしの首につけた。
「約束のスミレのペンダント。僕たちの思い出…」
そう言って、ぎゅううっと、あたしを抱きしめ、
「お願い…僕を…思い出して…」
と、心を絞ったような切実な言葉を囁かれた。なんだか、また、泣きそう。
「…大丈夫。全部…思い出したから…」
結果的に、あたし達は1時限の授業を丸々サボり、屋上で肩を並べて、ペタンと座り込んでいた。
「…あの日も風が強かったでしょう。ここに入学して、やたらと女の子たちが追いかけてくるから、僕、一人になれる場所を探したの。それがここ。ここに出た瞬間、ものすごい強風に当てられて…この風を莉々も当たれば、きっと思い出してくれると思った」
稀くんは、遠慮がちにあたしの顔を覗き込んでくる。
その表情が、不安げに見えて、今にも泣き出しそうだったので、あたしは、カバっと稀くんの頭を抱きしめた。


#9、紅王子稀くれないおうじまれの過去、に続く


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