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タイとミャンマー、石流通の変化

展示会を終えてすぐに2週間ほどタイとミャンマーに行っていた。久しぶりのブログは率直に今回の出張で感じたことを書きたいと思う。MOEMI SUGIMURAのお客様だけではなくて、同じように個人で活動するデザイナーや石に関わる人にも読んで欲しい。時代はどんどん変化している。

半年ぶりの来タイだったけど最初からちょっと異変を感じていた。石屋を廻るとシャッターを降ろした店舗が前よりも目立って、開いている店も売れ残りしか並んでいない。攻めてる店舗など一つも無いのだ。そんな予兆は前からあったけれど、どうしたんだろう。

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タイは宝石の加工に特化した集積地。でも今はその加工自体も機材が発達したりして原産地でやるところも増えて、宝石を取り巻く状況も変化している。

今は在住ではないから時々来タイするのみになって、たまたま何か他のイベントと被ったり、宗教上の理由でクローズが多い曜日や時間帯もあるんだけど、それを考慮しても顕著だった。最近は政府が違法就労を取り締まる動きがあって、多くの外国人が関わる石の業界も無縁ではない。

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私のように目新しいものを探しているバイヤーにとっては全く面白くない状態になってしまった。取引がオンライン化されてきているのも一つあると思う。始めて来る人や目的があればまだ良いかもしれいなけれど、実際今回は私も ”店頭で売られているものを買う” という仕入れは殆どしていない。

こんなことを言うとますます人が来なくなるかもしれないから、あまり大きな声では言いたくはないけど、それが現状だ。ずっと一等地に店を構えていた会社もこの半年で店を半分に縮小した。厳しさが伝わってくる。

タイで今回唯一心が躍ったのはこのルース。果たして欲しいと思ってくれる人がどれだけいるか分からないが (笑) 、ムーンストーンでよく見かける顔のカービングのシトリン版を始めて見つけた。いい感じの色むらもある。

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なぜだかタイに来る前からどうも仕入れに気持ちが向かなかったから、そうだミャンマーに行こう!と直前に思い立ってチケットを取ったのだけど、今考えればそれは虫の知らせだったか? そういうところはいつも直感が働くタイプだから、もしこれが、がっつりタイで仕入れたい!意気込んで行ったら落胆していただろう。

今回の出張はどんな新しい石があったかということよりも、そういった点で色々考えさせられることが多かった。だからそれを書きたいと思った。ただのジュエリーブランドとしてならば、こんなもの新作用に仕入れましたよー!とかっていう販促の為になるような情報だけ載せれば良いんだとろうけど、このブログは自分の立場だからできる情報発信をしていきたいとずっと思ってきた。

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ミャンマー

ミャンマーについては12月のルース販売と一緒にブログを書きたいと思っているんだけれど、それとは別に一つここに特筆したい事がある。それはこの1、2年での流通の変化。ミャンマーは翡翠の産地なので、原石から研磨、ルース、製品の販売まで一連の流れが行われている大きなマーケットがある。2年行かなかったうちにそこではひとつ大きな変化が起きていた。

それがライブコマースだ。

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男性がスマホを立てて石を映しているのがわかると思う。これはまだ人がまばらな時間帯でピークには下の写真のようになる。私たちが交渉用に席をとっていた目の前はライブコマースエリアで、毎日ガンガン売れていく様子を眺めていた。

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中華圏ではかなり浸透しているこの方法。携帯端末を使ってライブ配信で石を売る。これまではテレビショッピングの個人版という感じで小売店が一般消者に向けてやっていたのが主だったんだけれど、今は卸のマーケットから直接配信している。

夏の中国仕入れの時も、だいぶメジャーになってきているなという印象があったけど、まさかミャンマーまでとは思っていなかった。それは翡翠の最大の消費国が中国だからである事は間違いないけれど、驚いたのは原石の売買までライブコマースでやっていたこと。ものすごくD2Cすぎる。

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原石は露天で売られているが、そこでスマホを持った中華系のブローカーがうろうろして電話越しの顧客に直接石を見せながら売る。バンコクの石屋でもこれをやる中国人が増えてきて売る側が嫌がっていると聞いたけど、そのうち当たり前になる日がきっとくるんだろう。

