見出し画像

ふありのリハビリ作品 act.2  

Make a With(願い事)


#2白雪姫のユウウツ
 
 ハッとして、あたしは目を覚ました。ベッドのサイドテーブルに置かれた、すぐ側のスマホを手に取り、電源を入れると、淡いピンクのバラのロック画面が映し出された。
あたしは、日付と時間を確認して、再びスマホの電源を切る。
「もぉ〜。なんで夢にまで出てくんのよ」
昨日の、飾音かざね高校正面入口の、女子生徒たちの前での…告白。
『……約束してくれたよね、僕のお嫁さんになってくれるって!』
キラキラ眸を輝かせて…じゃない…眸を潤ませての発言。
しかも、その後、あたしは逃げた。
「…はぁ」

溜息って、吐く度に幸せが逃げていくんだっけ?

日時∶4月18日
時刻∶03時22分
 
先程スマホを確認して表示されていた数字。こんな、時間に目が覚めるなんて、今迄、一度もない。
「顔は…顔は可愛くて嫌いじゃないけど、あの汚れを知らぬ無垢な笑みに、お腹にムカムカと、苛立ちを覚えたわ。悪者じゃない、あたし」
 『約束』とやらを、忘れているあたしは、裏切り者の悪役。
もう嫌。
とにかく早く寝て、目が覚めたらまた考えよう。そう呟き、あたしは枕の下にしのばせている、ステッカーを取り出し、
「あなたの夢が見られますように…」
と、切実な祈りを込めて再びそれを枕の下に戻した。

けれど、ルーナの夢は見れなかった。

「ふああああぁ」
あたしは、寝不足のため、大きくあくびをして、瞼をこする。
ボーっとしたまま、ベッドで淡い微睡まどろみに包まれていると、階下の玄関のチャイムが聞こえてきた。風帆だ。早いなぁ、もう迎えに来てくれたんだ。あたしは、よっと掛け声をあげ、ベッドから起き上がると制服に着替え、腰まで伸びた髪を左右で三つ編みに結い、部屋を出て階段を降り、玄関に顔を出した。
すると、思いもよらぬ人物がそこに居る。
「…な、なんで王子が…」
玄関先に、母の真莉と一緒に楽しくお喋りをしている王子と風帆の3人姿を認めると、裏口に向かおうと身体をひねったあたしに母が、
「あら?莉々那、どこ行くの?お友達が迎えに来てくれたのよ〜」
と、ふわふわした天然少女のような、あたし達と変わらない、女子高生と言っても通用する母が背中に圧力を掛けてくる。
…まずい。
あたしは、ギュッと目を閉じ、裏口に向かって駆け出した。
「あ!莉々那ってば、どこ行くの?お友達が待っているのよ!」
という、母の叫びにも耳を貸さず、心の中で、皆にお詫びしながら、廊下からダイニングを抜けキッチンに入り、勝手口を開け飛び出した。すぐ目に飛び込んでくるのは、母の趣味の家庭菜園。そして、やみくもに走った。
どのくらい走ったのか分からないけど、あたしは住宅街を抜け、公道を走り、気がついたらここら辺で一番大きい中央公園に、息を切らせながら足を踏み入れた。すこし、休みたい。
「…あ。クレープ屋さん、今日お店開いているんだ」
中央公園のクレープ屋さんはここら一帯の住人に人気の、お洒落スポットだ。軽自動車を改造して、ピンクとグリーンのストライプの屋根が目印の車に変身している。車の先端にはストライプ地に、クレープの可愛らしいイラストの旗まで、風に揺れている。そういえば、風帆と良くここでクレープ食べているんだよなぁ。あたしは、苺レアチーズのクレープ。風帆はチョコミントの爽快クレープ。ふたりで、芝の上に座って食べたり、木陰のベンチで食べたり、と場所は様々。でも、風帆と他愛無い会話をしながら、食べるクレープはとびきり美味しい。
制服のスカートに何時でもクレープが買えるようにポケットに小銭を忍ばせている。
「えええっと。お金お金」
あたしは少しずつ歩きながら、クレープ代金の小銭を探っていると、背後から、
「僕がおごってあげるよ、莉々」
ふんわり香るハーブシャンプーの爽やかな香り。
なん…で。
王子の気配なんて微塵も感じなかったのに。あたしの後方から、ずっと追いかけてきたの?あたしは、昨日の休み時間、女子たちに散々問い詰められたんだよ。

