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舞台『刀剣乱舞』 禺伝 矛盾源氏物語

【はじまりはじまり】
つてを頼ってチケットを手配していただいたものの、実はいささか不安を抱えて会場に向かった。綾凰華(あやな)さんの姿を拝むことが第一の目的なのだけれども、そもそも宝塚は"にわか"である。「刀剣乱舞」にはいまだかつてさわったことさえない。加えて、源氏物語である。形の上では国文専攻卒業なのだけれど、現在に至るまで現代語が専門ゆえ、古典はまじめに取り組んだことがない。この時点で三重にアウェーである。

とにかく、あやなさんに会うのだ、そう思い直して入場の列に並ぶ。ところが、圧っっっっ倒的に女性が多い、というか、男子ほとんどいないじゃないですか。これで四重のアウェーが確定となった。

……でも。いざ始まってみれば、おもしろいこと、おもしろいこと。思ったところを記してみたい。

【あやなさんのこと、諸先輩がたのこと、女優陣のこと】
あやなさんにとっては、退団後初めての大きな舞台である。まず、先行でリリースされていたビジュアルの作り込みに驚かされた。実際の舞台もまた、期待に違わない。あやなさん演ずる一文字則宗は、先日のCotton Clubでの艶やかな歌姫とは全く別の、凛々しい美男子/美男士だった。初日夜の回では、長い台詞もすでに淀みなくこなしていて、流石と思った。しかも、お手のものの男役の語りながら、在団中よりもずっと柔らかく、色気のある声。数日後の回では、色気はそのままに、言葉の端々に「じじいみ」がふっと滲む。元のCV担当の関俊彦氏も、艶のある声ながら文末に巧みに"ご隠居"っぽさを漂わせている。あやなさんは関氏の語りを徹底的に聴き込み、そのエッセンスを自身の声にどう落とし込んでいくかを考え抜いたのだ。その結果、決してただのコピーではなく、元キャラクターの魅力を担保しつつ新たな則宗像を立ち上がらせた。

今回の座長は歌仙兼定の七海ひろきさん(89期)、凛々しく美しい。何より「文系」へのこだわりはなんだか嬉しい。大俱利伽羅の彩凪翔さん(92期)は「馴れ合うつもりはない」一匹狼がかっこいい。山鳥毛の麻央侑希さん(94期)はとにかくクールで頼りがいがある。姫鶴一文字の澄輝さやとさん(91期)は妖艶かつ冷たい美しさがあって目が離せない。南泉一文字の汐月しゅうさん(90期)は魅力的なコメディエンヌ的立ち位置、語尾の「ニャ」がかわいい。そして、光源氏の瀬戸かずやさん(90期)の迫力。底知れぬパワーを秘めつつ、立ち居が実にみやびやかで深い印象を残す。諸先輩がたとの共演はあやなさん(98期)にとってはすごく厳しいところもあったと思われる一方、同時にものすごく大きな刺激だったのではないか。七人の立ち回りはダイナミックなのだけれど、どんなときも動きの線が流麗で、見苦しい瞬間がない。宝塚の舞台で培った動きの美しさが、さっと立ち現れるのはOGによる公演ならではと思った。

もう一人のコメディエンヌ、小少将の君の兵頭祐香さんはじめ、女優陣も充実。藤壺の皆本麻帆さんは、かげのある女性を好演、六条の御息所・梅田彩佳さんの迫力にも圧倒される。葵の上の橘 二葉さんの可憐さ、空蝉の井上怜愛さんの切なさ、末摘花の永田紗茅さんのひたむきさにも心を動かされる。若紫:山城沙羅さん/岡田六花さんのお二人も愛らしい。

そして、ダイナミックに、パワフルに、そして華麗に立ち回りを演じたアンサンブルの皆さんに拍手!

【ストーリーについてのいくつかの覚書】
物語の進行に即して舞台後方のスクリーンでは「本編/行間」の別が示される。これを最初に見た時、おもしろく感じる一方、「本編」は物語の世界だけれど、「行間」というのは物語の外と言えるのか、「行間」は本来は字面に表現されない部分、読者に委ねられる部分という意味合いなのだから、物語の内側をさすはず、と不審にも感じた。結局のところ、男士たちが出会い、現実の存在と思っていた、紫式部も中宮彰子も皆メタ的な物語(「物語の二階層目」とされる)の構成員であることが終盤近くで明かされる。とすると、「行間」という用語も一種の伏線だったとわかる。最初に観た時、大倶利伽羅と六条御息所の対決は「行間」にもかかわらず、なぜ物語の設定が生きているのか疑問に思ったが、上のように捉えると納得できる。

