脳内インフェルノからの脱却

食とはすごい。
ほんの3時間までまで、自己嫌悪と自己破壊欲に苛まれて布団の上で泣き晒していたのだけれども、ふいに消費期限がやばめの納豆と食パンのことを思い出した。
こんなに死にたい状態なのに、そんな些細なことに頭が行くことが、浅はかで卑しいな、と悲しくなったが、食物が食べられることなく廃棄されるのは申し訳ない。
正直なにも口にしたくなどないし、私みたいなやつは、このまま餓死した方が世間様のためだ、なんて思っていたけれど、腐ってしまったものを処理するのは私だし、その時にまた遣る瀬無い気持ちになりそうなので、重たい体を起こした。
納豆トーストにして食べてみたが、すごい。

エネルギーが入ると、人は前を向ける。

そういえば仕事に追われていたので、悲しみにくれた日の朝から今まで何も口にしていなかった。

納豆トーストに対して感動というか、感謝の念。

心折れた時は、食べ物を口にした方がいいのだと体現した。

もちろん、自分に対する怒りや悲しみは消えない。
しかし負のスパイラルで、延々とネガティブなことが連なっていくと、脳内が地獄のようになる。

そこからはなにも生まれない。
脱するしか他はない。時間は待ってくれないから。

このような考えができるようになったのも、食事のおかげだ。

食べるのは偉大だ。

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ばしばしちゃん

日々書く。書く書く。
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