ルースや製品に関してもそう。今までバイヤーに売っていたブローカーたちは皆ライブ配信専門でやっている人たちのところに行く。翡翠市場の中でも、それまで無かったライブ配信エリアができていて、今まで果物とか飲み物とか売っていたところでは携帯を立てるスタンドが売られるようなった。

欲しいルースがあって私がいくら値段交渉しても、ライブ配信で中国で高値がつくものに関しては、そちらで売れた方が利益があるので全く応じてくれないのだ。

そんな風に翡翠市場は閑散としていたバンコクからは一転、ものすごい活気に溢れている。広い敷地内も一番人の多い時間となれば満員電車を進むような状態だ。

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顧客からすればダイレクトに買えて仲介業者を通すよりも安く買えたり、小売店ならば出張コストがかからなかったり新着情報がいち早く届く。売る側からすれば卸価格よりも高く売る事ができる。

今までのやり方でマージンを取っていた中間の仕事は淘汰されつつあるわけだ。石好きな人なら海外からLINEや INSTAGRAM で石を売っている店を見る事だって多いだろう。

中国は色々革新的というか、良くも悪くも日本人みたいに他人に気を使わないない。今話題のAPEC でも見える国の考え方はこういう場所にも見え隠れしている。14億の人口の中で生き残る為の競争心というのは想像よりも遥かに強い。

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ここ数年タイと中国は仕事以外でも、最もよく行く国になった。日本を出たり入ったりしていると日本が遅れていると気づかされることが多々ある。WIFI完備、電子マネー、タクシーアプリなどなど、日本の方が他国よりも数年遅れている。

中国の家がある街ではもうガソリンを使うバイクは無くて、全て電動のスクーターに変わっていた。そして日本にしか居ないと分からない事は石の世界でも確実にある。

ただ石を仕入れて売るだけならばバンコクやインドのような集積地に行くのが一番手間もコストもかからなくていい。そう言う石屋さんは周りに沢山いる。翡翠マーケットでの仕入れはバンコクに比べたら数段にハードルも高い。でもやっぱり現場に行かないと分からない事が今回も沢山あった。

国内にいるだけでは先が読めない。

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そしてもうひとつ、情報発信について。

毎回タイに行けば現地と日本の情報を交換しながらアップデートする。今回色々なところで聞いたのが、最近日本からの個人バイヤーがとても多いということ。企業単位ではなく個人で転売したり作家が直接買いに来るというスタイル。今は私もここに属するだろうし周りにも多い。

聞くととりわけ今はマクラメ関連の人達が多いようだけど、これからますます増える気がする。バンコクは近いし滞在もしやすいので、仕入れられる場所を紹介するブログやメディアも結構ある。

そして、そういう人達の情報発信の節度が今とても気になっている。

規模の小さな個人業者は私を含めアピールの一つとして仕入れの様子など公開する人が多い。私がこうして書く内容も人によっては (業界の古い人からすれば) 、煙たいのかもしれないが、私はなんというか会社勤めもある経験上、その中間的な感覚を持っている気がしている。

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ここ数年SNSの普及に伴って急激に情報発信や物販のスタイルが変わった。翡翠市場しかり、日本人でも仕入れ元からライブ発信したり、仕入れノウハウをブログで紹介したりする人が増えた。そういった人達から情報を楽しみに見ている人も沢山いるだろう。

まさに時代を反映したビジネスモデルだ。

だから私もこうして内容を選んで書いている。

でもそういった発信がもっと先まで影響しているって事考えた上でやっている人はどれだけいるんだろうか、とも正直感じていた。影響力のある人ならばなおさら自分の言動に責任も持たないといけないのだけど、実際そういう事をしているのは最近石を扱い始めた企業や個人が多くて年齢もキャリアも若い。なので周りで長年やってきている人達からはそれを良く思っていない意見もよく聞く。

同じ業界の新旧の競争と言ってしまえばそれまでだけど、そりゃあそうだ。

ネットで簡単に情報収集ができない時代から自分たちが『独自のルート』として頑張って開拓してきた仕入れ元を、最近になって始めたばかりの人達に、いとも簡単に現地の情報や仕入れの HOW TO なんかを発信されたらたまったもんじゃないだろう。けれどこれが時代に適応化したやり方だということは言うまでもない。

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でも、実はもっと大きな目線で見た時の事が気がかりだ。


1年前、とあるディーラーに言われた言葉が印象的だった。

「数年前中国バブルの時中国人バイヤーがうんと来た、奴らはお金はあって見る目がなかった。だから品質に見合わない価格でどんどん買って行ってマーケットの秩序は乱れてしまった、そして元に戻らない。今は閑古鳥が鳴いているよ、日本のバブルの時は日本がそうだった。」と。

