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なんくるないさー

沖縄にはプライベートで何度か訪れた。
沖縄に出張に行くことは、年に数度あった。
いつも前日入りして、
国際通りをぶらついて、
お気に入りの沖縄家庭料理のお店で
オリオンビールの生と郷土料金を
楽しむ程度で、
あとは翌日仕事のみで帰ってきていた。

この歳になっても、
修学旅行の定番スポット・ひめゆりの塔には
足を運んだことがなかった。
家族で行く場所でもないから、なんとなく行かずにいた。

ある時、休暇をとって前日入りし、
予約していた観光バスに乗り込む。
司令部跡などを含む戦禍の足跡を巡る
コースだった。

沖縄の歴史、風習、気候、
土地の花や木のことや
教えてもらわなければわからない、
今の風景に溶け込む戦争の痕跡を
説明してくれる。

膨大な戦争の年月、犠牲者の数もすらすらと
出てくる。
あちらは慣れているだろうが、
初めて戦争の日々を振り返るこちらとしては
衝撃的なことばかりだ。
自然と車内にはバスのエンジン音だけに包まれる。

行きたかった「ひめゆりの塔」や
平和公園、壕の後を訪れ、
どれだけ絶望的な戦火の中を
多くの当時の人が生きたかが
そこここに感じられる。

着陸前に見た海岸線で、多くの人が身を投げた。
着陸前、悠長に「海がきれい」などとしか
思っていた自分が恥ずかしい。

そんな歴史に触れ、失われた命を思いながら
いつもの国際通りへ。

市場で「あの時代」を生きたであろう
高齢のおばあに話しかけてみた。
「お若い頃は大変な思いをなされたんですよね?」と。

返ってきたのは、無言の柔和な笑顔だった。
その笑顔には、
恨みも悔いも何にもない心の奥底からの
ふわっと包み込むような笑顔だった。
私もその瞬間心がほぐれた。

そして、
辛い思いをなされた過去のことを思い返す
問いをしたことを後悔した。

でも、おばあは笑顔で返してくれた。
そんな愚問をする私でさえも許してくれたのだ。

太平洋戦争を体験した人は思い出すのも嫌で、
口を閉ざしたまま旅立ってしまう人が多い。

それほどまでに凄惨な状況だったのだろう。
私自身、
口を閉ざしたくなるほどの辛い思いをしたことがないから、その心境は想像が及ばない。

「なんとかなるよ」の意の「なんくるないさー」という方言がある。

沖縄地上戦を生き残った人たちが生きる土地のその方言はとても重い。
でも、あえて軽く受け流すその心の在り方を敬愛してやまない。
極限を生き抜き、命があることだけで
ありがたいと思うからこそ、
その他のことは「なんくるないさー」なのだと解釈している。

今、ウクライナが悲鳴を上げている。
逃げることもできずに、砲弾に怯える日々。

意識せずとも
沖縄戦の悲惨さと重なる。

ウクライナで明日をもしれない中、
空腹に耐え、水を探し、食糧を求め、
人々は一日一日を生き抜こうとしている。

翻って、私たち日本人はどうだろう。
ウクライナに関するところでは
ガソリンなどの値上げが顕著だが、
そのほかにもこの4月に様々なものが
値上がりし、大小なりの痛手となっている。

しかし、だからといって
独裁者の意のままにさせ、
ウクライナの国土がなくなり、
計り知れない人々が祖国を失うことと
どちらが影響が大きいだろう。

フランスでも大統領の決戦投票が予定されている。
物価高に不満を持つ人が、
現大統領に「non!」を突きつけようと
しているらしい。
フランスの人たちにも言いたい。

「その支出の痛手の回避は、
 ウクライナの人々の苦しみを見ないことに
 することに等しいですよ」と。

このウクライナ侵攻について
傍観者でいるのは、
イジメで傍観者であることと同意義だと
私は思う。

では、もし日本が侵略されたら?

ウクライナは武器の供与を受けても
他国の援軍はない。
日本もそうなるかもしれない。

だから、軍隊を持ちましょう!という話ではない。

せめて彼の国の痛みに思いを馳せ、
独裁者が手を引くまでは
物価高も飲み込みませんか?という
提案です。

生活が苦しい方もいるでしょう。
商売が立ち行かない人もいるでしょう。

が、しかし
この侵略を傍観し、許してしまえば
クラスター弾も化学兵器(確定ではないが)も
使っていいですよ、というメッセージになってしまう。
もしかしたら、戦況によっては
核兵器さえ許すことになるかもしれない。

ウクライナに平和な日が戻り、
「なんくるないさー」と言える日まで
私たちも日常で小さな闘いに挑んでみませんか?

募金をするでもいい。
ボランティアをするでもいい。
季節も良くなるから、外出時の車使用を
控えるでもいい。
揚げ物は揚げ焼きにして、
サラダ油の消費を抑えるのだっていい。
パンをご飯に変えることもできる。

そうしたって、
生きていけないわけではないのだから。

どうかウクライナに平和が戻りますように。

独裁者の思惑どおりになって、
他の国の独裁者がその真似をしませんように。

そして、私たちの国・日本が平和であり続けますように。

政治がらみのことは書きたくなかった。
ただ、平和について考えたことを
綴った独り言です。

でも、私の提案に少しだけ耳を傾けて下されば、とても嬉しく思います。

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