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【カサンドラ】 17.1998-復輝

ステロイドの副作用で体重が7kgほど増えた。
163cmの身長に対してXSサイズでも緩いほどの痩せすぎで、ガリガリの体型だったから
そのぐらいがちょうどいいと周囲は言ってくれたが
こんなにブスで惨めな自分を、誰にも見られたくなくて
二週に一度は通っていたクラブにも一切顔を出さなくなった。
おかげで少しの間、アルコールやドラッグから離れることができたけれど
鬱々と病む精神を上向きにしてくれる安定剤を失い、数時間おきに襲ってくる負の感情と、私はひたすら戦っていた。
誰にも会わずに居られる夜は、海まで車を走らせ決まった位置に停車し、感情を紙に書き殴って泣いた。
この車の中には私1人しかいない。
その絶対的な安心の中でしか、私は自分の全ての感情を許すことができないのだ。


発病から8ヵ月が経過し、大量の服薬治療が終了して、
顔が元に戻ってきた。
待っていたとばかりに私は一気に髪の色を抜いて肌を焼き、服を買い込み、
徐々に元の自信を取り戻していった。

ショップスタッフに復職してからは即座に店舗No.1の売り上げを作り、
当時の店長の個人売を100万ほど追い越した。
そのため居ずらくなった店長がバックレて、私は入社半年で店長に昇り詰めた。
世間はカリスマ販売員ブーム。
店舗には雑誌やテレビのカメラが出入りし、青山にある事務所で取材を受けたりするうちに、
店の服を纏い度々誌面に現れるようにもなった。

私の日常は一気に忙しくなり、
朝からアルバイトの面接、スタッフの個人売予算表やシフトの作成、
店舗のディスプレイ変え、週に一度の会議、商材収集のための韓国出張、
それに加えて個人の売り上げは店舗で一番をキープしなければならない。
私が店長になると同時に副店長に昇格した、一つ年下のアキちゃんは
献身的に私を支えてくれ、
混雑で休憩に出られない時は、自ら休憩を短縮して戻ってきて
私を休ませてくれた。
いつか夢見た、ギャル服屋の店長。
私は日々満たされ、輝かしいワークライフを送っていると思い込んでいた。

閉店時のレジ締めは必ず2人以上で行うという会社の規定があったため、
閑散期の平日は早番1人の3人体制でシフトを回す。
ある休日の昼下がり、アキちゃんから電話があり
遅番のゆーりんの親友が病気で亡くなり落ち込んでいるので、帰してあげたいということだった。
私は即答で、ダメだと答えた。

アキちゃんは小さく「・・・ダメなんですか・・?」とため息のように漏らし、
熱を乗せてこう続けた。
「でもゆーりん、連絡受けた瞬間泣き崩れちゃって、とても仕事できるような状態じゃないんです。
だって親友ですよ?」
それでも私は何の感情もなく「ダメ」と言い放って一度電話を切った。
それから10分もしないうちにMDの山本から電話がかかってきて、
今から自分が店に行くから、ゆーりんを帰す。ということだった。


間違った判断を下した自覚がなかった。
私は、人が死ぬことに、何も感じない。
今まで親族に限らず
目と鼻の先に住居を構え毎日顔を合わせていた祖父母の葬儀の時でさえ、
時間が空けば男と電話で笑い話をしていたほど、
何が悲しいのか、まったくわからなかった。
それが正常ではないことぐらいはわかっていたけれど、
家族でもない人間が死んで、一体何をそんなに落ち込む必要があるのか
それよりもレジ締めのほうがよほど大事だと、
本気で思っていた。
そして、それほどまでに他人を大切に想えることが、
羨ましかった。


Lauryn Hill - Killing Me Softly

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