スケベマタギに見る新たなエンタメモデルの可能性

 

昨今は様々な立場の人が不当な扱い、嫌がらせについて声をあげている。
上下関係のある状態で上の立場にある人が下の立場にある人を不当な扱いをするパワハラはもう社会的に浸透した言葉だ。
その他にもアルコールが飲めない人にアルコールを強要するアルハラや、大学という特殊な環境で不当な扱いを学生が受けるアカハラなどそれまで不当な扱いを受けてきた人たちが声をあげることで様々なハラスメント(嫌がらせ)が名前を得て認知されてきている。

いずれも『現実に生きる人達が』『嫌がらせと感じて』声を上げるから認識されるようになった事象である。
現実に生きる人達が嫌がらせなんて言うくだらないストレス源に触れることが無くなるのを願ってやまない。

それとは別に何かしらのストレスパターンをメディア媒体から受け取ってしまうことが特に女性に起こっているのではないだろうか、
と私は考えている。

古くはパンチラ、ポロリという女性の身体やプライベートゾーン(女性の場合は胸と股間)が曝け出されたり触られたりする事象が少年誌、青年誌で多く見られた。
それは別にいわゆる『お色気』を売りにしている漫画に限らず、かの有名なドラゴンボールでも見られる至ってありふれた現象である。

今もなお、程度の差はあれど多くの少年誌青年誌では女性がトロフィーの様に扱われたり(勝ったら女性が手に入る)プライベートゾーンを晒されたり、胸を強調されたり、あるいは性的な意味合いで足を出されたりしている。青年誌では時たま無理矢理身体を触られたり、作品によってはレイプされている。

ここに女性は食傷気味になっているのではないか、もう少し強い言葉だとウンザリしていて、感受性の強い人は『女性が搾取されているように感じている』のではないだろうか。
と私は思っている。

もちろん、少年誌や青年誌を購買するのは主に男性だ。(というより主に男性を購買層に想定されていると言った言葉の方が正しいだろうか)
なので男性が喜ぶものを掲載するのは商売的にとても正しい。

私は女性なのでそれが実感できないから体験ではないが男性にとっていわゆる『お色気』はものすごい原動力となるらしい。
女性が赤ちゃんや子猫を見るのと同じくらい女体をみることで癒されるのだとか。(医学的根拠に基づく論文があったはずだ。知っている人は教えて欲しい)

フリーアナウンサーとなった枡さんは学生時代、生物部の活動で体力をつけるため走り込みがあったそうだ。
走り込みルートの一番キツいところで近隣の女子高の側が組み込まれていて、女子に格好つけたい思春期のお年頃ともなれば背筋が伸びて良いフォームで走れるらしい。
あの生き物にしか興味がなさそうな見るからに草食系理系男性の枡さんでさえ女子高の前ではドギマギして格好つけたくなるのだ。

それくらい世の男性にとって異性、もしくは性欲とは誰でも持つ強大なトリガーである。

漫画やアニメで豊満な女体が出てくれば読む、見る理由になる。
しかも現実の女性を傷つけるわけではないし、盗撮などをしている訳でもないのでローリスクでハイリターンが見込める。
漫画の少年誌、青年誌の編集者がまずお色気を入れたがるのは自分の趣味ではなく商業的なアドバイスなのだ。

だがしかし、その一方で女性読者にとってはそれが効かない、もしくは真逆の意味を持って読者離れを引き起こすのではないか。
それは女性が身の回りで起こることを『ジブンゴト』として捉えてしまう傾向にあるからではないか、と私は考える。
特に性加害や『女性はこうあるべき』というメッセージへの反応は凄まじい。
性被害には絶対遭いたくないし女性はこうあるべきというモデルは得手して男性側にとても都合の良い女性像の特徴を捉えているからだ。

女性に生まれた以上、男性にはできない『妊娠、出産』という現実が突きつけられる。
それは現実的に妊娠できる、産む予定の有無に左右されない。
現代の発達した医療ですら母体死亡は防げないし、妊娠中は四六時中二日酔いと言われるつわりもある。
産んだら産んだでちょっと目を離せば死んでしまう生き物をズタボロの身体で世話をしなければならないし、産後の肥立が悪くて死ぬなんてことも現実としてある。
出産しないとしても、人工中絶には一番負担の少なく薬による中絶でも相当のリスクがあり薬を飲めばさようならできるものでもない。薬の効かない時期になったら小さな命だったものは手術によって出される。

性加害は女性だけではなく男性も被害者になるが、被害に遭うまでソレに神経質にならずに済むのはこの妊娠、出産がないと『本能的に』理解できているのではないだろうかと私は思う。(男性の性被害が女性に比べて軽いという主張ではありません。)

女性であるが故に『性被害に遭う女性』と『加害者(この場合は男性)に都合のよい女性像の押し付け』を過敏に感じてしまう人が少年誌や青年誌で

女は胸が大きい方が性的で魅力的
無理矢理はじめたセックスに応じて感じるのが当たり前でエロい
勝った方が美女を好きにしていい
自己主張をせず控えめな方が可愛らしい

というメッセージを受け取ってしまうことは想像に難くない。
それが何十年と積み重ねられてきたのが青年漫画、少年漫画の一部実態である。

だが漫画という日本が誇る絶大なエンタメは最早一部の年齢層や性別層を超えて読まれている。青年誌も少年誌もその例外ではない。
(もちろん、ジャンルによっては極端に男女比や年齢層が偏っている例外はあるがここでは割愛させていただく)
ワクワクするような冒険を楽しみにしているお母さんもいるし、スリリングなギャンブル展開を心待ちにしている女子大生だっているだろう。

