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ふわふわ #5

〜それははじめて恋を知った少女の、幸と不幸とそして癒やしと再生の物語〜


 あーびっくりした。あんな美しい外人さん、いる所にはいるんだ。心臓が飛び出ててもおかしくないくらいの美麗なお兄さんと、可憐な美少女の組み合わせ。チュッパチャプス気に入ってくれて良かった。でも…あの美形のお兄さん、男の人にしては身体の線が細くて…ちゃんと食べているのかなぁ…。それに忘れてはいけない…あの紅い眸…あれはカラコンだよね。だってこの地球上に紅い眸の人種なんて存在しない。黒のフロックコートの黒尽くめの美形お兄さんと、大きなウサギのぬいぐるみを抱えた美少女…また会ったら今度はもっとおいしくて、お腹いっぱい食べれるものを食べさせてあげたいな…。
「…あの、君…もしかして七瀬美羽ちゃんかな?」
「…へ?」
 急に名前を呼ばれ、驚いて駆け降りていた足が反射的にピタリと止まる。だれ…今あたしの名前呼んだの。なんか…低音ボイスにツヤ感を出した、一度聴いたら二度と忘れない色気のある声。含み笑いで語られる言葉。あたしがキョロキョロとしているといきなり左手首を握られた。
「下だよ、美羽ちゃん」
 その言葉と一緒に、大きな手のぬくもりを感じ、ゆっくり下を見ると、そこには、今風のアッシュグレイの髪型に澄んだ黒い眸、小さな顔は中性的で、人懐っこい穏やかな青年が立っていた。先程の美形のお兄さん程ではないけど、すれ違い様、振り向かせるくらいの格好良さがある。
 お兄さんは階段の踊り場まであたしの手首を掴んだまま登り、
「あんなに急に階段を駆け降りていたら、危ないよ」
 こ、これはなにかの間違いなのでは。低音色気ボイスのお兄さんは…もしかして…
「…間違いだったらごめんなさい。も…もしかして家庭教師の…依月凪七さん…ですか…?」
「…は?何そのリアクション?ああ…俺のこと誰にも訊かなかった?ってか…まじかよ。カテキョの赤薔薇の王子様だって」
 低音色気ボイスのお兄さんは、折角キレイにセットされた前髪をぐしゃぐしゃ掻く。
「あ…あの…赤薔薇の王子様とは伺っていませんでしたが…美人さんだと母に伺っていました」
 おずおず、小声で言うと、依月先生はくるんとバレエのプリンシパルのように回転して、あたしに一輪の赤い薔薇を差し出した。
「はい、どうぞ。可愛いお嬢さん」
「あ…ありがとうございます。あの…依月先生は、女性ではないのですよね…あ…母が、美人のお姉様って言っていたから…て…手違いか何かだったのか…な…」
 あたしが、俯いてゴニョゴニョ言っているのに依月先生は、
「別にカテキョが男だろうが女だろうが構わないじゃん。それともさあ、君、なんか性別にこだわる理由とかあんの?性癖が、百合…とか…?」
 そう言って依月先生は、あたしの耳元で囁くように言うので、変にドキドキして両目を塞ぐ。
「…中学生だって?まだまだ子供じゃん。でも、俺の声には反応するんだ?アリガト、ね」
 あたしは何か言い返さなくてはいけない気がしたんだけど、依月先生が、眸を細め、面白い玩具おもちゃを見つけたように、
「ふーん。そんな眸も出来るんだ…ナメてたかな俺。ま、いいや、とにかくここで長話する気もないしさあ。行くとこ行こうよ」
「……?」
 行くところ?何だろう。今日はとりあえず挨拶を兼ねた顔合わせ程度って聞いていたケド。だから、もう帰っていいのだと…。
「あのさ、美羽。先に言っとくけど、俺クズだから。もし、嫌なら別のカテキョ探してよ。ん~と、美人お姉様とかなんとか?」
 笑いを含んだ言い方に、思わずつられてしまい、あたしはクスクス笑いながら言う。
「…それってダメ男の台詞ですよ…依月先生」
「ふーん、ダメ男ね。まあ、否定はしないけどさ。ってか、出来ない…の…かな」
 右手で自身のうなじを掻きながら、無声音で笑う。…どうしよう…あたしは、本当にヤバい人を家庭教師にしてしまったのかも。
再びふたりで階段を降り終えるとき、依月先生が、再びあたしの耳に唇を近寄せ、
「美羽は…同性愛者なの?」
と、とんでも無い事を訊いてきた。
「あっ…あっ…べ、別に…そんな…こと…ないですっ!」
 あたしは頭がパニックになり、咄嗟に否定する。な、なにこの人…本物のクズではないか。俯いていたあたしは、ぐっと顔をあげた。すると、顔面に依月先生の顔があった。
「…だってこれから口説こうと思っている子に、邪魔がいたら嫌じゃん」
 そう小声で言って、依月先生はあたしの腰に腕を回して小鳥が啄むついばむようなキスをしてきた。あたしは、現状が飲み込めずに左足を宙に浮かせ、バランスを崩してもの見事に階段落ちを果たした。

「…ったあぃ」
 宮坂中学の生徒が、こんな醜態を晒しては学校の黒歴史として残る。あたしは瞼に涙を滲ませて、どうか道行く人があたしを変な目で見ないように、
「い…依月先生!早く来てください!案内してくれるのでしょう?」
と、健気に手を大きく振った。とにかく、早くここから離れなければ。依月先生は、顔面蒼白で、なんとか階段を降りあたしの近くに来た。
 あたしのヒリヒリ痛む額と、左足の膝小僧の出血を見た依月さんは、小声でボソボソ「女の子の顔に傷をつけるなんて…何やってんだよ俺…」
「あ…あたし、大丈夫です。痛みもそんなに酷くないし…あ…の…依月先生?」
 依月先生は、ゆっくりと顔をあげるなり、あたしの右手を掴み、吐き捨てるように言う。
「…美羽、俺のこと気が済むまで殴っていいから。それだけのことしたんだ、俺」
 信じられない。大の男のひとが顔を地面に伏せ、唇を噛み、
「…俺…やっぱクズだ」
 低音色気ボイスで自分自信を詰った。

ふわふわ#6につづく

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