【カサンドラ】 16.2019-回想-3

被害者も加害者も一つの家族の中で収まっていたために
渡辺優希のニュースは日に日にインパクトを薄め
メディアの目は新しく起きた川崎の無差別殺人に向くようになった。

大地との会話を辿りながらふとした時に脳裏に浮かぶ、少女の頃の渡辺の姿。
僕はクローゼットの奥底から小学校の卒業アルバムを引っ張り出し
6年2組のページを開いて渡辺優希を探した。
見開きページの右下、無造作な前髪で額を隠した無邪気な笑顔を見ながら
高校生になった渡辺と偶然バスで会った時のことを思い出した。

渡辺の通う高校も、僕がスポーツ推薦で入った高校と同じ沿線にあった。
帰り道は電車3本を乗り継いで鎌倉駅まで戻り、最後に30分ほど路線バスに乗る。
渡辺は部活をしていないと言っていたので、バイト帰りだったんだろうと思うが
僕が部活を終えて帰る遅い時間のバスでよく遭遇した。
中学に上がると渡辺はくるぶし丈のスカートを引き摺り、僕と顔を合わせても軽く手を振る程度の関係になったが
高校生になってからは、
バスの一番後ろの座席に座っている僕を見つけると、嬉しそうにこちらへやってきて、
彼女の家の最寄り駅まで笑い話をしながら帰った。
小学校時代までの渡辺としか話したことがなかったので、
久しぶりに遭遇したあの日は
ミニスカートにルーズソックス、ジャラジャラと幾重にも重なる腕元のブレスレットを鳴らし
セミロングの茶髪をかき上げながら僕と目が合い微笑まれて、
正直ドキッとしたのを覚えている。
おとなしく真面目で、小学校の6年間ずっと学級委員だった渡辺が、
いつの間にこんなに派手な女になってしまい、いつの間に男に慣れてしまったのか。

バスの中で交わす彼女との会話はいつも楽しかった。
僕が笑わせていたのかもしれないが、人目も気にせず彼女は手を叩いてよく笑った。
僕は一つ先の停留所の方が近いのだけれど、話が切れず渡辺の家の最寄りのバス停で一緒に降り、
2時間ほど話し込んだこともあった。
今度遊ぼう。と言って別れてから、一度電話をしたと思うけれど
確かその時付き合っている彼氏が厳しくて、男と二人で会えないと言われた気がする。

いや、どう考えても普通だった。
普通の女の子だった。
両親の悪口や寂しさを吐露するようなこともなかったし、
社交的で年齢の割に人慣れしているなと思った程度で、
どう見ても今時の普通の女の子としか思えなかった。

そして悲しくなった。
普通の子だったというか、どちらかといえば優等生で、
人を笑わせるのも得意だった、渡辺。


“被疑者死亡“というテロップを胸の下に構えこちらを見据える
42歳になった渡辺は、とても同一人物と思えないほど
”女”ではなくなっていた。

ここ1~2年の彼女の動向を知る人間はいないのだろうか。
大地の店に来ていた頃は身なりを気にした女性であったというのに
一体何があって、あんなに変わってしまったのか。
僕の頭は、渡辺の変貌ぶりに占拠され始めた。

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