ー莉々那、あんたいつから王子の婚約者になってたの?
(知らない…そんなこと)
ー今さ、あんたと王子の事なんて呼ばれているか知ってる?
(知らない…そんなこと)
ー白雪姫とピュア王子だよ。ねえ姫って呼ばれてどんな気分?嬉しい?嬉しいに決まっているよね〜
「嬉しいなんて…思わない。むしろ…迷惑」
パシッッ
女子から平手打ちを食らった。
ヒリヒリとした痛みに、あたしは涙ぐむ。
理不尽だ。
あたしが女子生徒たちの不評を受けなければならないなんて…酷すぎる。
むしろ…あたしは被害者だっていうのに。

そのあと、風帆が机をバンッと両手で叩き、あたしの席まで来ると、あたしの両手に鞄を握らせる。
「風…帆…?」
「莉々那、今日はもう帰りな。顔色、真っ青だよ。早退して、ゆっくり眠りな。担任にはウチが説明しとく」
淡々と話す風帆の声は怒りが込められ、あたしを椅子から立たせ、教室のドアまで引っ張っていく。
「…明日、朝迎えに行く。ゆっくりお休み、莉々那」
女子生徒たちが、ザワザワ始めると、
「ほら、早く行きな」
と、あたしの背中を押して、風帆の強気にたじろぐ女子生徒たちは、無言で散り散りになっていく。
「莉々那に文句言う奴はウチが相手するよ!」
駆け出した、あたしの背中に風帆の怒声が響いてきた。

「ねえ、莉々。莉々は、なんのクレープが食べたい?」
あたしの前を軽快に歩き、背中で両手を組みながら、あたしの顔を覗き込む王子に、返事を躊躇ためらっていると、
「じゃあね〜僕は若鶏と葱のの葱間風クレープ!…莉々は〜う〜ん、苺レアチーズ風クレープ…なんて、どう?」
「…なんで…知って…」
あたしは、思わず口に出してしまい両手で口元を隠す。
「風帆さんが、教えてくれたんだ。『莉々那は、苺レアチーズが大好物だよ』って」
か…風帆の馬鹿。なに余計なこと吹き込んでいるのよ。
「王子君…」
「ストップ!僕は王子なんて柄じゃないし、本名の、稀って名前で呼んで、ね?」
そう言いながら、稀くんは、右手の人差し指であたしの唇にピタッとくっつけて、
「ま、れ。だよ」
一歩も譲らずに、断言してしまうので、あたしは選択の余地もなしに、ただ頷く。
「…稀…くん」
稀くんは、パァァァっと笑顔になると、あたしの左手を握りしめて駆け出す。
「莉々、もう逃げないでね。約束してくれたら…この手を放すよ」
「…うん。約束する」
あたしは観念して、頷き呟くと、稀くんがあたしの左手の甲に口づけ、そっと手を放す。
な、なななななに?!
「あはは…莉々ってば顔真っ赤。可愛すぎ」
稀くんが、笑いながらあたしの頭を撫でると、
「待っててね、僕の奥さん。お店の人にとびきり美味しいクレープ作ってもらうから」
…お…奥さん?
なに?稀くんの頭おかしいの?あの子の中では、わたしとっくにお嫁さんになっているの?
認めてないよ、そんなの!
あたしは、公園の地面を凝視してかぶりを振る。だって、あたしが好きなのは…稀くんじゃない…ルーナだもの。
「ねえ、莉々。るーなって誰?風帆さんが言っていたんだよね…莉々那には、『ルーナ・シャンティ』って言う、好きな人がいるって」
あ…あああ。
もうダメだ、終わりだ。
あたしは両膝が、ガクガクしてその場に座り込んでしまう。
ルーナのことは、あたしと風帆の間だけの秘密で、あたしの唯一の想い人で…。でも、ルーナは人間ではなく、2次元の物語の主人公。ホワイトブロンドの髪と、神秘的な紫の眸。本にはイラストが無く、ただその設定から、あたしが勝手に想像した架空の人物だった。


#3、王子の家、に続く





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?