「禺伝」の「禺」は「偶」と同じで“木製の人形"の意だという。光源氏は刀剣男士たちを「刀の木偶人形」と蔑むのだが、「木偶たちの物語」ということなのだろうか。が、末摘花の場面で小少将は自分が何者かを見失う。また、物語の二階層目で源氏物語のキャラクターを演じている者たちの身体は、終幕に至って物語世界が崩壊するのと同時に溶けていく。つまり、これらの者たちもまた全て木偶なのである。

そして、ただ一人木偶ではない「何者でもない男」は、物語に取り憑かれた挙句、物語を現実に溢れさせた。そして、刀剣男士との最後のやりとりの際、「この物語を悲しんでくれるのだな」と微笑んで息絶える。物語によって人としての命を失う「者」と、物語によって人としての姿を得た「物」、二つの「もの」の生が交差する一瞬であった。

何者でもない男は、物語を決壊させ、現実に雪崩れ込ませた。それは、光君が自らを産んだ母への思慕につき動かされたのと並行的に、自分の耽溺する物語を生み出した存在である紫式部の後世を案じたのであったか。あるいは、物語自体が意思をもって、熱心な読者である男に取り憑いたとする方がすっきりするだろうか。  

フランス語で「物語」は"histoire"(英"history")である。ここに端的にみられる通り、歴史とは本来「語られる」ものであった。物語が歴史を侵食することを防ぐことが刀剣男士たちの任務である。しかしながら、実は男士それぞれの存在を支えているものもまた物語だという皮肉。全てが物語だとするなら、どこにも実体は無い。これは、「源氏物語」の通奏低音たる仏教思想における空性そのものである(今回のストーリーを引き起こした要因は地獄に堕ちることへの恐怖であった。これもまた仏教思想に基づいている。ちなみに、おそらく、平安時代の地獄観は現代とは比べ物にならないリアルさがあったものと思われる)。また、紫式部が親しんだと一言だけ言及される「日本書紀」は「正史」とされる一方、物語として読み解くこともできる。全編を通して、物語の「物語」でもあった。

一点、大倶利伽羅をかわした後の六条御息所の立ち位置が気になった。御息所は、光源氏との馴れ初めが描かれないなど、第一階層を客観的に捉える視点から、作者批判とも取れる嘆き節を並べる。ところが、後段で登場する場面では中宮彰子としてあらわれ、作者の側にいる(男士たちも「御息所は光君についた」と言明する)。この間の心境の変化が表現されないため、やや違和感が残った。

あとから付与された物語の作用を見届けるという任務を密かに与えられた一文字たちなど、本作の外側に通じる趣向もあちこちに見られる。依然、アウェーな人間ではあるものの、物語の続きが観たくなってきた。(2023年2月4日-12日 東京ドーム・シティ・ホール)

歌仙兼定:七海ひろき
大倶利伽羅:彩凪 翔
一文字則宗:綾 凰華
山鳥毛:麻央侑希
姫鶴一文字:澄輝さやと
南泉一文字:汐月しゅう

藤壺の女御:皆本麻帆
六条の御息所:梅田彩佳
葵の上:橘 二葉
空蝉:井上怜愛
末摘花:永田紗茅

若紫:山城沙羅/岡田六花(ダブルキャスト)

小少将の君:兵頭祐香

光源氏:瀬戸かずや

アンサンブル 池田実桜、磯 優貴乃、大森ほのか、倉知あゆか、櫻原智美、高橋孝衣、手塚早愛、中畑 眸、兵頭 茜、廣瀬水美、本間汐莉、本吉南美

STAFF
原案 : 「刀剣乱舞ONLINE」より(DMM GAMES/NITRO PLUS)
脚本・演出 : 末満健一
アクション監督 : 栗田政明
音楽 : manzo/伊 真吾/KYOHEI
振付 : Seishiro
美術 : 秋山光洋
照明 : 加藤直子
音響 : ヨシモトシンヤ
映像 : O-beron inc.
刀剣男士衣裳 : 惠藤高清
源氏物語登場人物&歴史上人物衣裳 : 松竹衣裳
甲冑制作 : 渡邊礼子
刀剣制作 : 羽鳥健一
ヘアメイク : 中原雅子
歌唱指導 : 水野里香
トレーナー : 伊藤 洋
演出助手 : 高橋将貴/𠮷中詩織
舞台監督 : 須田桃李
宣伝美術 : 羽尾万里子
宣伝写真 : 渡部俊介
宣伝ヘアメイク : 中原雅子/平塚淳子/趙英/加藤桂子

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