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ふありのリハビリ作品 act.1

Make a Wish(願い事)




昨日、王子に告白された。


 まるで、お伽話から抜け出してきたみたいに、純真無垢という表現がピッタリな、どこか中性的で可愛らしい容姿の王子。
女子生徒の憧れの的である王子だったけど、あたしは、そんなに嬉しくなかった。

だから、あたしは逃げた。

王子から。


#1王子の告白

朝。
今日は飾音かざね高校の新学期が始まる。
 あたし、白雪莉々那しらゆきりりなは、晴れて高校2年生となった。いつもより、ちょっぴり早めに登校して、心もそぞろクラス発表の貼り紙を見にいった。まるで試験の結果発表でも見るように、沢山の生徒たちが自分の名前を探している。早く着いたつもりだったけど、皆、同じ考えなのか、貼り紙の前には人だかりが作られ、後方から小柄なあたしは、つま先立って自分の名前を探していた。
1組から順を追っていたら、急にガバッと肩を抱きしめられた。ビックリするあたしに、女子にしては声のトーンが低い声の、言葉が降ってきた。
「やったよ!莉々那!ウチらまた同じ組。3組だよ!」
「…え…、あ…風帆かほ。おはよ、驚いた」
 飾音高校の、入学式以来の、あたしの親友、優木風帆がピョンピョン跳ねながら、ギューッとしがみついてくる。優木風帆は、目鼻立ちの整った美人だ。まだ高校生だというのに、垢抜けている。昔から、茶道を習っており、すっと伸びた背と丁寧な所作。まるで日本人形を彷彿とさせる姿に、一部の生徒の間では、『小野小町』の異名を持つ。そんな風帆は、一見クールに見られがちだが、情に脆く、無駄のないハッキリとした物言いだ。一方、背が低く、特長といえば、あたしは、腰まで伸びた二つ結びの三つ編みと、自称オカメの色白の肌ぐらいだろうか。涙脆く、映画館で、感動モノの作品を観ると、必ず、タオルハンカチをぎゅっと握れば、涙の雫がこぼれるくらいの涙腺崩壊。嗚咽を他のお客さんのご迷惑にならないよう、必死に堪えるのにかなり気を遣う。まあ、真逆の女同士が、仲良くなり、親友まで発展した…そんな関係。
「風帆、騎士先輩は?3年の貼り紙はもう見たの?」
 騎士先輩こと、騎士天音きしあまね先輩は、飾音高校の1のイケメンで、『騎士』という名前ゆえ、女子の間では『騎士様』呼ばわりされているが、当の本人は、女嫌いで有名であり、女子に冷たい。交際を申し込んで断られたのは、軽く百人超えに及ぶとの噂。飾音高校以外でも、卒業生や、今は女子大生とか、OLさんとか…騎士先輩の都市伝説は有名だ。
 まあ、そんな人に、風帆も、告白しよう!と、意気込むが、誰々が振られた…などという話を聞くと、途端に意気地が萎えてしまい、結局今だに告白できずにいる。
 ヤケなのか、最近人気の美少年アイドルグループ【SHOCK】のメンバーのひとり、KAiTO君のファンを始めてしまった。整った横顔が、騎士先輩にどことなく似ているらしい。あたしも、一回だけ風帆に誘われて【SHOCK】のライブについて行ったけど、あのファンの女の子たちの黄色い声に、耳が痛くなり、気持ち悪くなったり。
 騎士先輩の名前を出すと、風帆は、恋する乙女の頬が紅色したように変わり、普段のハキハキした姿からもじもじして、あたしの問に、
「…うん」
と、呟く。
「1組だった。先輩の姿は無かったけど、女子が沢山集まっていたから…すぐ解った」
「そう」
 その時、校門のほうから、わあっとざわついた女子の歓声が聞こえてきた。
 騎士先輩の登校かな?と、思い、傍らの風帆の顔を覗き込むと、熟れたトマトのように、顔を真赤にしている。
ああ、恋する乙女の表情だ。「風帆、騎士先輩見に行く?それとも3組に顔出す?」
 あたしの問に、風帆は蚊の泣くような声で、
「騎士…先輩の…方で…」
ぼそぼそ呟きながら、校門の方を指さす。
「うん。見に行こ」
 
