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ふわふわ #1


〜それははじめて恋を知った少女の、心の幸と不幸の癒やしと再生の物語〜


「かっ…家庭教師?あたしの?」
 裏返った声が我ながら情けなく、でもママに反射的に尋ねていた。
「ちょっ…ちょっと待って!なんで急にそんな話…。されても…困るよ…」
 頭を鷲掴みにしてパニックに陥るわたしに向かい、ママは至極冷静に言う。
「…美羽、あなた夏の期末の数学の成績見て、ママがどれだけショックだったか分かる?」
う。思い出したくないこと。胸の奥の触れられたくない場所にナイフを突きつけられた感じだ。
数学。
苦手な教科。期末テストの点数…
【32点】
 そう。32点…完璧赤点だ。
「あ…で、でも待って。たしかに今回の数学はサイアクだった。でも、それだけで家庭教師なんて…」
 そこであたしの言葉を遮って、
「今回だけじゃないわ。毎回よ。小学生の時から、算数が数学に変わっても、なにも変化してないじゃない。しかも、それを改善することなくここまで来て。いい加減、ママもパパも心配になるのは当たり前じゃない。」
 ママが、キッチンから身を乗り出して先程突きつけてきたお玉をアクションRPGの女主人公みたいに戦闘ポーズを決めて威嚇してくる。
「それに一番大切な事を忘れているわ。自分が高校受験生だってこと」
 思い出したくないこと2。
受験生。
分かっている自分が人生初の受験生だってことぐらい。自覚している。べつに、試験勉強だって怠けているわけじゃない。他の教科は、《中の上》をなんとかキープしている。一教科だけ除いて。そう…数学だけは。
「美羽、あなたが毎日夕食前に宿題を片づけていることや、試験勉強を独学で勉強していることも、ママちゃんと知っているの、認めているつもりよ…だからこそ数学だけ怠けているなんて思ったりしてないわ。相性が悪いだけなのだと思う。そこを改善出来るようにママとパパは力になりたいのよ。美羽だって、このままじゃいけないって思っているでしょう。あのね、パパの会社の部下に大学生の娘さんがいらして、中学の数学ぐらいなら教えられるそうなの。その娘さんに教わってみる気はない?」
 びっくりした。
 ママとパパがそこまで考えていてくれたことに。それに、あたしは「勉強しなさい」と強く言われたことが一度もなかった。正直、無関心なのかなって思うこともあった。でも違った。ママとパパはちゃんとあたしのことを考えてくれたんだ。ママとパパなりに。
「来年、楽しい女子高校生活を送りたいでしょう。今からなら遅くないわ…頑張ってみない?」
「…ありがとう。…ママ。あたし頑張ってみる」
 頷いたら眸から涙が1滴こぼれ落ちた。今まで、背負っていた重荷から開放された気分だ。この時、無意識に自分の中で、数学の実力不足に不安を抱いていたことに不安を抱いていたことに気づいたんだ。
 でも待って。その肝心の『家庭教師の存在をあたしはまだ知らない。』
「ねえ、待って。その家庭教師になる女子大生ってどんな人なの?ママは会ったことあるの?」 
「美人よ」
 カウンターに無造作に置いてある苺ポッキーから一本ずつ食べていく。子供な頃からのあたしの大好物。
「美人よ」
 ママが自分事のように強く言う。説得ありすぎ。
「写真とかないの?美人なんでしょう…あ…お名前はなんていうの?」
「写真は無いわ。名前は…たしか…なんて言ったかしら、ええと…い…依月凪七さんよ…間違っていなければ。ママは依月さんにお会いはしてないけど、パパの話では、容姿端麗で、お姉様〜って感じなんですって」
 冗談めかして方目を瞑るママに、張り詰めていた空気がゆるんでいくのがわかった。あたしはそんなママに宿題を済ましてくると告げ、二階の自室に引き上げることにした。

ふわふわ#2につづく


 




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