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フットボールを生きる街 - あとがきにかえて

あとがきにかえて


セビージャの地を留学先として選んだのは、ふと地図を眺めていたときに、街の中心地から比較的近いところにふたつの大きなスタジアムを見つけたからでした。なぜか、セビージャという未知の街に呼ばれているような気がして、胸が躍ったのを憶えています。

わたしにあてがわれたセビージャ大学の寮は、そのふたつのスタジアム、つまり、セビージャFCのラモン・サンチェス・ピスフアンと、レアル・ベティス・バロンピエのベニート・ビジャマリンの、ちょうどほぼ真ん中あたりに位置していました。風向きによって、どちらのスタジアムからもサポーターの歌声が聞こえる、そんな場所で、1年を過ごしました。

とは言え、サンチェス・ピスフアンの外から、その、空を割らんばかりの歓声を聞いたことはほとんどありません。その瞬間のほぼすべてを、わたしはスタジアムの中で経験していたからです。

本文中でも触れましたが、選手の名前も、スタジアムでの「儀式」も、セビジスタと呼ばれるサポーターたちの流儀も、本当に何ひとつ知らないまま、わたしは初めてスタジアムのゲートをくぐりました。試合開始から16分経ったとき、アントニオ・プエルタという名のヒーローに出会いました。それが、わたしとセビージャFCとの物語のはじまりでした。

わたしにとって、スタジアム以上に大切なことを教えてくれる場所はありませんでした。フットボールのことだけでなく、街の歴史、文化、譲れない価値観、人々とのかかわり方まで、ピスフアンはわたしに語ってくれました。

この街のフットボールと、それに対する人々の計り知れないほどの熱量と愛情を一身に浴び、吸収して、いつのまにか自分のことを「セビジスタ」と称するようになっていました。

スペインじゅうのフットボールを訪ね、経験するたびに、セビージャのフットボール、ひいては街自体が放つ熱気の異様さを実感していきました。いったいその熱は、どこから来て、どのように守られて、どこへ行くのか。その正体をどうしても自分のことばで表現したいと思ってつくったのが、この一連の文章です。

執筆にあたって、まだ一度も日本語になっていない物語を集めたいと思い、現地での経験や体験を振り返るとともに、セビージャFCのサポーターにインターネット上で質問調査を行いました。質問調査とは言え、彼らとクラブとのストーリーや、クラブへの愛を構成する要素など、かなり自由に回答してもらいました。わずか3日間で120名もの方に協力していただき、その人数とひとりひとりの回答にこめられた愛情に、東京にいながらセビージャのあの熱風を感じる思いでした。彼らのことばとその情熱ができるだけそのままの形で伝わるように、日本語訳以外の脚色や改変は一切行っていません。また、名前に関しては、回答の際に記入していただいたものをそのまま使用しています。

わたしがセビージャFCを「選んだ」のは、街の名前を冠するクラブだからという、極めて稚拙かつ単純な理由によるものでした。この決断によってただひとつ後悔しているのは、もう二度と、ベティコになることはできないということです。

セビージャFCのサポーターたちが揃って口にしていた、ベティスへの敬意やある種の共鳴を、わたしも感じています。

自分ではないものを理解し、自分ではないものとして受容する懐の深さがわたしの内に産まれたのは、ピスフアンと同じ種類の熱気をビジャマリンで感じたことがきっかけでした。中心的な主題として触れることは「一身上の都合により」かなわなかったけれども、彼らベティコたちもまた、あの小さくて偉大な街の主役に違いないということを記しておきたいと思います。

最後に、わたしを最も勇気づけたポルトガル人ゴールキーパーのことばを、改めて引用します。

“No puedo ser sevillano pero sí, puedo ser sevillista.”

2018年1月 モエ

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参考文献

Cortés Aranda, Miguel Ángel, Acién Cara, Ángel(2004) ”Páginas de Oro del Fútbol Andaluz”, Junta de Andalucía, Consejería de Turismo y Deporte

Gabriel Cano García (2000) “Conocer Andalucía - gran enciclopedia andaluza del siglo XXI”, Tartessos Ediciones

J・A・ピット・リバーズ(1980)『シエラの人びと-スペイン・アンダルシア民俗誌-』(人類学ゼミナール 15) 弘文堂

アルベルト・ゴンサレス・トゥルヤーノほか(2011)『集いと娯楽の近代スペイン-セビーリャのソシアビリテ空間』(岡住正秀ほか訳)彩流社

カミロ・ホセ・ミラ(1999)『アンダルシア紀行』(日比野和幸・野々山真輝帆監訳)彩流社

永川玲二(1999)『アンダルシーア風土記』岩波書店

坂東省次・碇順治・戸門一衛(2007)『現代スペイン情報ハンドブック』三修社

芝紘子(2001)『スペインの社会・家族・心性―中世盛期に源をもとめて』(MINERVA 西洋史ライブラリー)ミネルヴァ書房

川成洋・坂東省次編(2005)『南スペイン・アンダルシアの風景』(丸善ブックス 105)丸善

川成洋・坂東省次編(2008)『現代スペイン読本:知っておきたい文化・社会・民族』丸善

川成洋・坂東省次編(2011)『スペイン文化辞典』丸善

地中海学会編(1997)『スペイン』(地中海歴史散歩1)河出書房新社

余部福三(1992)『アラブとしてのスペイン-アンダルシアの古都めぐり-』第三書館

立石博高・塩見千加子編著(2012)『アンダルシアを知るための 53 章』(エリア・スタディーズ 110)明石書店

立石博高ほか編(1998)『スペインの歴史』昭和堂

引用出典

01
2016.05.23 UEFA ヨーロッパリーグ優勝記念セレモニーにて
https://youtu.be/UDZPcO0gaok

02
“Himno Oficial Del Centenario Del Sevilla F.C.” / El Arrebato

03
Alberto Escobar / 独自実施の質問調査への回答より引用

04
Alexis / 独自実施の質問調査への回答より引用

05
Jose María / 独自実施の質問調査への回答より引用

06
Laura / 独自実施の質問調査への回答より引用

07
Juan / 独自実施の質問調査への回答より引用

08
“Himno Oficial Del Centenario Del Sevilla F.C.” / El Arrebato

09
“Sevilla tiene un color especial” / Los del Río

10
Carlos Ramos Cuadra / 独自実施の質問調査への回答より引用

11
Daniel Barenboim (ピアニスト・指揮者)
テアトロ・デ・マエストランサ 25 周年記念に寄せたメッセージより
http://www.barenboim-said.es/es/25-anos-del-teatro-la-maestranza/

12
Biblioteca Nacional, 2011
“Versos de Fernando de Herrera ; emendados y divididos por él en tres libros”

13
Ángel / 独自実施の質問調査への回答より引用

14
António Alberto Bastos Pimparel “Beto”
2016.05.23 UEFA ヨーロッパリーグ優勝記念セレモニーにて

15
出自不明 / セビージャに関する古くからの言い伝え

16
2010 年にセビージャ FC の練習場 Ciudad Deportiva に完成したアントニオ・プエルタの銅像に刻まれた追悼文より引用


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