なので安易に乳房を露わにし、パンチラし、ラッキースケベを起こし、女性をトロフィーのように扱う描写を入れまくれば女性読者の一定数は離れてしまうだろうと思われる。

かと言って、人間の根源的な欲求の一つに性欲があること、イギリスでも裸芸で一世を風靡したとにかく明るい安村さんのように裸が一種の笑いを生み出すこと、うんこちんちんで大抵の子どもが笑ってしまうことを考えると『お色気』『お下品系』のネタを一切封印するのはどうにも賢い選択とは言えないと思う。

そこで私が新しいエンタメモデルとなったな、と感じたのはゴールデンカムイの谷垣源次郎ことスケベマタギのゲンジロちゃんである。

ゴールデンカムイ
日露戦争の帰還兵、杉元佐一とアイヌの少女アシㇼパが隠された莫大なアイヌの埋蔵金を巡って北海道、樺太を舞台に冒険する、グルメあり!アイヌ文化あり!アクションあり!サバイバルあり!の和風闇鍋ウェスタン。
現在実写映画大好評公開中!!!
野田サトル著、週刊ヤングジャンプで連載していた。全31巻

このゴールデンカムイには幾人か女性キャラが登場しているが全員肌を見せないか、自分で脱いでいる。
杉元の相棒であるアシㇼパさんはアイヌの女の子(おそらく12歳前後)だが野田先生の公式Twitterのツイートによると『アシㇼパさんを性的な目で見る奴は全員見てるからな(アシㇼパさんを性的な目で見るな)』と言っており、インタビューでも女性を無理矢理性的な目に合わせるのが嫌いと公言している。

かと言って、ゴールデンカムイに下ネタ系のネタがないかと言えばそれはそうではない。
むしろ下ネタが笑いの半分は占めるだろう。

代表的なお色気キャラクターは谷垣源次郎だ。

谷垣源次郎
初期は物静かなマタギだったが話が進むごとに作者からの愛なのかどんどんムチムチのスケベマタギ(公称)になった。
度々脱がされており、褌姿になったグラビアや服が脱がせるボールペンなどのグッズもあるしおっぱいマウスパッドもある。
愛称はゲンジロちゃん

ゲンジロちゃんはスケベでムチムチであるとファン共通の認識だ。
野田先生は週刊連載という過酷なスケジュールをこなしながらゲンジロちゃんを加筆し、ゲンジロちゃんの胸毛や筋肉を描きたしており名実共に愛されボディ(胸毛あり)である。

どこが新しいエンタメモデルだ!女性と男性を入れ替えただけじゃないか!!と思われた方にご説明したい。
いくらゲンジロちゃんがスケベマタギだとしても、他の男性キャラクターが裸になっていてもそれ自体で女性読者が増えるわけではないし、女性の目を止まらせるために描かれたわけではない。

スケベマタギスケベマタギとキャッキャ喜んでいても性的な魅力ではしゃいでいると言うより『また野田先生がゲンジロちゃんを愛でている』『いつものコレコレ』など、むしろネットミームを楽しむような感じで楽しんでいる。
真剣にゲンジロちゃんを今夜のオナペットにしようとする女性読者はほぼいないだろう(なお、ゲイの方にもゲンジロちゃんは人気ではあるが、あざとすぎるそうだ。彼氏の近くにいて欲しくない男、それが谷垣源次郎である)

それが何故なのか。
男性の上半身はビーチでも露わになっているのでプライベートゾーンではない。
チンポだってうんこと同列で面白いものとして子どもは捉えており、ぷらぷらしている面白い形をしたモノである(ちなみに本作ではチンポランキングが発表されており、いくつかのキャラクターはフリチン姿を披露している。しかし、どの男性たちも堂々たる風体でいずれも戦闘中が殆どだ)

つまり性的な目で男性の体をジロジロ見る機会というか解釈が女性自体に(少なくとも男性よりは)希薄であり、男性の裸体がふんだんに出てくるととにかく明るい安村さんを観た時のように『なんで裸なんだよ(笑)』と突っ込んでしまうシュールな笑いを誘う効果がある。

なのでゲンジロちゃんはお色気担当に見せかけたギャグパート担当なのだ。

女性読者に要らぬ嫌悪感を抱かせず、下ネタ事態は入れて笑いを誘う。

この妙技が効いたのか、ゴールデンカムイの読者層は男性半数、女性半数ほどらしい(野田先生のツイート参照)

長くなってしまったので私の主張をまとめておく。
1.たとえ二次元だとしても、女性読者が寄り付かなくなる可能性のある性表現が漫画には多くある。
2.上記の理由で読まれなくなる可能性は大いにあるので安易にお色気を配慮なしにいれることは今後リスキーな行為になると考えられる。
3.ゲンジロちゃんのように下ネタと笑いを誘いつつも嫌悪感を抱かせないことは新たなエンタメモデルになり得る

世の中には色んな漫画があって良い。
ひたすらグルメを楽しむ漫画や、バトルしかしていない漫画、バードボイルドな軍事や政治の漫画、女性がエッチで抜ける漫画、囲碁の漫画に、アイスホッケーの漫画。等等
この多様性は担保されるなければいけない。
いけないが、女性の身体を無理に性対象化しなくても良いのではないかと思いこんな長い文を書いてしまった。

皆さんはどう思うだろうか。

おわり