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サントリーホール サマーフェスティバル 2023テーマ作曲家 オルガ・ノイヴィルト サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ No. 45 (監修:細川俊夫)  室内楽ポートレート(室内楽作品集)

オルガ・ノイヴィルト(1968~ ):
・『インシデンド/フルイド』ピアノとCDプレイヤーのための(2000)
ピアノ:大瀧拓哉 エレクトロニクス:有馬純寿
・『…アド・アウラス…イン・メモリアムH』
2つのヴァイオリンとウッドドラム(任意)のための(1999)
ヴァイオリン:石上真由子/河村絢音 ウッドドラム:篠田浩美
・『クエーサー/パルサーII』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための(2016)
ヴァイオリン:石上真由子 チェロ:上村文乃 ピアノ:大瀧拓哉
・『マジック・フルイディティ』ソロ・フルート(とタイプライター)のための(2018)
フルート:今井貴子 タイプライター:岩見玲奈
・『スパツィオ・エラスティコ』アンサンブルのための(2005)
トランペット: 篠崎 孝 トロンボーン:村田厚生 打楽器:篠田浩美/岩見玲奈 エレキギター:藤元高輝 エレクトリック・ピアノ:大瀧拓哉 チェロ:上村文乃 指揮:馬場武蔵

後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム東京
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】

小ホールに入ると、前日まで開催されていた、プロジェクト型コンサート En-gawa のための構築物がすっかり取り払われ、少々寂しい気持ちがした。しかし、演奏が始まってみれば、作品も演奏も近年になく充実したプログラムだった。

『インシデンド/フルイド』…大瀧氏が力演。激しく打ち付けるクラスターが印象的。部分的プリパレイション、フラジオレット、また、ペダルによるものか、和音の響きが持続の中で変化するなど、特殊奏法が駆使される。さらにピアノ内部に仕込まれるCDプレーヤーによる不思議な音響も加わって豊かな音色のバリエーションが展開されていく。インシデンド incidendo はイタリア語で「刻むように」、フルイド fluido は「流体の」の意味だという。石に刻むような強靭な音から、融通無碍な音の流れまで、ピアノによる表現の幅が示されていた。

『…アド・アウラス…イン・メモリアムH』…タイトルの ad auras とはラテン語で「風に向かって」の意味という。開始から間も無く、2本のヴァイオリンが音を途切れさせないよう、交互に弾いていく箇所がおもしろい。ヴァイオリンが打楽器的に扱われるシークエンスにウッド・ドラムが被さる。ヴァイオリンお二人のガシガシ弾く弾きぶりは、風が勢いよく吹き抜けていくようでもあり、魅了された。

『クエーサー/パルサーII』…E-bowというエフェクターでピアノの弦を振動させることにより、減衰しない持続音を実現する。三者の間で緊密なアンサンブルが展開されいく。

『マジック・フルイディティ』…題名の Magic  Flu-idity とは、magic flute と fluidity(流動性)を組み合わせた造語だろう。フルートの妙技。タイプライターはどうしても打鍵から発音までに微妙なラグが生じる。このごくわずかなズレによって、奇妙なファンタジーのような味わいが生まれている。

『スパツィオ・エラスティコ』…冒頭、エレクトリック・ギターがE-bowを用いて持続音を発する。前半はこのギターに始まり、低い音域の持続音がいくつかの楽器に引き継がれていき、音空間の土台を作る。かつてジャズ・トランペッターをめざしていた作曲家らしく、難度の高いトランペット・パートが光った。

いずれの曲も、速いペースでさまざまな楽想があらわれては消えるのだけれど、最後の『スパツィオ・エラスティコ』に顕著なように持続音による基盤を用意するなど、常に一貫性が担保されていて、散漫にならない。

今回の作品群は、故意にずらされた調律(プログラム・ノートによると、今回取り上げられた作品では、特にヴァイオリン・チェロ・ギターに関して、他の楽器と異なるチューニングが指定される場合が多いとのことである)、タイプライターの発音のタイミングなど、さまざまな種類のズレが仕込まれている。

ズレが生じるということは、「普通の(と思っている)状況」「想定している状態」からの逸脱である。ノイヴィルト氏の音楽に入っていく際、聴衆は「普通」や「想定」の範囲の音空間を予想している。しかし、わたくしたちが実際に置かれるのは、既に「普通」や「想定」とは別の音空間なのである。つまり、音響空間について一種の「越境」が生じていると言い得るのではないか(フェスティバル初日のトークについての所感を参照)。さらに、弦楽器を打楽器的に用いる、ピアノやギターで持続音を発するなど、楽器の範疇に関してもさまざまな「越境」が企図されている。

こういった、既成の音楽のあり方、すなわち、"ピッチ、アインザッツは寸分違わず一致すべきである"、"これこれの楽器は持続音を発することがない"といった通常の想定を細かく裏切る趣向を埋め込み、それによって音世界を拓こうとしているのだと感じた。しかし、響きの新奇さに堕することなく、聴くおもしろさを与えてくれるよう、作品たちは実に巧みに構成されている。この構成の妙は、オーケストラ作品よりも、室内楽作品において特に強く感じられるように思った。

奏者はいずれも作品を十分に読み込み、難度の高い作品たちを真摯にこなしていた。聴き応え十分で、今回のサマーフェスティバルの掉尾を飾るに相応しい演奏会だった。(2023年8月28日 サントリーホール・ブルーローズ)

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