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フットボールを生きる街 #06 黒と白

06

“Es como el blanco y el negro. Aquí no hay grises. Es así, no puedes ser de dos cosas a la vez. ”
- Laura

「黒か白か、みたいなものよ。ここにはグレーが存在しない。そういうもんなのよ、一度にふたつのものにはなれないの」

悠然と流れるグアダルキビル川が、街全体をふたつの全く表情の異なる地区に分断していることに象徴されるように、セビージャは二元性の街である。セマナ・サンタにおいては、マカレナの聖母マリアか、トリアナの聖母エスペランサか。フットボールにおいては、セビージャ FC か、レアル・ベティスか。みな、自分を代表する確固たるものを大切に持っている。

この街がフットボールに熱狂する理由のひとつに、人々にとって「二番目のクラブ」が存在しないことがある。つまり、近年、スペインの他地域において見られるクラブ-アイデンティティの境界の崩壊が、この街では機能していないのだ。

クラブとは本来、ある地域に根付き、その地域を代表する存在として認識されてきた。そのため、ほとんどの場合、クラブとサポーターの「ホームタウン」は一致しているのが常であった。しかし、いわゆるビッグクラブ・多国籍クラブの登場に伴って、その地理的境界の持つ意味は徐々に薄れてきている。

アンダルシア諸都市を始めとするスペインの多くの街では、地元のクラブに加えてビッグクラブを「自分のクラブ」と称する人が増加傾向にある。中にはその順位が逆転しているケースもある。

前述の通り、セビージャは例外で、セビージャかベティスかという両極的なクラブ-アイデンティティの結びつきが当たり前のように存続しており、人々のクラブへの忠誠心も、強く純粋なままである。この特異性とも言える特徴は、セビージャの街そのものが持つ両極性・二元性と深いつながりを持っているのだろう。

ある人はわたしにこう語ってくれた。「常勝のビッグクラブのファンになるのは簡単なことだけれど、自分の街のクラブを応援することほど素敵なことはないよ」「自分の息子には、他の街のクラブを好きになるくらいなら、ベティスを好きになれって言うだろうね」

「世界一の街には世界一のクラブがある。当然だろ?」

この街の人々にとって、世界のあらゆるものはすべてふたつに分けられる。すなわち、自分のものか、そうでないか。そして、彼らは、「自分のもの」すべてを、大げさな方法で愛することに長けている。

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スペイン人、特に南のひとたちは情熱的でオープンでフレンドリー、というのは半分ほんとうで半分うそです。セビージャでわたしが出会ったひとたちも、初対面はとってもシャイなことが多かった。でも、一度心を開いたら、いつでも家族のように、心から大切にしてくれるあたたかいひとたち。

家族も、友人も、住む街も、フットボールクラブも、「自分のもの」をとことん大切にする彼らが大好きです。

セビージャとベティスの美しく愛おしい関係性については、改めておはなしします。

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モエ

1994年うまれ / 東京外国語大学⇒アライドアーキテクツ株式会社 / ソーシャルメディアプランナー / ガンバ大阪とセビージャFCが好き / スポーツ×ソーシャルメディア×まちづくりがしたい / 日本語と、英語と、スペイン語をはなします

フットボールを生きる街

セビージャの街と人々をつなぐ16の物語
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