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ふわふわ 序


 〜それははじめて恋を知った少女の、心の幸と不幸の癒やしと再生の物語〜


『…そして、お姫さまは王子さまと結ばれ、幸せに暮らしました』

「…ですって。ちょっと美羽、まともに話聞いていたの?」
 名前を呼ばれ、あたしは振り向く。
 あたしの名前は七瀬美羽。公立宮坂中学校3年生の…いわゆる受験生ってやつ。身長体重は平均的で、特出した美貌も何もないごく普通のどこにでも居る女の子…なのだが、どうしても外見であたしは浮いてしまう。例えばの話、あなたのチャームポイントは?と、訊かれたら真っ先に『髪の毛!』と、答えるだろう…あたしの祖母がブルガリア人の血の流れるクォーターだった。で、隔世遺伝があたしの身に発生した。驚きだ。でも唯一救いなのは、クォーターのためかあからさまに『外国人です!』みたいなブルガリア容姿ではない。ただ、そのほんのすこしばかり髪の毛が琥珀色だった。眸は日本人らしく淡い栗色の混じった黒目。その他の顔パーツは如実に日本の女子中高生となんら変わりが無い。そう、あたしは自負している。
 
 夏休みを間近にしたある日の夕方、あたしはママに最後通牒を突きつけられた。あたしはリビングのレースのカーテンを少しばかり開けて、庭に咲くタチアオイの紅い花をぼんやり見ていた。2メートルも背丈があるその花は、まるで女王のように威厳があった。
「…う。…み…う…美羽!聞いているの?」
 背中からすこし苛立ったママの声が聞こえてきた。あたしはレースのカーテンを閉じて身を翻すと、キッチンで今晩の夕食を作っているママに返事した。
「な~に?ママ」
 そう言いながら、キッチンカウンターのスツールに腰掛ける。両腕をカウンターの上で組み、そこに顎をのせる。だらしないかもしれないけど。ママは夕食のクリームシチューを作っている。今は小さく刻んだブロッコリーをザッと水に通す。瑞々しい緑の匂い。それを、お鍋の中に入れる。先客のジャガイモと人参とお肉も、なんとなく居心地が悪そうに浮かんでいる。
 そして、柔らかい香りの、とろりとしたホワイトクリーム。シチューにしてはこのくらいの具材であたしは満足。あれこれ入れるより、シンプルなのが個々の具が引き立つから。
「いいこと美羽。これから話すのは、パパとママがあなたのことを考えて結論を出したことなの」
「…あ…あたしの為?」
「そうよ。あなたの為。で、本題だけど、美羽、率直に言わせてもらうわね」
 ママがお玉を剣のようにあたしの顔寸前に突きつけ、
「あなたに家庭教師をつけることにしたの!」
と、誇らしげに言い切った。

#1へ続く

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