実際にこの市場は行くたびに店が減っていて、そのうち無くなってしまいそうな状態だ。先日このマーケットからライブ配信している日本人を見て、このディーラーの言葉が脳裏に蘇った。

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またそれとは別に、鉱山まで仕入れに行くような業者さんが、あえてSNS上で、個人で行きたいと思っている人に向けてメッセージを発信していたのも記憶に新しい。応援注意喚起が含まれたその内容は、要するにいきなり鉱山まで行こうとする初心者が増えたら、そのローカルマーケットの相場を乱してしまう可能性があるんだよ、という事。

実際私も、頻繁には行けない鉱山で限られた日程の中じっくり交渉する時間もなかった為に、なんとか色々仕入れて帰りたいという思いで次々と買ってしまい、途中でアテンダーに怒られた事があった。その土地のやり方というものをわきまえなかったと反省の残る思い出だ。

マーケットの相場がつりあがって、あるいは一般の人が買いに来るようになって本来のバイヤー達が離れてしまったら、ローカルなマーケットでは死活問題だ。中にはSNSを使って売ったりしている人も出てきたが、大きな会社のようにwebsiteを作ってオンライン販売できるほどではない。

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個人が活躍できる時代は嬉しい。でも無知な人ほど無知な人の解釈で、軽率に発信してしまっている内容を時々目にする。そんな情報を頼りにまた素人が業者仕様のマーケットまで ”旅感覚”で出かけてしまう。

チャレンジも新しい世界を見るのも素敵なことだ。でもこの情報化社会で自分の言動が宝石に関わるもっと川上の人達の生活までを変えてしまうかもしれない、なんていう事は考えていないだろう。

これはちょっと大げさかもしれない。でも確実に繋がっている。

とはいえLCCやインターネットで海外旅行のハードルはぐんと下がったし、翻訳機能を使えば言語の壁も低くなる。今 ”海外仕入れ” は昔よりも格段に楽になっているはずだ。それで個人バイヤーが増えるのは当然の事、小売する問屋もかなり増えた。

私の中でも10年前のように買い付けの情報を一切お客様には伝えない、という古い選択肢はもう無い。自分が買うものがどういうところからやって来るのかを知りたいというニーズは、とりわけ天然石みたいな商品なら当然だと思う。

流通スタイルも、エンドユーザーの消費スタイルも時代と共に変化している。マーケット側もそれに順応していかなければいけない。それが今回のバンコクとミャンマーの違いだった。

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私の場合、大きな国際展示会で買い付けをしていた会社員時代は、個人では出せない額の予算で仕入れしていたのでその頃の経験値は大きい。でもその後自分の足で色々な所に行って見て体験してきたことは全く新しかった。

そして結婚後は英語に中国語が加わった為にコミュニケーション出来る範囲が格段に広がって得られる情報にもかなり濃いものになった。それは中国の国内の仕入れで役立つという狭義なものではなくて、どこの国にもビジネスの為に中国語が出来る人がいたり華僑がやっていたりするからだ。

今は、私の立場だからこそ見える事、感じられる事があるんじゃないかと思っている。だからそれを書きたいと思っている。

これはデザイナーとしての仕事でも広告でもなんでもなく、私のライフワークなのかもしれない。

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もしこのブログを読んで海外仕入れに挑戦したい、あるいは役立てたい、という人がいるなら是非ご活用いただきたい。でもその時は自分の利益だけではなくて、この業界に携わる他の人達の事も配慮する心を持ってくれたらこのブログを書いた甲斐がある。

そして純粋に私の石やジュエリーに興味があって読んで下さった方がいたら、こんな事も考えながら大切に仕入れてきているものが皆さんの手元に届くんだ、という事が伝われば嬉しい。

長くなりましたが読んで下さってありがとうございました。

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《 追記 : 2023年1月 》
海外での天然石仕入れに興味のある方からのご質問、天然石を使ったジュエリーブランドのコンサルティングのご依頼が増えてきました。そういった新しいチャレンジをしてみたいと考えている方々へ何かの参考になればと、日頃から発信している stand.fm の音声配信にて、海外仕入れ事情を少しお話ししています。よろしければお聞きください!

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