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ふわふわ #4

〜これははじめて恋を知った少女の、幸と不幸とそして癒やしと再生の物語〜


「…は?」
 プラチナブロンドの美形お兄さんの質問に、あたしは間抜けた声を漏らしてしまった。
 え…ええと、キルメニイは見えるのか?だったっけ。
「…え…は…はい。こちらのプラチナヘアの可愛らしい子なら…見えますケド…それが?」
 キルメニイちゃんは、パステルブルーのフリルがふんだんにあしらわれた《不思議の国のアリス》のアリスが着ていそうな可愛らしいエプロンワンピース姿の美少女。靴下にもフリルがついていて、ロイヤルブルーのバレエシューズを履いていた。そしてやはり日本人離れした、ちょっと鼻がツンと上向いた、無邪気な外見と仕草は、外国からの旅行者なのかな…と思ってしまった。キルメニイちゃんは、不思議そうにあたしを見つめ返す。もしかして、じっと凝視してしまったので、不審に思われたかもしれない。あたしは何故か、咄嗟とっさにキルメニイちゃんに“怖くないよー”と、小さく両手を振ってみせる。すると逆効果だったのか、警戒心を抱かれてしまったらしく、美形お兄さんの黒のフロックコートの後ろに隠れてしまった。そして、コートの裾をグイグイ引っ張って、あたしたしを指さして何かを訴えている。アリスのような美少女はどうやら美形お兄さんにあたしの方に注意を向けさせている。
 ど、どうしょう。直ぐ側にはまだエスカレーター工事中の東口の階段がある。いっそ、走って逃げようかと思った際、再び美形お兄さんが口を開いた。
「…そうか、キルメニイにも見えるんだな」
 納得したかのように小さく頷くと、美形お兄さんは一瞬眸を閉じて、再び開いた。
「…あ…紅い眸…」
 すると、キルメニイちゃんも淡いピンクの混じった紅い眸に変化している。
「…外国の…旅行者さん…じゃないのですか?」
「俺は死神だ。…ただし、誤解がないように言っておくが、別にお前を殺しに来たとか…そんなありきたりな用件ではない。自己紹介がまだだったな、俺はヴィクトール・サニー。仲間内ではヴィルとも呼ばれている。お前も、自由に呼んで構わない。七瀬…美羽」
 びっくりして、心臓止まるかと思った。だって、ヴィルさんの言っていることは、あまりに非現実だから…。全てを納得するには…あまりにもあたしの頭がついていかない。
「…どうして、あたしの名前…知っているんですか?」
「簡単なことだ。死神の基礎能力と言えば簡単だが、美羽の苗字の書かれた名札と、死神特有の察知能力だな」
 淡々と語るヴィルに、あたしは間抜けたように口をポカンとあけて聞いていた。
 すると、ヴィルの背後に隠れていたキルメニイちゃんのお腹がぐ〜〜っと鳴った。
「お腹…空いたの?ちょっと待ってて…あ、あった」
 あたしはセーラー服のプリーツスカートのポケッからキャンディを取り出した。
「はいっ。チュッパチャプス!キルメニイちゃん、どっちがいい?」
 あたしの質問にキルメニイちゃんではなく、ヴィルが答える。
「…なんだそれは?」

「今言ったじゃないですか。キャンディです。とってもおいしいですよ〜。じゃあ、あたしが選んであげるね。キルメニイちゃんには、ストロベリー味。あまくておいしいの」
 キルメニイちゃんは、興味津々といった感じで、あたしが、フィルムを外し、小さなスティックキャンディを差し出すと、おずおずと小さな手で受け取る。
「ペロペロって舐めてみて。毒とか入っていないし、安心して」
 キルメニイちゃんは、じーっとキャンディとにらめっこして、やがて、ペロッと舐めた。とたんに、花が咲いたかのようにキルメニイちゃんの表情に赤みが差し、やがて満面の笑顔になる。
「…おいしい?」
 キルメニイちゃんの反応で分かってしまうのだが、訊かずには居られなかった。
 キルメニイちゃんは、チュッパチャップスをペロペロしながら、ニコニコご機嫌そう。
「えーと、はい。あなたにも」
 あたしはチュッパチャップスをヴィルに渡す。
「プリン味は一番人気なんですよ〜」
 あたしの言葉と、キルメニイとゃんの幸せそうな笑顔をにすこし気が緩んだのか、ヴィルは、外装フィルムをペラペラ剥がし、ひとくち舐めてみる。
「…どうですか?おいしくありませんか?」
 おずおずと訊くあたしの言葉に、ヴィルは無表情だった顔が、またすこし崩れて、謎の紅い眸が和らいだ気がした。
「…気に入った。これはどこに行けば手に入る?」
 チュッパチャップスは世界的にもメジャーなキャンディだから、この二人はよほどの辺境から来たのだろうか。
「コンビニとか、スーパーの駄菓子コーナーに置いてあると思いますよ。あたしも小さい時から好きなんです。小腹が空いたときとか、よく舐めています」
 ヴィルは、なるほどと、頷く。
「…キルメニイの愛称はメニィだ。呼んでやると喜ぶ」
 あたしは膝を折って、メニィちゃんと視線の高さを合わせる。メニィちゃんの小さな背丈に眸を合わせると、またまた驚くべきことが…メニィちゃんの紅い眸が、深い海の色のような青に変わっている。いや、もしかしたらあの紅いのはカラコンかなにか…あたしの目の錯覚だったのかもしれない。やっぱり海外からの旅行者なんだ。今の時代カラコンなんて珍しくもなんとも無いし、だいたいメニィちゃんみたいな小さな女の子にわざわざカラコンなんて、危険すぎる。
 なんだか和やかな空気になっちゃったけど、どうしよう…依月先生もう来てるよね。待ち合わせ時間10分過ぎてる。
「じ、じゃあ、あたしは待ち合わせがあるので。日本を満喫して過ごして下さい。キャンディだけでなく、日本にはおいしいお料理が沢山ありますから。じゃあ…さよなら!」
 あたしはふたりに手を振って、東口の階段を急いで駆け降りていった。

ふわふわ#5につづく

 

 



 




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