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ふわふわ #3


〜それははじめての恋を知った少女の、幸と不幸そして癒やしと再生の物語〜

 

 部屋に戻ったあたしは、真っ直ぐクローゼットに向かった。頭の中では美人お姉様の眸に好印象に映る服…だよね…うーん、迷う。あたしは、あれこれハンガーに掛かった服を取り出しては姿見の前で合わせてみた。
 と、そこへ開けっ放しになった部屋のドアをコンコンと叩く音がした。ママが腕組みをして仁王立ちになり、ついでに言えば鬼の形相で立っていた。ママはあたしに分かるようにあからさまに肩をすくめ、首を振る。
「もう美羽ったら私服で出かけるつもり?駄目よ。ちゃんと制服で行きなさい」
「えーーっ!だって今日は学校お休みよ、変に目立って嫌」
 あたしは心の中で、『お姉様の第一印象が大事なんだから!』と、ママに反抗した。
 ママは部屋にズカズカ入ってくるなり、あたりの両手からお出かけ着を剥がすと、壁のフックに掛けられた宮坂中学のセーラー服をあたしに押し付ける。…折角のお姉様との初顔合わせに制服なんて、ママ酷い。
「依月さんには、宮坂の制服で行くとお伝えしてあるの。目立って良いじゃない、目印になるんだから。嫌でも我慢しなさい。遊びに行くんじゃないのよ」
 遊びに行くんじゃないのよ。ママの一言が胸にグサリと刺さり、あたしは渋々頷くと制服を受け取る。ママは、あたしの頭をポンポンと叩き、部屋を出ていった。
 慣れてしまったあたしには、もう何とも思わないけど、このセーラー服は宮坂の地元の女子に結構人気がある。当時は、色が斬新とまで言われていた。襟が薄緑色で、青の二本線が入っていて、胸のリボンも青で、華奢な感じ。もちろんプリーツスカートは淡い緑色で、爽やか。中学に入学した頃は、憧れの制服に袖を通すのが毎朝の楽しみだった。慣れは怖い。憧れも、ドキドキもときめきも、いつの間にか消えてしまった。

家庭教師ってどんな感じだろう?あたしのイメージをは、額にハチマキ巻いて《必勝!○○高校!》とやたら熱気が入っていたり…ま…それはないか。スパルタだったら嫌だなぁ。でも…『依月凪七さん』は…その名前の美しいイメージからして熱血系には思えない。それに美人教師が、ハチマキ巻いている姿も想像できない…。そんな事を考えながら、宮坂駅に向かってトボトボ歩いていると、なんか無性に緊張してきた。

駅につくと、西口から最近整備されたエスカレーターを乗って東口に向かう。階下の風景が一望できるガラス張りの方へ向かう。依月先生はもう到着しているのかな。ガラス窓の側には、カップルや女の子のグループ、親子連れの人…それに。
え…。何…親子かな…背の高い細身のお兄さんと、ディズニーなんかで売っている等身大近くの大きな黄色いウサギのぬいぐるみを抱っこした、小学校低学年くらいの美少女が地べたに座り込んでいる。あまりの美形オーラに、近くを歩いていく人は振り向いて二度見してる。ちょっと離れたところからでも、女子高生達があからさまに指を差して、
「ねーあの人超イケメンじゃない?モデルとかかな?」
 などと、不躾な物言いで、聞いているこちらの胃がムカムカしてくる。美少女は座りながら足をバタバタさせ、隣に佇むイケメンのロングコートの裾を引っ張って、なにか訴えている。丁度、注目を浴びている二人組の側をすれ違う時、あたしは出来るだけふたりを見ないで無関心を装い、でもちょっとだけちらりと目線をイケメンのお兄さんを窺うように見ると、お兄さんも稀に見る美形さんだった。特に目を引いたのはプラチナブロンドの髪の色だった。ブリーチでもしているのか解らないけど、どこか日本人離れした端正な顔立ちだった。でもそれが相俟って、近寄り難い高貴な気高さを漂わせていた。あたしはお兄さんから眸を逸らすことが出来なくなり何故か射竦められてしまった。
「…見えるのか?」
 ちょっと低くハスキーな声色で尋ねられる。お兄さん、何言っているんだろう。ここに居る皆の視線をふたり占めしておいて、見かけによらず鈍感なのかな?
「君にこの子が、キルメニイが見えるのか、と訊いているんだ」
 お兄さんは、やたらと強いまなざしで話すので、あたしは何だか怖くなってしまい、ただ頷くことしたか出来なかった。

ふわふわ#4につづく








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