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橋本晋哉チューバリサイタル4

プログラム:
田中吉史 (b. 1968) 《ブルーノのアウラ》 (2008) 
篠田昌伸 (b. 1976) 《チューバー・ビーツ》 (2022) 
金光威和雄 (b. 1933) 《ソナタ第2番》 (1967?/2019) 改訂版初演 
アレクサンドル・チェレプニン (1899-1977) 《アンダンテ》 (1939) 
夏田昌和 (b. 1968) 《下方に》 (2020) 
川上統 (b. 1979) 《ダンクルオステウス》 委嘱初演 

出演:橋本晋哉(チューバ) / 藤田朗子(ピアノ)

主催:哉企画(橋本晋哉) 
助成:公益財団法人野村財団

田中作品…初めは無関係なチューバとピアノが徐々に絡み始め、緊密なアンサンブルを紡いでいく。発話を「移植」することにこだわらずとも、十分におもしろい音だと思う。マデルナの話し声を写したとのことだけれど、冒頭、ピアノ内部での反響を利用した音色が美しい。この箇所のチューバの高音を聴いていると、人の声は意外に音域が高いのではないかと感じた。

篠田作品…×ーバーなんたらにオーダーした時の模様を音でなぞったものという。趣向の成否はともかく、チューバの可能性をさまざまに見せてくれる作。楽器の中で歌うことで、電子音響のような不思議な音が立ちあらわれる。また、2番目の部分の終わり近く、巧みなタンギングによる短音が、打楽器的な響きを聴かせるのが興味深い。この辺りが「ビーツ」とする所以か。

金光作品…もとは60年代の作とのことで、いかにもかの時代と思わせる音楽だけれど、巧みな演奏のおかげで、大変魅力的に響く。ヒンデミットの向こうをはったかと思うような堂々たるソナタである。チューバの音色の魅力をよく理解していた作家なのだろうと想像した。急速な三連符によってスリリングに展開する3楽章が特に印象に残った。

チェレプニン作品…大らかで明るい抒情を湛えた佳品。チューバという楽器の懐の深さを感じる。

夏田作品…プログラム・ノートにある通り、全曲を通じて下降音型が執拗に繰り返される。下降するということは、何らかの着地点をめざすはずなのだが、それは何だろう。特定の音ではないように思われる。もっと根源的な、音楽の種子のようなものを探って、深く深く思索に沈んでいく営みのように感じられる。随分前に、この作家の「先史時代の歌」というヴァイオリン作品を聴いた時の感触を思い出した。音楽というもの自体への探究が依然続けられている。これからも追いかけたい。

川上作品…大変強そうな古代の魚類をタイトルにいただく作。この作家独特と思われるドライブ感、それにチューバの特殊奏法による、深く暗い海の中を思わせるような響きが色を添え、非常におもしろく聴ける。しかし、単なる描写音楽とか標題音楽にとどまってはいない。抽象的な音楽と捉えても楽しめるところが魅力だろう。ピアノとのスリリングな掛け合いが聴きごたえがあった。

橋本氏、藤田氏の息のあった演奏は、エッジが効いているのだけれども、新しい作品に対して常に温かい眼差しがある。もちろん、決して馴れ合うようなことはなく、程よい緊張感をもった協働なのだろうと推察する。それゆえ、聴いているうちにこちらの気持ちがほぐれていく。これまできちんと聴いてこなかったことが悔やまれる。ぜひまた聴きに来たいと思った。(杉並公会堂・小ホール)

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