 そこには、沢山の女子生徒たちでぎゅうぎゅうだった。
 毎日のことだけど、騎士先輩を一目見よう、と女子生徒たちが、集まってくる様子は毎朝の恒例行事みたい。 
 でも、なんだろう、今朝はいつにも増して、女子の、きゃあきゃあ黄色い声が大きい気がする。
 A棟の角を曲がって、校門のある方へ視線を向けると、なんとなくだけど、女子生徒たちの歓声が大きい理由がわかった。
「ねえ、あの子誰?」
「超絶可愛いんだけど、騎士先輩の弟?」
「めっちゃ美少年じゃん。しかも、上品ってか、育ちがいい感じ」
「あんな子、学校で見たこと無い。わー激カワ。モデルとかにいそうじゃん」
 などなど、女子の声が聞こえてきた。どうやら、騎士先輩の他にも、誰か女子の気の引く人物が居るみたい。小柄なあたしは、全くその様子が分からなかったんだけど、背の高い風帆の手に力が入るのが、いつもより強かった気がする。
「…騎士先輩の横に、見たことのない綺麗な男の子がいる」
「え」
 風帆の説明にあたしは、ただ、キョトンとするしかなかった。背が低いって不便だ。綺麗な男の子か…でも、あたし3次元の男の子はあんまり興味ない。だって…………
 その時。
「2年の、白雪莉々那。居たら出て来い!」
 は?
 い、今の声って騎士先輩の声だよね。そして、何故先輩が、あたしの名前を呼ぶの?はりのある堂々とした、それでいて透明感のある先輩の声。
 あたしは、理由がわからずただ、呆然とし、所々で、
ねぇ。あの子じゃないの?
と、ヒソヒソ声が聞こえてきた。
「いないのか?じゃあ…いい」
 その場は凍りついたように静まった。騎士先輩のため息交じりの声を、後から追いかけてくる形で、
「はい!はい!莉々那ならここに居ます!」
後ろで、右手を大きく挙げて風帆が大きな声を張り上げる。一斉に女子たちの視線が、あたしに集中する。と、同時に風帆が、あたしの背中を押して、女子たちに、道を作らせる。
「えっ…ちょっ…待って、風帆?」
 風帆の顔は、すっかり舞いあがった乙女の顔で、自分が名前を呼ばれたかのように、得意げだ。
 ああ、ダメだ。
 諦めて前を向くあたしは、前方から、誰かに抱きしめられた。女子生徒たちの悲鳴にも似た、黄色い声。
「やっと会えた!莉々!」
 なにやら、オーガニック系のハーブシャンプーのような、清潔感のある香りを漂わせた、知らない男の子。
背丈はあたしより、頭ひとつ高く、サラサラの髪からは、ハーブシャンプーの自然な香り。男の子にしては色白で、顔は、天使みたいに中性的で小顔。やや、ブラウン寄りの眸はうるうると涙を滲ませ、
細い肢体は制服がちょっとぶかぶかだ。いわゆる、美少年?
「…え…だ、誰?」
 今迄、同年代の異性に抱きしめられる経験が無いあたしは、すっかりパニック状態だ。
「僕だよ!紅王子稀くれないおうじまれ。莉々が僕のところになかなか来ないから、僕から会いに来たの。莉々、キレイになったね」
「…王子…?」
 あたしが呟くと、王子君は抱きしめていた二の腕の力を抜き、あからさまに、あたしの顔を見つめてきた。あたしは、その口元に微笑をたたえた王子君の視線が、羞恥に感じ、王子君のすこし長いシャギーカットの黒髪に片腕を伸ばし、グリグリした。
「あれれ。莉々、僕のこと忘れちゃったの?約束してくれたよね、僕のお嫁さんになってくれるって」
 王子の爆弾発言に、その場に居合わせた女の子たちがドッと沸く。あたし自身、あまりの驚きに「お…お嫁さん?」と、口をパクパクさせた。とても声なんて出てこない。

これはもう、あれだ。
ああするしか無い。

「ご、ごめんなさい!あたし、あなたの事知りません!…い、行こう、風帆っ!」
 半ば、乱暴に両手で王子君の胸を押し退け、その場から逃げ出した。

逃げる事しか、出来なかった。


#2白雪姫のユウウツ、につづく

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